血塗られた交易の裏5 遥かなる旅路
アトラとリアムが川でその身を清めている間、葉月は一人、鼻が曲がりそうな悪臭の中、悪魔の残骸を調査していた。彼は悪魔の生物的な弱さを確信した。
まず、肉体は脆弱としか言いようがない。二人の攻撃は一撃で悪魔を破壊する。それはあり得ないほどの脆さだ。そして魔法に対してのレジストがない。雷の魔法は容易に悪魔を消し炭にした。一切の耐性は確認できなかった。
今回も頭部と顔は確認できなかったが、遠くで弓を構える悪魔を見ていた時、ある疑念が葉月の脳裏を横切っていた。
二人が戻ってくると、葉月は頭を切り替え、まずは戦闘の勝利を祝った。そしてそのまま、今日はもう休息を取ることで満場一致となった。
アトラは疑問に思い始めていた。なぜ、これほどまでに悪魔は恐れられているのだろうか?確かに対峙すれば、言葉にならない焦燥や不安、恐怖が湧き上がるが、それにしても弱い。高いところや竜も初めは怖かったが、慣れれば平気だった。悪魔も慣れれば、そこまで怖くないのではないか。
似たような感情はリアムにもあった。突き出された槍は遅く、振り下ろされた剣は軽い。飛来する矢は勢いがなく、何よりも脆い。戦闘に勝利した高揚感は、すっかり冷めてしまっていた。
川幅は随分と大きくなり、山岳地帯特有の冷気も和らいだ。歩く風景も変わり、傾斜は緩やかになり、三人の歩は軽やかになってきた。あれ以来、悪魔とは遭遇しない。警戒は幾分緩み、彼らは移動の距離を稼いだ。悪魔が現れたとしても、もはや危機的な状況にはならないという確信があったからだ。
急に視界が開けた。遮蔽物がなくなり、空が広く見える。遠くから、水が叩きつけられるような轟音が聞こえてきた。三人は歩みを早めた。
視界が全てを奪った。水は止めどなく落下し、霧散して虹を作る。渓谷の始まり、巨大な滝――幻想的な自然の造形。見渡す下界は神秘的な情景に満ちていた。空は遥か彼方にまで広がり、流れる雲が悠久の時を刻んでいる。どこまでも見渡せる。遥か遠く、遠くまで。
葉月は遠くを指差し、「あれが何かわかるか?」と尋ねる。空の白みを増した曖昧な境目。白と青の境界。
「あれが、海だ」




