第五十三滴 策略の神
目を覚ました生徒から、順に起き上がっていく。
能力の効果は切れているにも関わらず、未だいびきをかいている千莉の頭を、音夢が勢いよく叩いた。
「ぐおっ! ……な、なんでござるか……」
「なんでござるかじゃない。宝探し、もう終わってんだけど」
「へ? おわった……?」
何が何だか分からないといった様子の千莉に、音夢が大きくため息をつく。
「はい。終わりましたよ」
「百目鬼先生、結果はどうなったんですか?」
朗らかに話す百目鬼へ、拘束を解かれた二組の生徒が問いかける。生徒たちの視線が集まる中、百目鬼はゆっくりと口を開いた。
「──結果は、御門さんたちのチームの勝利となりました」
「……え?」
「やったじゃん! さすがリーダー!」
一瞬にして、血の気が失せていく。固まる銭とは反対に、音夢が喜びをあらわにした。
感極まって抱きついた音夢を、天璃は優しく受け入れている。
「みんなのおかげだよ。ありがとう」
「どういたしまして。てか、あたしたちのリーダー最高」
「何があったかさっぱりでござるが、お役に立てたなら良かったでござるよ」
はしゃぐ音夢と、ある意味いつも通りな千莉を見ていた天璃の視線が、兎々の方へと向けられる。
「兎々ちゃんもありがとう。勝てたのは、兎々ちゃんのおかげでもあるから」
遠慮がちに俯く兎々の手を、天璃が両手で握った。至近距離で微笑んだ天璃が、兎々の瞳に映り込む。
突如、ボフッと音を立てて、兎々の顔が真っ赤に染まった。
「あ、噴火した」
キャパオーバーを起こした兎々を何とかしようと、天璃が熟れた頬に手のひらを当てる。冷やそうと思っての行動だったが、むしろ熱を上げてしまったらしい。
グルグルと目を回す兎々に、天璃も珍しく焦った様子で眉を下げていた。
「御門さん。外にお迎えが来ていましたよ」
「分かりました。私たちはこれで失礼します」
天璃を迎えに来る存在など、一人だけだ。珠羅が来ているということは、近くに霊藻もいるはず。
兎々を支えつつ立ち上がると、横から音夢と千莉が手を貸してくれた。
百目鬼に会釈をした天璃は、そのまま別棟の外へと歩いていった。
◆ ◇ ◇ ◇
「天璃ちゃん〜」
「お疲れさん。なんや、兎々はいつものか?」
天璃を見るなり、珠羅が笑顔で手を振ってきた。兎々の様子に気づいた霊藻が、慣れた動作で抱き上げる。
緊張した面持ちの音夢と千莉に向かって、霊藻は「うちのんが、世話になったな」と口にした。
「手伝ってくれてありがとう」
「……有栖川さん、大丈夫なの?」
「うーん。よくあることみたいだから、暫くしたら落ち着くと思うよ」
「そうなんだ……」
よくあるという言葉に、音夢が何とも言えない表情を浮かべる。
「同じチームだった人だよね〜。天璃ちゃんのこと、手伝ってくれてありがとー」
「いっ、いえ別に、大したことは……。じゃあ、あたしたちはこれで──」
天璃の背後からスルリと腕を回した珠羅が、ニコニコと笑顔で話しかける。思わず背筋を伸ばした音夢が、その場を立ち去ろうとした時だった。
「御門さん」
天璃を呼び止める声に、珠羅がゆるりと目を細める。
「萬屋さん」
「少し、お時間をもらえませんか?」
冷や冷やした様子の音夢たちが見守る中、銭は天璃の方へ足早に近づいてきた。
「納得がいかないんです。どうして、あたくしが負けたのか」
先手を打ち、盤上は銭の思うがままだった。
裏の策を隠しながら、ギリギリまで見定めた戦況は、間違いなく銭に傾いていたというのに。
それなのに、あの状況でどうやって勝ったというのか。
「姫浦さんのことがあったばかりだったし、萬屋さんが私を警戒することは分かってたの。だから、わざと奥の手について知らせることで、余計に警戒を強めさせたりもした」
制服の裾を引いた天璃に、絡めていた腕を外す。闇のような瞳で銭をチラリと見た珠羅が、一歩離れた位置に佇んだ。
「人数が欠けていた時点で、先にゴールしている可能性も予想はしてたよ。ただ、どのくらいコインを持っていったのかは分からなかったから、確かめる必要があった」
もし、銭たちが他のチームをゴールさせないという一点のみに力を割いていた場合、事前に全てのコインを渡している可能性も否めなかった。
そうすれば、どれだけコインを奪えたとしても、ゴールしなければいい話だからだ。
初めから背水の陣を敷くとは考えにくかったが、可能性が零ではない以上、天璃としても踏み切るのは危険だと判断した。だからこそ、確かめる必要があったのだ。
「まだコインを手元に残しているのか。残しているなら、誰が持っているのか。それが知りたくて、こう聞いたの。『こうして話してる間に、コインを奪われてるかもとは考えたりしないの?』って」
「……あたくしに手の存在を知らせたのも、このためだったというわけですか。これは完全に騙されましたねぇ」
清妃女は、黒い手に油断したことが敗因になった。宝探しにもその手がいるとなれば、当然、銭も警戒を強めるはずだ。
天璃にコインを奪われていないか聞かれた時、そんなことはないと思いつつも、銭は自分の懐に注意を向けてしまった。
「萬屋さんは他の生徒ではなく、自分の方を気にしていた。つまり、まだコインは萬屋さんが持っていて、手元に残してあるということ」
人間とは正直だ。ほんの僅かな動作にも、真実が香ってしまう。
「そこまで分かれば、あとは萬屋さん以外を排除してしまえばいい。兎々ちゃんには、前もって相談しておいたの。確証が得られたら、合図するからって」
どうやら、音夢や千莉も話の内容が気になっていたらしい。その場を去ることなく、天璃たちの話に耳を傾けている。
少し離れた位置で待っていた霊藻は、銭が清妃女の飼い主であるためか、どこか冷たい雰囲気を漂わせていた。
「それまでのやり取りで、萬屋さんの能力が守りに優れたものだってことは予想がついてた。だから後は、轟さんの能力で、もう一度眠らせてもらえばおしまい」
「能力の方向性を予想することはできても、どんな能力かまでは分からなかったはずです。あたくしの能力は、相手を道連れにする類のもの。あの時、確かに全員が睡眠の能力を受けていました。それなのに、どうして御門さんは勝つことができたんです?」
天璃も銭も、目的のためなら自分の身体さえ駒として使うタイプだ。そういう点においては、似ていると言えるのかもしれない。
「反射によって麿さんが倒れた時、本当は私も睡眠の能力を受けていたの。それで、確信した。たとえ他の能力を介したとしても、私には影響がないってことを」
ごくり、と固唾を呑む音が響く。
恐ろしいほどの静寂が、辺りを支配していた。
「萬屋さんが天井のカメラを気にしていたことで、時間切れを狙っていることも予想はしてた。でも、轟さんの能力に対して焦っている様子はなかったから、もしかしてとは思ってたの」
一発逆転。それができる能力を、銭が持っている可能性。
果たしてどんな能力ならば、多勢に無勢な盤上を引っくり返せるだろうか。
「私、催眠の類は効かない体質なの。反射が効かないなら、道連れも効かない。だから油断したふりをして、萬屋さんに能力を使わせたの。あとはコインを回収して、普通にゴールしただけ。そこから先については、萬屋さんも知っての通りだよ」
勝ちを目前にして油断したのは、むしろ銭の方だった。
思わず口から溢れた笑みは、自らへの失望よりも、天璃への賞賛が大きい。
「あたくしの完敗です。ペット共々負けるなんて、敵いませんねぇ」
両手を上げた銭が、胸の前に手を当て一礼する。
その優雅な仕草は、清妃女のものとよく似ていた。
「お時間を取らせました。では、あたくしはこれで」
銭が去ったことで、音夢も千莉を連れてそそくさとその場を離れていく。兎々を抱えたままの霊藻が近寄ってくるも、さすがと言うべきか、微塵も疲れた様子は見られなかった。
「そういや、もし反射の能力で兎々が眠りよったら、どないするつもりやったん?」
「あ、それについてはね──」
腕を組んできた珠羅に表情を緩めると、天璃は霊藻の問いに答えるべく記憶を思い返した。
──別のチームからコインを譲り受けた時、千莉はすでに落ち着きを取り戻していた。
千莉の能力は、感情が昂った後に鎮火させることで、現状打破の手段を取れるというものだ。言い換えれば、引き寄せの法則に当てはまる類の能力でもある。
反射による影響で、千莉は真っ先に睡眠の効果を受けていた。つまり、現状を打破する上で、千莉の能力は“千莉自身を最も必要のない存在”だと判断したのだ。
引き寄せによる反動か、千莉は他の生徒よりも深い眠りに落ちていた。天璃がもう一方の対象になったのも、もしかすると千莉の能力によるものなのかもしれない。
天璃の話を聞き終えた霊藻は、感心した表情になると、次いで至極楽しげな笑みを浮かべた。
「結局は、こうなる定めやったっちゅうことか」
天璃の視線に気づいた珠羅が、「なぁに?」と首を傾げる。
目線を合わせるため屈んだ珠羅を見つめ、天璃はやっと一息つけたような──そんな安堵を覚えていた。




