第六十三滴 愉快犯
攻撃役同士の戦いでは、能力の使用が許可されている。
そのため、学年対抗戦では獲物が巻き込まれた場合でも、命に別状がなければ良しとされていた。
つまり、重症であっても、治療で何とかできる程度のものであれば問題ないということだ。
ただし、キングやクイーンの像に被害が出てはならないため、猛獣側は加減して戦う必要があった。
「やり返しもせずに逃げるの?」
「……」
白の攻撃役の言葉に、朽苑が答えることはない。
攻撃役同士の戦闘では、周囲のマス目も使うことができる。対面に立った攻撃役は、無言を貫く朽苑に、心底つまらなさそうな表情を浮かべた。
「その棘、痛いでしょう? わたし、山颪の先祖返りなの」
朽苑の四肢に刺さった棘は、細長く鋭い。傷口から止めどなく流れる血が、じわじわと黒いマス目に広がっていく。
「やられっぱなしで悔しくないの?」
「……」
「ねえってば。もしかして、口がきけないの?」
目元を覆う黒い布が、機械的な側面を強めている。怪我を負った時でさえ、朽苑は一言も声を発しなかった。
隣のマス目まで広がった赤が、白を侵食する。
結局、先に痺れを切らしたのは、攻撃役の方だった。
「貴女と話したところで無意味ね」
審判を兼ねる結解に、攻撃役が視線を送る。結解は朽苑の状態を観察した後、舞台から降りるように言い渡した。
「……変なひと」
痛みを感じていながら、そんな素振りは微塵も表に出さない。
淡々とした様子で医務室の方へ歩いていく朽苑を、攻撃役は胡乱げな表情で見つめていた。
◆ ◆ ◇ ◇
「あのさ、御門さん。この状況って……かなりやばくない?」
「やばいね」
「即答!」
恐る恐る問いかけた音夢に、天璃が間髪を入れずに答える。
思わず頭を抱えた音夢が、濁った声を漏らした。
そもそも、猛獣の中にも様々なタイプがいる。
物理的な力が強いものや、精神に干渉する類のものなど。人間と比較すれば総じて丈夫ではあるが、先祖返りにも得手不得手はあった。
加えて、朽苑の能力は戦闘向きではない。初めから、相性以前の問題だったのだ。
朽苑がいなくなったことで、黒の陣営に残った攻撃役は、霊藻と荒牙の二人になっていた。
互いに防御役を削りながら、休みのターンに他の攻撃役を進めていく。
段々と狭まっていく距離に、張り詰めるような空気が漂っていた。
手薄になった片側を荒牙と夏論が進み、自陣で迎え撃つため霊藻と未来留が待機する。
荒牙と未来留。霊藻と夏論。相手を見定めるような視線が、舞台の上を交錯した。
「飛べないのに、気になるんだぁ」
眠たげに空を眺めていた荒牙が、挑発的に笑う未来留の姿を映す。後ろで手を組んだ未来留は、軽やかな足取りで荒牙の前にやってきた。
「別に。下向いてたら、眠くなるだろ」
「えー、そうかなぁ?」
晴れ渡った空を見上げ、未来留は不思議そうに目を瞬かせている。
「やっぱ、地を這う狼風情の気持ちは分からないや」
「翼を千切られてみたら分かるんじゃねえの」
「へぇ。じゃあ、やってみたら?」
攻撃役同士の戦いでは、領地を守る側が先行になる。ただし、相手が先行を譲った場合は別だ。
気怠げに話す荒牙へ、未来留が煽るような笑みを浮かべる。
勝負の方法は単純だ。互いに一撃ずつ攻撃し合い、相手が負けを認めるか、戦えない状態に追い込まれれば終了。
攻撃は受けてもいいし、回避してもいい。物理による攻撃か。はたまた能力による攻撃かは、自由に選択することができた。
「さて、どんな攻撃を──」
瞬間、高速で放たれた斬撃を、未来留は間一髪で防いだ。
爪の形に沿って現れた風の刃は、舞台の上を抉り取るほどに鋭い。もし舞台が特殊な素材で作られていなければ、スッパリと切断されていただろう。
「君、なかなかやるねぇ。見直したよ」
背中から生えた翼で、自身を包み込んでいた未来留は、迷わず攻撃してきた荒牙に口角を上げた。
「じゃあ、次はあたしの番だねぇ」
翼を広げた未来留が、内側から羽を数枚抜き取る。扇子のように指で広げた羽へ、未来留はフッと息を吹きかけた。
まるで、弓から放たれた矢のようだ。
一直線に飛んでくる羽は、目で捉えてからでは避けるのも難しい速度だったが、人狼には超直感にも等しい能力が備わっていた。
第六感が優れているため、脳で判断しなくとも、反射的に避けることができる。
全ての羽を回避した荒牙だったが、直後、嫌な予感が背筋を駆け上った。
「天璃!」
霊藻の叫ぶ声。次いで、嗅ぎ覚えのある血の匂いが荒牙の鼻に香った。
「天璃ちゃ……っ」
「棄権して、医務室に行ったほうが──」
白い制服が、赤に染まっていく。
脇腹を押さえた天璃を、兎々が真っ青な顔で見ている。
持ち場を離れれば棄権扱いになるため、助けに行くこともできない。歯痒そうに眉を顰めた霊藻が、舌打ちをこぼした。
「……大丈夫。大丈夫だから、ここに居させて」
「いや、その傷じゃ無理だって!」
「ここに居たいの。お願い」
天璃の決意が固いことを察した音夢が、出かけた言葉を呑み込む。
睨みを利かせる荒牙をよそに、未来留は「やっぱ赤が似合うよねぇ」と呟いていた。
「おまえ……」
「避けるのは分かってたよぉ。というか、最初から君のことは狙ってなかったもん」
はしゃぐ未来留に拳を握った荒牙だったが、刹那──ゾワリと肌を撫でた得体の知れない気配に、呼吸の仕方を忘れていた。
視線を横に向けた荒牙が、引き攣る喉に手を当てる。
そこに在ったのは、多くの殺気を受けてきた荒牙であっても、意識がぐらつくほどの恐怖だった。




