第五十九滴 切り込み
午前の試合が終わり、カフェで昼食を取っていた天璃たちは、午後に向けて作戦会議をしていた。
「問題は、誰をどこに配置するかやな。そやかて、あの惨状を見た後で、志願する獲物がおるとも思えん」
「無理やりさせたところで、足手まといになるだけだしね〜」
覚悟のない者が脅威を前にすれば、尻込みするか、逃げてしまうかのどちらかだ。珠羅の言う通り、中途半端な人選は敗因に繋がりかねない。
霊藻としては、兎々を危険な目に遭わせたくないのだろう。かといって、代替案があるかと問われれば難しいところだった。
「なんや、天璃。食欲ないんか?」
「あ、ううん。そういうわけじゃ……」
ほとんど手の付けられていない料理に気づき、霊藻が不思議そうに声をかけた。途中で言葉を濁した天璃に、兎々が心配そうな視線を向ける。
「思ったよりも、お腹が空いてなかったみたい。珠羅ちゃん、まだ食べられたりする?」
「天璃ちゃんが食べさせてくれるなら、余裕かも〜」
「ほんま、どこでもイチャつきよるな」
ツッコミを入れつつも、霊藻も段々と慣れてきたのだろう。むしろこれが普通かといった様子で、対面の二人を眺めている。
天璃の世話を焼きたがる珠羅だが、甘えるのも好きなようで、時折こうして何かを強請ってくることがあった。
珠羅の口元までフォークを運びながら、天璃は内心で可愛い人だなと呟いた。
◆ ◆ ◇ ◇
午前の試合を観戦していたことで、大体のルールは把握できている。
たとえば、キングとクイーンは、一度だけ任意のマス目に移動させることが可能だ。自陣内であることが条件にはなるが、この二体の像に一マスずつの縛りは適応されない。
実際、キングの近くまで攻め入られた一年側は、クイーンをキングの前方へと移動させていた。正面に不可侵の領域を作ることで、迂回しなければ破壊できないようにしたのだ。
それでも横から狙われたため、最終的にはキングを角まで移し、時間を稼いでいた。その結果、ことごとく黒に塗り潰されてしまった訳だが。
キングの初期位置は、チェスの初期位置と同じだ。つまり、自陣の最も手前の列、その中央辺りに位置している。
対してクイーンは、初期位置を自由に選ぶことができた。
「えー、今回はあたしたちが白かぁ」
「大した違いはない。いちいち騒ぐな」
「うう……夏論ちゃんってば、冷たいんだからぁ」
夏論にギロリと睨まれ、ツインテールの少女が悲しむふりをする。
司空 夏論と、獅子内 未来留。
対戦相手の猛獣については、事前に霊藻から共有されていた。中でも二人は有名な家柄のようで、猛獣としての強さも群を抜いているらしい。
特に、珠羅と同じ幻想種であり、竜の先祖返りでもある夏論は、最も警戒すべき相手だった。
「あ、二年ちゃんたちみっけ」
不意に、未来留の目が天璃たちを捉えた。弾むように近づいてきた未来留は、天璃を見て顔を輝かせている。
「すごぉい、ほんとに真っ白だ」
物珍しさから天璃を観察していた未来留が、「アルビノなんだっけ?」と聞きながら、髪に触れようと手を伸ばす。その手を阻むように、珠羅が天璃の身体を抱き寄せた。
「そろそろ始まるみたいだよ〜。早く自分の陣地に戻ったら?」
「お気遣いどぉも。でも、どうせこっちもあたしたちの陣地になるんでぇ……問題ないと思いません?」
挑発的な態度だった。鋭く光る目は、勝利を微塵も疑っていない。
「へ〜、すごい自信だね」
「口だけなら、何とでも言えるからな」
近くで見ていた霊藻が、冷ややかな視線を向ける。ヒリつき始めた空気に、未来留は可愛い子ぶった仕草をとると、唇をツンと尖らせた。
「ひどぉい。もーいいもん」
踵を返した未来留が、ツインテールを揺らしながら去っていく。
その後ろ姿を、天璃はただ静かに見つめていた。
◆ ◆ ◆ ◇
広々とした舞台の上に立つと、不思議と心が凪いだ。白と黒の境界線が、天地の分かれ目のようにも思える。
キングの像を背に、クイーンを自陣の中央辺り、その斜め前に配置した。相手のクラスも、クイーンを手前側に置いている。
クイーンのいるマス目は不可侵になるため、相手の侵攻を遅らせ、なおかつ攻め入るルートを絞らせる手段としても効果的だ。クイーンの周りを他の駒で固めることで、実質片側のルートを通行止めにすることもできる。
では、他の駒とはいったい何を表すのか──?
答えは、一つしかなかった。
「敵地に攻め入り、領地を奪う“攻撃役”の駒。奪った領地に立ち、見張りをする“援護役”の駒。自陣で待機し、侵攻から領地を守る“防御役”の駒。攻撃役は猛獣がやるとして、問題は残りの二つかな。私たちは、どちらかを選ばないといけないから」
クラスメイトに役割を説明していた天璃が、周囲を見回し一呼吸ついた。
この試合のルール上、猛獣だけではどうあっても数が足りない。つまり、不足した分を埋めるのは獲物ということだ。
「午前の試合で分かる通り、進んだマス目よりも後ろに戻ることはできない。ただし、援護役は味方の奪った領地で見張りを続け、再び攻め入られそうになった際は、その領地を奪った攻撃役のみ呼び戻すことができる。防御役の駒よりも、危険度は低くなると思うよ」
「あのさ、質問いい?」
緊張を呑み込み手を上げた音夢に、天璃が肯定を返す。
「さっきの試合でも、それぞれ一人、攻撃役が真っ先にキングを目指して進んでたよな。駒同士がぶつかれば、白黒関わらず一ターン休みになる。その間に、他の攻撃役が別のルートから進んでいく……って流れだった。ってことはさ、後ろにいる攻撃役が奪われた領地を狙えば、そこにいる援護役も巻き込まれることにならない?」
「たしかに、先陣を切る駒は、相手の陣地にまだ他の攻撃役がいる状態で進むことになる。奪った領地も、後方で控えている攻撃役なら奪い返すことができる。ただし、駒同士がぶつかった場合、負けた側の駒は一つ減ることになるよね」
同じマス目で接触すれば、争いが発生する。勝った方はそのマスを自陣として所有できるが、負けた方は攻撃役を一つ失うことになるのだ。
「援護役も防御役も、お互い獲物が担当することになる。攻撃役とぶつかれば棄権扱いになり、一ターン消費させるという最低限の役割しか果たせない。でも、領地を取り返すためには、必ず攻撃役同士が戦うことになる」
「……じゃあ、なおさら危ないんじゃ……」
誰かがポツリと呟いた言葉に、他の生徒たちも不安の色を滲ませていく。
「だからこそ、安全なんだよ。相手も本気で勝ちを狙ってる。負けると分かってる戦いに、わざわざ貴重な攻撃役を行かせたりしないはずだから」
ただ気まぐれにやって来たのではない。未来留は、挨拶をしにきたのだ。
今からお前たちを下す相手だと。そう、宣戦布告をしにきた。
「少なくともこの試合では、援護役は防御役より安全だと思うよ。先陣を切る攻撃役は──珠羅ちゃんだからね」




