第五十八滴 優先順位
領地戦。
特定のエリアの支配権を賭けて戦い、勝利条件はルールによって異なる。
どうやら、正方形のマス目はそれぞれ領地を表しており、支配した側に伴って色も変化するようだ。ちょうど真ん中を境界として、マス目の色が白と黒に分かれていく。
一年側のマス目は全て白に、三年側のマス目は全て黒になった。半分に分かれた領地の上を、生徒たちの足が踏みしめる。
舞台を囲む観戦席には、学年対抗戦に進めなかったクラスの面々もいた。寮などからモニター越しに見ることも可能だったが、直接観戦しにきたらしい。
見知った顔ぶれの中には、銭や清妃女を含む、三組の生徒たちの姿もあった。
結解の説明を聞きながら、舞台の上を観察する。一年と三年。歳の差はあれど、弱肉強食を正義とする学園において、そんなものは些細な違いでしかない。
椅子に座った天璃と兎々を挟むように、珠羅と霊藻が両隣に腰掛けた。同じクラスごとに固まっていたため、音夢たちとも比較的近い席だ。
珠羅を見るなり身体を強張らせた音夢に気がつくと、霊藻はチラリと視線を投げかけた。
「あんま怖がらせんなや。始まる前から萎縮させとったら、使いモンにならなくなんで」
「え〜、何もしてないのに」
「よぉ言うわ。えらい念のこもった目をしよったで」
呆れ半分な霊藻だが、怖がらせたことよりも、これからの試合で使えなくなることを心配しているようだ。
天璃に寄りかかった珠羅が、じいっと顔を覗き込む。僅かに沈黙した後、天璃は伏せていた目を上げた。
「敵意のない人だから、出来ればそっとしておいてあげて」
庇うような言葉に、珠羅の中でザワリとさざ波が立つ。
「ふーん。じゃあ、もしまた怖がらせたら、私のこと嫌いになる?」
「え? ううん、ならないよ」
即答だった。
一切の躊躇なく返され、拍子抜けした珠羅が目を瞬く。
「少しも?」
「うん。少しも」
「どうして?」
引っ込んだ波の代わりに、純粋な疑問が湧いてくる。ふわりと微笑んだ天璃が、珠羅の前髪を耳にかけた。
「私が一番大切なのは、珠羅ちゃんだから」
まるで、感情のブレーキがなくなり、歯止めが効かなくなっていくようだった。
天璃という存在にのめり込んでいく自覚がありながら、止める術を持たない。いや──むしろ、止めようとする気さえなかった。
口元を両手で押さえた兎々が、茹蛸のような顔をしている。
色々と諦めた様子で息をついた霊藻は、始まった試合を見るため舞台に視線を戻した。
◆ ◆ ◇ ◇
領地戦のルールはこうだ。
白の領地が先行、黒の領地が後行となり、互いに一つずつ相手の陣地を自陣へと変えていく。
それぞれ半分の領地からスタートし、前に一つ、または左右に一つのマス目を進むことができる。後ろのマス目に戻ることは出来ないため、進む際は注意が必要だ。
各陣地には剣をもったキングの像と、盾を持ったクイーンの像が置かれている。勝つためには先に相手陣営の奥に辿り着き、キングの像を破壊する必要があった。
反対に、クイーンの像が置かれたマス目は“不可侵の領域”となるため、破壊することは禁じられていた。
もしも要領を得たいのなら、先に出るのも有りだった。
一試合目は聞かされたばかりのルールを基に、双方が手探り状態で戦う。しかし、二試合目はそうもいかないだろう。
勝利した側は間違いなくコツを掴み、より的確な手段で攻めてくるはずだ。
とはいえ、天璃がその程度のことに気づかない訳もなく。千莉にシード枠を手に入れさせた時点で、とっくに想定済みだった。
三年三組は、去年の学年対抗戦でも優勝しているクラスだ。そして、珠羅と同じ──幻想種がいるクラスでもある。
生徒同士の協力。ルールによる縛り。それらを活かせなければ、いくら珠羅がいても勝つのは難しいだろう。
最強を、最強らしく使う方法。
真剣な眼差しで試合を眺める天璃を見つめ、珠羅はゆるりと目を細めた。
◆ ◆ ◆ ◆
「一年ちゃんたちぃ、もうちょっと頭を使おうね」
「無駄口を叩くな。どうせ使ったところで、弱者は強者に勝てない」
悲惨な光景だった。
粉々になったキングの像の近くには、傷だらけの生徒たちが転がっている。重症を負った生徒の中でも、生死に直結しやすい獲物から、優先的に担架で運ばれていった。
「可哀想。もっとマイルドに言ってあげなよぉ」
「時間を無駄にするつもりか?」
「いやん、辛辣ぅ。さすが、竜の先祖返り様は言うことが違いますねぇ」
ツインテールを揺らした少女が、おかしげに笑う。
竜の先祖返りと呼ばれた猛獣は、黒に染まった舞台を冷めた表情で一瞥すると、そのまま振り返ることなく去っていった。
「強くてごめんねぇ」
悔しそうな敗者たちを、少女が煽るように見下ろす。
踊り出しそうな足取りで舞台を降りていった少女もまた、残酷で華麗な猛獣だった。




