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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第二章 飼い主の実力

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第五十三滴 策略の神


 目を覚ました生徒から、順に起き上がっていく。

 能力の効果は切れているにも関わらず、未だいびきをかいている千莉(せんり)の頭を、音夢(ねむ)が勢いよく叩いた。


「ぐおっ! ……な、なんでござるか……」


「なんでござるかじゃない。宝探し、もう終わってんだけど」


「へ? おわった……?」


 何が何だか分からないといった様子の千莉に、音夢が大きくため息をつく。


「はい。終わりましたよ」


百目鬼(どうめき)先生、結果はどうなったんですか?」


 朗らかに話す百目鬼へ、拘束を解かれた二組の生徒が問いかける。生徒たちの視線が集まる中、百目鬼はゆっくりと口を開いた。


「──結果は、御門(みかど)さんたちのチームの勝利となりました」


「……え?」


「やったじゃん! さすがリーダー!」


 一瞬にして、血の気が失せていく。固まる(ぜに)とは反対に、音夢が喜びをあらわにした。

 感極まって抱きついた音夢を、天璃(あめり)は優しく受け入れている。


「みんなのおかげだよ。ありがとう」


「どういたしまして。てか、あたしたちのリーダー最高」


「何があったかさっぱりでござるが、お役に立てたなら良かったでござるよ」


 はしゃぐ音夢と、ある意味いつも通りな千莉を見ていた天璃の視線が、兎々(とと)の方へと向けられる。


「兎々ちゃんもありがとう。勝てたのは、兎々ちゃんのおかげでもあるから」


 遠慮がちに俯く兎々の手を、天璃が両手で握った。至近距離で微笑んだ天璃が、兎々の瞳に映り込む。

 突如、ボフッと音を立てて、兎々の顔が真っ赤に染まった。


「あ、噴火した」


 キャパオーバーを起こした兎々を何とかしようと、天璃が熟れた頬に手のひらを当てる。冷やそうと思っての行動だったが、むしろ熱を上げてしまったらしい。

 グルグルと目を回す兎々に、天璃も珍しく焦った様子で眉を下げていた。


御門(みかど)さん。外にお迎えが来ていましたよ」


「分かりました。私たちはこれで失礼します」


 天璃を迎えに来る存在など、一人だけだ。珠羅(しゅら)が来ているということは、近くに霊藻(たまも)もいるはず。

 兎々を支えつつ立ち上がると、横から音夢と千莉が手を貸してくれた。


 百目鬼に会釈をした天璃は、そのまま別棟の外へと歩いていった。




 ◆ ◇ ◇ ◇




「天璃ちゃん〜」


「お疲れさん。なんや、兎々はいつものか?」


 天璃を見るなり、珠羅が笑顔で手を振ってきた。兎々の様子に気づいた霊藻が、慣れた動作で抱き上げる。

 緊張した面持ちの音夢と千莉に向かって、霊藻は「うちのんが、世話になったな」と口にした。


「手伝ってくれてありがとう」


「……有栖川(ありすがわ)さん、大丈夫なの?」


「うーん。よくあることみたいだから、暫くしたら落ち着くと思うよ」


「そうなんだ……」


 よくあるという言葉に、音夢が何とも言えない表情を浮かべる。


「同じチームだった人だよね〜。天璃ちゃんのこと、手伝ってくれてありがとー」


「いっ、いえ別に、大したことは……。じゃあ、あたしたちはこれで──」


 天璃の背後からスルリと腕を回した珠羅が、ニコニコと笑顔で話しかける。思わず背筋を伸ばした音夢が、その場を立ち去ろうとした時だった。


「御門さん」


 天璃を呼び止める声に、珠羅がゆるりと目を細める。


萬屋(よろずや)さん」


「少し、お時間をもらえませんか?」


 冷や冷やした様子の音夢たちが見守る中、銭は天璃の方へ足早に近づいてきた。


「納得がいかないんです。どうして、あたくしが負けたのか」


 先手を打ち、盤上は銭の思うがままだった。

 裏の策を隠しながら、ギリギリまで見定めた戦況は、間違いなく銭に傾いていたというのに。

 それなのに、あの状況でどうやって勝ったというのか。


姫浦(ひめうら)さんのことがあったばかりだったし、萬屋さんが私を警戒することは分かってたの。だから、わざと奥の手について知らせることで、余計に警戒を強めさせたりもした」


 制服の裾を引いた天璃に、絡めていた腕を外す。闇のような瞳で銭をチラリと見た珠羅が、一歩離れた位置に佇んだ。


「人数が欠けていた時点で、先にゴールしている可能性も予想はしてたよ。ただ、どのくらいコインを持っていったのかは分からなかったから、確かめる必要があった」


 もし、銭たちが他のチームをゴールさせないという一点のみに力を割いていた場合、事前に全てのコインを渡している可能性も否めなかった。

 そうすれば、どれだけコインを奪えたとしても、ゴールしなければいい話だからだ。


 初めから背水の陣を敷くとは考えにくかったが、可能性が零ではない以上、天璃としても踏み切るのは危険だと判断した。だからこそ、確かめる必要があったのだ。


「まだコインを手元に残しているのか。残しているなら、誰が持っているのか。それが知りたくて、こう聞いたの。『こうして話してる間に、コインを奪われてるかもとは考えたりしないの?』って」


「……あたくしに手の存在を知らせたのも、このためだったというわけですか。これは完全に騙されましたねぇ」


 清妃女(きよひめ)は、黒い手に油断したことが敗因になった。宝探しにもその手がいるとなれば、当然、銭も警戒を強めるはずだ。


 天璃にコインを奪われていないか聞かれた時、そんなことはないと思いつつも、銭は自分の懐に注意を向けてしまった。


「萬屋さんは他の生徒ではなく、自分の方を気にしていた。つまり、まだコインは萬屋さんが持っていて、手元に残してあるということ」


 人間とは正直だ。ほんの僅かな動作にも、真実が香ってしまう。


「そこまで分かれば、あとは萬屋さん以外を排除してしまえばいい。兎々ちゃんには、前もって相談しておいたの。確証が得られたら、合図するからって」


 どうやら、音夢や千莉も話の内容が気になっていたらしい。その場を去ることなく、天璃たちの話に耳を傾けている。

 少し離れた位置で待っていた霊藻は、銭が清妃女の飼い主であるためか、どこか冷たい雰囲気を漂わせていた。


「それまでのやり取りで、萬屋さんの能力が守りに優れたものだってことは予想がついてた。だから後は、(とどろき)さんの能力で、もう一度眠らせてもらえばおしまい」


「能力の方向性を予想することはできても、どんな能力かまでは分からなかったはずです。あたくしの能力は、相手を道連れにする類のもの。あの時、確かに全員が睡眠の能力を受けていました。それなのに、どうして御門さんは勝つことができたんです?」


 天璃も銭も、目的のためなら自分の身体さえ駒として使うタイプだ。そういう点においては、似ていると言えるのかもしれない。


「反射によって麿(まろ)さんが倒れた時、本当は私も睡眠の能力を受けていたの。それで、確信した。たとえ他の能力を介したとしても、私には影響がないってことを」


 ごくり、と固唾を呑む音が響く。

 恐ろしいほどの静寂が、辺りを支配していた。


「萬屋さんが天井のカメラを気にしていたことで、時間切れを狙っていることも予想はしてた。でも、轟さんの能力に対して焦っている様子はなかったから、もしかしてとは思ってたの」


 一発逆転。それができる能力を、銭が持っている可能性。

 果たしてどんな能力ならば、多勢に無勢な盤上を引っくり返せるだろうか。


「私、催眠の類は効かない体質なの。反射が効かないなら、道連れも効かない。だから油断したふりをして、萬屋さんに能力を使わせたの。あとはコインを回収して、普通にゴールしただけ。そこから先については、萬屋さんも知っての通りだよ」


 勝ちを目前にして油断したのは、むしろ銭の方だった。

 思わず口から溢れた笑みは、自らへの失望よりも、天璃への賞賛が大きい。


「あたくしの完敗です。ペット共々負けるなんて、敵いませんねぇ」


 両手を上げた銭が、胸の前に手を当て一礼する。

 その優雅な仕草は、清妃女のものとよく似ていた。


「お時間を取らせました。では、あたくしはこれで」


 銭が去ったことで、音夢も千莉を連れてそそくさとその場を離れていく。兎々を抱えたままの霊藻が近寄ってくるも、さすがと言うべきか、微塵も疲れた様子は見られなかった。


「そういや、もし反射の能力で兎々が眠りよったら、どないするつもりやったん?」


「あ、それについてはね──」


 腕を組んできた珠羅に表情を緩めると、天璃は霊藻の問いに答えるべく記憶を思い返した。



 ──別のチームからコインを譲り受けた時、千莉はすでに落ち着きを取り戻していた。


 千莉の能力は、感情が昂った後に鎮火させることで、現状打破の手段を取れるというものだ。言い換えれば、引き寄せの法則に当てはまる類の能力でもある。


 反射による影響で、千莉は真っ先に睡眠の効果を受けていた。つまり、現状を打破する上で、千莉の能力は“千莉自身を最も必要のない存在”だと判断したのだ。


 引き寄せによる反動か、千莉は他の生徒よりも深い眠りに落ちていた。天璃がもう一方の対象になったのも、もしかすると千莉の能力によるものなのかもしれない。



 天璃の話を聞き終えた霊藻は、感心した表情になると、次いで至極楽しげな笑みを浮かべた。


「結局は、こうなる定めやったっちゅうことか」


 天璃の視線に気づいた珠羅が、「なぁに?」と首を傾げる。

 目線を合わせるため屈んだ珠羅を見つめ、天璃はやっと一息つけたような──そんな安堵を覚えていた。


 

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