第五十一滴 攻防戦
「おやまあ。予想通りでしたねぇ」
ゴール付近には、拘束された二組の生徒たちと、その近くに立つ三組の生徒たちがいた。
天璃を見て糸目をしならせた銭は、レンズの小ぶりな丸眼鏡をかけている。
「そろそろ来ると思ってましたよ。御門さん、有栖川さん。それと、どなたでしたっけ?」
「萬屋さん……」
怯えの滲む声で、兎々がぽつりと呟く。天璃たちとは一転して、見下すような態度で接してきた銭に、音夢は相変わらず嫌なやつだと言わんばかりに眉を顰めた。
「御門さんのことは、あたくしのペットからも聞いてましてねぇ。まるで策略の神のように、知恵が回ると言ってましたよ」
「買いかぶり過ぎだよ。そういえば、無事に戻ってきたんだね」
「おかげさまで」
眼鏡を指していることに気づいた銭が、薄っぺらい笑みを浮かべる。
「チーム同士で集まったにしては、人数が足りないみたいだけど……残りはどこに行ったの?」
「ここに来る途中、仲間とはぐれたチームに出会ったので、一緒に行動してたんですよ。もしかすると、まだ何処かを彷徨っているのかもしれませんねぇ」
拘束されたチームが四人組なのに対し、銭の傍には五人の生徒がいた。元の数を考えると、内二人は別のチームの生徒ということになる。
二組の生徒たちは怪我こそないものの、ぐったりしていたり、気持ち悪そうに口元を押さえていたりと、何らかの能力により戦闘不能にさせられたようだった。
ゴールである南口の扉は、銭たちを超えた先にある。どうあっても、戦わずして通ることはできないだろう。
「あまり時間もありませんし、そろそろ決着をつけましょうか。大人しく宝を差し出すということであれば、それでも構いませんがねぇ」
「誰があんたなんかに」
上から目線の言葉が気に障ったのか、音夢が怒りのこもった声で吐き捨てた。
「そうですか。では、どうしましょうかねぇ」
顎に手を当てた銭は、隣の生徒に何かを囁いている。眉間の皺をそのままに、音夢が天璃の方を振り向いた。
「試してみてもいいんだよな?」
「うん。ただ、今回は──」
言葉を呑んだ天璃へ、音夢が心得ているとばかりに頷く。
「っこほん。あーあー」
咳払いをした音夢が、すうっと息を吸い込む。次いで口から飛び出したのは、日本でもよく耳にする──子守歌だった。
「き、きらきら星……」
思わず吹き出しかけた三組の生徒が、突然フラフラと崩れ落ちた。拘束されていた二組の生徒たちも、次々と眠りに落ちていく。
「仕方ないだろ。満遍なく音波を届けるためには、歌うのが一番手っ取り早いんだよ」
「あ、天璃ちゃん。麿さんが……」
歌い終えた音夢が、恥ずかしそうに視線を逸らす。何かを言いかけた天璃に、背後から焦った声がかけられた。
通路に寝転がり爆睡する千莉を、兎々が心配そうに揺すっている。訝しげな音夢を見て、銭の隣にいた生徒が得意顔で進み出てきた。
「残念でした。私は能力による攻撃を、“反射”することができるの。あなたが歌うたびに、お仲間が被害を受けることになるわよ」
「そっちのお仲間も、被害を受けてるみたいだけど?」
銭を含む何人かに、能力が効いている様子はない。しかし、三組の生徒も眠っていることを考えると、完全に対処できる訳ではなさそうだ。
「しっ、仕方ないでしょ。反射の威力が強いほど、跳ね返る方向もランダムになっちゃうんだから……」
「なるほどね。あんたも代償持ちってわけか」
「代償持ち?」
首を傾げる天璃に、銭が糸目をうっすらと開いた。
「使い手の思い通りにいかない能力は、その分強力になる法則があるんですよ。とは言っても、獲物特有なんですけどねぇ」
代償を受ける代わりに、強い力を得る。先祖返りとは違い、人間にはペナルティーがあるということなのだろう。
反射の能力は厄介だが、味方にも跳ね返りの影響が及ぶ以上、互いに無傷でとはいかない。むしろ、味方の被害の方が多くなる可能性さえあり得る。
銭側としても、使わずに済むならその方がいいはずだ。
「どうやら、あたくしたちは似たもの同士のようですねぇ、御門さん。今こうしている間にも、頭では常に最適な一手を考えている」
違いますかと問いかけた銭だが、声には確信が込められていた。
「ですが、だからこそ気づいたはずです。確実な勝利のためには、運という要素を減らしていくしかないと。次は誰が倒れるか分からない状況で、もう一度歌わせるなんてリスクを負うことはできませんよねぇ」
天璃のことを語っているようで、銭自身のことを語っているようでもある。頭が切れる者同士、思考回路にも通じる部分があるのだろう。
おそらく銭は、天璃の取りそうな手段を予測し、先に封じようとしている。
「萬屋さんのペットが姫浦さんなら、私の奥の手についても知ってるはずだよね。こうして話してる間に、コインを奪われてるかも……とは考えたりしないの?」
「ご心配どうも。勿論、対策はしておりますよ」
探り合うような視線が、天璃と銭の間を交錯する。余裕を崩さない銭だが、向こうから何かを仕掛けてくる様子はなかった。
有効な手段があるなら、とっくに使っているはずだ。
考えられるのは、銭たちの能力が守りに特化したものであること。または、千莉のように、とある条件下でしか発動しないものであること。
相手を負傷させやすい能力のため、競技のルール上、あえて控えている可能性もあるかもしれない。
とはいえ、今の天璃たちが何より優先すべきことは、反射の能力者を何とかすることだった。
「兎々ちゃん、お願いできる?」
天璃の言葉に、兎々が胸元の手をギュッと握りしめた。
この競技に勝つことは、天璃だけでなく、霊藻のためにもなる。
友達の力になりたい。大切な人の役に立ちたい。
そんな思いを胸に、兎々は銭たちに向かって自身の能力を発動させた。




