第五十四滴 優秀な駒
クラス対抗戦が終わり、学年ごとに最も良い成績を収めたクラスが発表された。
賞品である“黙認権”を与えられたことで、一組の生徒たちは湧き上がる喜びを噛み締めている。特に、音夢と千莉の喜びようは凄まじかった。
「これで、吸血鬼のことについて調べられるね」
「せやな。そやかて、うちらの目標は学年対抗での優勝や。まだ気は抜けへんで」
後天的に能力者を造る実験。それに関わっているであろう吸血鬼の存在。真相を究明するためにも、今回の賞品は必要不可欠なものだった。
ひとまず目的は達成したものの、学年対抗戦について口にした霊藻は、どこか難しそうな表情を浮かべている。
「学年対抗戦って、どんなことをするの?」
「あっちは種目やのうて、直接のぶつかり合いや。獲物がサポートなんは変わらんが、危険度は高なるやろな」
競技と言うより、闘技のような雰囲気だ。たとえサポートでも、猛獣同士の戦いとなれば、獲物側も巻き込まれる可能性は高くなるだろう。
昨年は三組が学年対抗戦に進んだため、一組は今回が初めての参加になる。ふと視線を向けた霊藻が、不思議そうに天璃へ問いかけた。
「そういや、天璃はなんで“神の雫”が欲しいん?」
「珍しい宝石に興味があるの。特に神の雫は……ずっと探してた物だったから」
「ほーん。らしいで、阿留多伎」
──当然、勝つ自信はあるのだろう?
投げかけた言葉の裏には、煽るような感情が込められている。
可愛い飼い主の頼みは、叶えてやるのがペットというものだ。性格も思考も異なる二人だが、霊藻の掲げるこのモットーだけは、珠羅とも通じているように思えた。
「天璃ちゃんのお願いなら、何でも叶えてあげるよ〜」
「……何でも?」
「うん。何でも」
普段は軽い口調が、幾分か重みを持って聞こえる。一瞬、空っぽの心が脈打ったような感覚になった。
何でもなんて、荒唐無稽な話だ。それでも、珠羅ならばやり遂げてしまいそうに思えるのは何故だろうか。
誰にも言わずにいた秘密が、不意に口から溢れそうになる。
霊藻や兎々はおろか、珠羅にさえ話していない内緒の話──。
親がいない天璃にとって、全寮制で学費の免除があるファンタジアは、転入先として最適だった。
この話は事実だ。しかし同時に、建前の話でもある。
なぜなら、天璃がここに来た本当の目的は、とある物を探すためだったからだ。
偶然でも、運が悪かったのでもない。天璃は自ら望んで、この残酷な学園へと足を踏み入れた。
そして、糸口となる神の雫の存在を知り、何としても手に入れたいと思ったのだ。
「どうしたの?」
天璃の変化を感じ取り、珠羅が天璃の顔を覗き込んだ。さらりと垂れた黒髪は艶やかで、枝毛ひとつ見当たらない。
「ごめんね。少し考えごとしてた」
「そ? あんまり根を詰めすぎないようにね〜」
にこりと笑った珠羅が、指で天璃の目元をなぞった。
ところ構わず二人の世界に入る天璃たちを横目に、霊藻はまたかと言わんばかりの空気を漂わせている。仄かに頬を赤らめた兎々が、絵画でも見つめるように、その様子をじっと眺めていた。
「そういえば、霊藻ちゃんは百目鬼先生について何か知ってる?」
「百目鬼先生? いや、二組の担任ってこと以外、これといってやな。なんか気になることでもあったんか?」
唐突な話題に、霊藻が目を瞬かせる。
「うーん。気になると言えば気になるんだけど……もう少し、整理してから話してもいいかな?」
「かまへんで。ほな、明後日にでも聞かしてや」
クラス対抗戦と学年対抗戦の間には、丸一日休みが取られていた。計三日に及ぶ行事だが、競技があるのは二日だけらしい。
「分かった。じゃあ、また学園でね」
「まっ、またね……天璃ちゃん、阿留多伎さん」
「ゆっくり休みや」
寮に着いたことで、それぞれ自分たちの部屋へと戻っていく。
兎々に手を振り返した天璃は、珠羅と共に最上階へ繋がるエレベーターに乗った。
◆ ◆ ◇ ◇
部屋に響いたチャイムの音に、顔を上げる。天璃の膝を枕に寝転んでいた珠羅が、玄関のある方へ視線だけを向けた。
「ご飯、届いたみたいだね」
優しく頭を撫でると、珠羅が仕方ないといった様子で身体を起こす。
「あーあ。せっかく、気持ちよく寝てたのにな〜」
「ふふ。膝枕くらい、いつでもしてあげるよ」
不満を漏らす珠羅にくすくすと笑いながら、天璃は玄関に行くとドアを開けた。
「お食事をお持ちしました」
ドアの前に立っていた希杏は、メイド服にエプロンといった、給仕用の服を身に纏っている。配膳用のワゴンを玄関の中に押し入れた希杏は、天璃を見るなり、咲き乱れる花の如く感極まった表情になった。
「まさか、こんなにも早く御門様に頼っていただけるなんて……!」
以前、希杏に渡された用紙のことを思い出した天璃は、試しに文字を書いて、水に溶かしてみたのだ。半信半疑だったが、どうやらしっかりと伝わったらしい。
「こちら、依頼されていた内容の調査結果です」
小指サイズの巻物を受け取り、中を確認する。
「よくここまで調べられたね」
「それはもう、御門様のためなので……」
モジモジと恥じらう姿は可憐に見えなくもないが、中身が呪物なので、相殺どころかマイナスだ。
巻物に書かれた百目鬼の情報は、天璃の気になっていた違和感とぴったり当てはまっていた。
「忍びの家系って言ってただけあるね」
「ご満足いただけたなら幸いです」
感心した様子の天璃に、希杏が期待に染まった眼差しを向ける。
「ではその……褒美などを、いただけたり……?」
「なにが欲しいの?」
嫌な予感はするが、働きに対する報酬と思えば無碍にもできない。恭しく跪いた希杏は、熱い吐息をこぼすと、懇願するような顔で天璃を見上げた。
「どうか、思いっ切り……踏んでください!」
死んだ魚のような目とは、今の天璃のことを指すのかもしれない。凍えた表情と生気のない瞳が、虫でも見るかのように希杏を映す。
病的なまでのドMという欠点さえ除けば、希杏はとても優秀な人材だった。間違いなく、今後も役に立ってくれるだろう。
対して天璃は、目的のためなら自らを駒として使うことも厭わないタイプだ。希杏を手元に置くメリットがある以上、天璃自身の感情など……二の次だった。
虚無で心を満たし、無表情のまま足を持ち上げる。蔑みの視線にさえ喜びを露わにする希杏を見下ろし、天璃は容赦なく背中を踏みつけた。
「ああっ! 良いです女王様……!」
この苦行に耐えるくらいなら、宝探しの方がマシだったかもしれない。グリグリと体重をかけながら、天璃は感情を失った人形のように、ただそんなことを考えていた。
「そんなに踏んで欲しいなら、私が踏んであげようか〜? 骨の十本や二十本は折れちゃうかもしれないけど」
身体が浮遊する感覚に、パチリと目を瞬く。
いつの間にか玄関まで来ていた珠羅は、天璃を片腕に抱え、感情の読めない笑みで希杏を見下ろしている。
「そっ、そんな贅沢な……! この名張 希杏、これからもお二方のために誠心誠意お仕えしま……はうっ!」
明らかに、鳴ってはいけない音がした。
快感に身悶える希杏を玄関から蹴り出すと、珠羅は「ご飯にしよっか〜」と言いながら、天璃をリビングへと運んでいった。
第二章 飼い主の実力 【完】
◆ ◇ ◆ ◇
読者の皆さまへ
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
皆さまからのブックマークや星評価等々、全て執筆のモチベーションに繋がっております。
沢山の応援をいただき、本当に感謝ばかりです。
三章では学年対抗戦の決着や、暗躍する吸血鬼たちの目的。天璃の謎についても、徐々に明かしていく予定です。
これからも楽しんでいただけるよう、一話一話を大切に紡いで参ります。
また次章でも、読者の皆さまとお会いできますように。




