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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第一章 カーストの最下層

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第八滴 無自覚


 嵐のようだったと思い返す天璃(あめり)の首に、背後からするりと手が回された。


「誰と話してたの?」


「おはよう、珠羅(しゅら)ちゃん」


「おはよ〜」


 もうお昼だけどねと続けた珠羅は、覗き込んでいた顔を上げると、天璃の隣に音もなく腰掛けた。

 いつ来たのか。そもそも、どこから入ってきたのか。

 疑問は尽きないが、珠羅だからで片付けてしまう程度には、天璃の肝も据わっていた。


「クラスの子と、少し挨拶してただけだよ」


「ふーん。なんかこの辺、獣臭いんだよね〜」


 笑顔も口調も変わっていないようで、どこかひりつく圧を感じる。

 機嫌が降下していく珠羅の前に、天璃が何かを差し出した。


「食べる?」


「……飴?」


「そう。いちごミルク味」


 受け取った珠羅が包みを破ると、隙間から柔らかいピンク色が覗いた。

 天璃の瞳の色と似ているそれを摘み、ぱくりと口に含む。


「けっこう甘いね」


「甘いの苦手だった?」


「んー、これは好きかも」


 珠羅の言葉に、天璃がふわりと微笑む。

 間近で目にした珠羅の表情が、一瞬ぴたりと固まった。


 思えば、珠羅が天璃の笑顔を見たのは、これが初めてだった。


 落ち着いた性格の天璃は、ポーカーフェイスのきらいがある。決して無表情という訳ではなく、感情をコントロールするのが上手いため、結果的にそう見えてしまうのだ。


 容姿の影響もあり、傍から見た天璃は常に雪のような儚さを纏っていた。

 だからこそ、わざと威圧した珠羅に怯えることなく名前を聞いてきた時や、魅与(みよ)に対して一矢報いてみせた時は、見た目にそぐわぬ芯の強さに驚いたものだった。


「笑えるんだ」


 ぽつりと聞こえた言葉に、天璃は思わず珠羅を見つめた。

 意図を問おうとした天璃だったが、教室に結解(ゆげ)が入ってきたことで中断される。


西園寺(さいおんじ)さんと風殿(ふうでん)さんがいないようね」


 魅与と荒牙が欠席していることを指摘されるも、誰も理由を知らないのか、答える様子はない。

 不意に、廊下側の席で手が上がった。


「結解先生。西園寺さんは、気分が悪いんやと思います。普段から傲慢っちゅう病に侵されとりますし、今頃暴れとるんちゃいますか?」


「……つまり、風殿さんは()()ということね。いいでしょう。このまま授業を始めます」


 九重(ここのえ)の話に息を吐いた結解は、呆れを滲ませつつも教鞭を執っている。

 隣であわあわしていた兎々(とと)の額を指で突くと、九重はペンを握り、黒板に視線を戻していた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「ああの……! みっ、御門さん……!」


「有栖川さん、九重さん」


 名前を呼ばれ振り向くと、真っ赤な顔で天璃を見つめる兎々と、兎々に服の裾を掴まれた九重がいた。


「あー、ここじゃなんやし、場所移そか」


「天璃ちゃんと話してたの、九重だったんだ。どおりで獣臭いと思った〜」


阿留多伎(あるたき)は相変わらず、胡散臭い笑みしよるな」


 ちらりと珠羅を見た九重が場所の移動を持ちかけるも、天璃を抱き寄せた珠羅がそれを阻んでいる。

 バチバチと飛び交う火花に、兎々が「ぴぇ……」と泣きそうな声を漏らした。


「圧かけるんやめぇや。うちのんが怯えとるやろ」


「ならさっさと帰りなよ。狩りが終わった途端、接触しようとするなんて、都合がいいと思わない?」


「そやかて、御門さんは自分のモンとちゃうやろ」


 黙り込んだ珠羅が、九重をじっと睨んだ。

 天璃を抱く腕に、じわじわと力がこもっていく。

 足元に広がる暗闇から這い出た何かを見て、兎々が「ひっ……」と引き攣った声を漏らした。


「……自分、今どんな顔しよるか分かっとるん?」


 兎々を背後に庇った九重が、視線を正面から受け止める。

 いつの間にか、教室には四人以外誰も居なくなっていた。


 不意に、天璃が身じろいだ。

 重苦しい空気を断ち切るかのように、よろよろと上がった手が、珠羅の背中を何度か叩く。


「……珠羅ちゃん、あの……胸が。めちゃくちゃ胸が、当たってます……」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられた天璃の頬が、珠羅の胸によって押し上げられている。

 背骨を押され爪先立ちの天璃と、前屈みに抱きしめている珠羅では、ちょうど天璃の頬が珠羅の胸の上に乗る位置にくるのだ。

 実質、腕枕ならぬ胸枕状態である。


 恥ずかしさから、雪のような肌が桜色に染まっている。

 純粋な白を汚したような感覚に、珠羅の中で背徳感にも似た欲が生まれた。

 

「天璃ちゃんってば、うぶだね〜」


 張り付けた笑みは、一種の防御線だった。

 珠羅が離れたことで、天璃はほっとしたような、それとは違う何かに戸惑っているような、複雑な表情を浮かべている。


「じゃ、また明日ねー」


 さっさと踵を返した珠羅が、教室を出ていく。

 ぽかんとした様子の天璃と兎々に対し、九重だけは探るような目で珠羅の消えた方を見ていた。




 ──あの綺麗な雪原に、自分だけの跡を残せたら。


 まるで猛毒のように広がっていく欲望に、珠羅は自然と口角を上げた。

 笑顔という仮面の下に隠れた本性が、いずれ天璃を喰ってしまう前に──天璃は珠羅の()()()を叶えてくれるだろうか。


 次の狩りが待ちきれない。


 太陽を背に伸びた珠羅の影が、不自然に揺らめいた。


 

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