第六十一滴 方向転換
開始の合図と共に、白の陣営が進むマスを指定した。
初めは必ず前方だ。そこから先は、左右を含めた三方向から選ぶことができる。
黒の陣営は、キングを最後列中央として、何列か前の斜め左側にクイーンを配置。一番手である珠羅は、境目である最前列の斜め右側を始まりとした。
他の攻撃役は間を埋めるように配置されており、防御役はキングやクイーンの周りを囲うように立っている。
対して白の陣営は、クイーンをキングと同じ縦列の前方に置き、攻撃役を珠羅と反対側から進ませることにしたようだ。
互いに一つずつ。踏みしめたマス目が、それぞれの色に染まっていく。
領地戦の勝利条件は、相手陣営のキングの元まで辿り着き──像を破壊することだ。
所有した領地の広さを競うのではなく、先に王の首を取った方が勝つことになる。
「逝きたくね〜」
「ジャンケンで順番決めたでしょ。ほら、結解先生も呼んでるじゃない。早く行ってきなさいよ」
「まあまあ。猛獣だらけの場所に立つのは、誰だって恐ろしいもんでっせー」
「……頑張って」
クラスメイトの獲物たちが、ギャルっぽい生徒の背中を押している。
宝探しの時もチームを組んでいた四人だ。どうやら、日常的に交流があるらしい。
「あの……」
「そこでいいよ〜。もし他の攻撃役がきても何とかするから、持ち場だけ離れないようにね」
腹を括った生徒が、舞台の上にあがる。
珠羅の指示で背後のマス目に立った生徒は、真顔で珠羅を凝視した後、「やっぱ超メロい」と呟いていた。
「いったんここで休みかな。てか君、早くそこ退いてよ」
「……」
「え。もしかして、寝てる?」
反対側を進んでいた白の攻撃役が、防御役のいる最初のマスに到達した。
目を閉じたまま微動だにしない千莉を見つめ、攻撃役がドン引いた眼差しを向ける。
「おい、千莉!」
「……んがっ!」
音夢の投げた消しゴムが、千莉の後頭部に直撃した。目を覚ました千莉は辺りをキョロキョロと見回し、不思議そうに首を傾げている。
「かたじけない。精神統一をしていたでござる」
「ああ、そう……」
予想に反し落ち着いた様子の千莉だったが、瞼を閉じていた結果、そのまま眠りかけてしまったようだ。
「麿さん。そっちに移動してくれる?」
「承知でござる」
天璃の言葉に頷いた千莉が、数マス後退した場所に佇む。
負ければ場外の攻撃役。攻撃役の敗北に伴い場外に出される援護役と違い、防御役は少々特殊だった。
一度だけ、別のマスで復活することができるのだ。いわば、ライフが二つの役職ということになる。
「やっぱ片側を固めてきたかぁ」
後方から観察していた未来留が、グッと身体を伸ばした。まるで誘導するかのような配置を眺め、不敵な笑みを浮かべる。
他の猛獣から聞いていた話は、本当だったようだ。
二年一組には、相当な切れ者がいる。それも、最強と名高い猛獣の“飼い主”だと言うのだから驚きだ。
黒の陣営から見て左側は、クイーンと防御役によって固められている。本来なら右側が狙い目になるものの、珠羅を置くことで、自然と左側から攻めていく流れにさせられていた。
可能な限りの遅延を施し、リスクを最小限にした動きで敵のキングを討ち取る。合理的な判断に感心した未来留が、「次はあたしの番だねぇ」と微笑んだ。
「あのねぇ、夏論ちゃん」
「なんだ」
「ぶっちゃけますとぉ、頭脳戦では真っ白ちゃんに勝てそうにないかも」
殺気を含んだ目が、未来留へと向けられる。
「私は初めから、あいつと戦わせろと言っていたはずだ。策に支障が出るなどという理由で、断ったのは貴様の方だぞ」
「分かってますってぇ。最強同士の戦いも見てみたいところだけどぉ、あたしは同じくらい本土の旅行券も欲しいんだよねぇ。負けたら貰えなくなっちゃうのに、適当なことするわけないじゃん。それにぃ、ルールに縛られた勝負をしたところで──つまんないでしょ?」
猛獣同士の戦いに、ルールなど邪魔なだけだ。こんな試合に勝ったところで、夏論が満足するわけもない。
本質をついた未来留の言葉に、夏論が殺気を消した。
「そのルールとやらがなければ、ここでは満足に殺し合うこともできないがな」
「まあねぇ。そもそもこの学園が創られたのって、猛獣にルールを学ばせるためでしょ? 卒業後に本土へ戻った先祖返りたちが、人間社会の秩序を脅かさないようにってねぇ」
くだらないと吐き捨てた夏論が、「それで──」と口を開く。
「どうするつもりだ」
「頭脳戦は無理でぇ、最強は一人ずつ。でも、他の猛獣の戦力を合わせたら……いけると思わない?」
三年三組が強いのは、何も夏論がいるからという理由だけではない。幻想種に準ずる力を持った未来留がいることで、クラスとしての強さも抜きん出ているのだ。
「黒の陣営で最も強い戦力は、すでにこっちの陣地にいる。だったらぁ、残りの戦力で攻めちゃえばいいってこと」
「策で勝てないと分かった途端、攻めの一択に切り替えるわけか」
全ての守りを珠羅へと集中させ、あとは攻撃役同士で潰し合わせる。大胆で危険の伴う方法だ。
もし白の陣営が全ての攻撃役を失えば、キングを壊せる駒がいなくなってしまう。つまり、敗北しか道がなくなるということだ。
「リスクなんてしーらない。だって、負けなければいいんだから。そうでしょ? 夏論ちゃん」
強者は勝ち、弱者は負ける。
孤高の存在である夏論が、未来留を傍に置いているのは、同じ理論を掲げている強者だからだ。
本能と知略は相性が悪い。
ならば、これもまた一興だろう。
微かに笑みを浮かべた夏論を見つめ、未来留は玩具を与えられた子供のように目を細めた。




