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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第一章 カーストの最下層

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第五滴 餌やり


 一回の狩りにつき、猛獣が捕まえていいのは一体まで。

 薄井の説明通りなら、魅与(みよ)荒牙(こうが)がいる時点で数は釣り合うはずだ。


 しかし、魅与たちの狙いは天璃(あめり)ただ一人であり、「二人は無理だ」という荒牙の言葉が、天璃の中で妙な引っかかりを残していた。


「ど……どうして、分かったの……」


「なんつーか、直感? 血のにおいがしたと思ったら、途中から消えちまってよ。なら直感に頼るしかねえなって思ってたら、見つけた」


 存在感を消せる能力に、五感で対処するのは至難の業だ。

 けれどまさか、攻略方法が第六感とは。相性が悪かったとしか言いようがない。


「てゆーか、あんたに用はないの。とっとと尻尾でも巻いて逃げたら?」


「……っ」


「魅与ー、その言い方やめてくんね?」


 薄井を睨む魅与の傍には、耳と尻尾を生やした荒牙の姿がある。複雑そうに眉を顰める荒牙を見て、魅与はぷっと笑い声を漏らした。


「荒牙ってば。いくら人狼の先祖返りだからって、そんなに気にすることないじゃない」


 魅与の視線が逸れたことで、薄井は震える息を吐き出した。

 凍りついた薄井の背に、天璃が優しく触れる。

 まるで雪解けが起きたかのように、薄井の身体が温さを取り戻した。


「行って、薄井さん。狙いは私だけだから、薄井さんまで巻き込まれる必要はないよ。ここまで助けてくれてありがとう」


 微笑む天璃の姿は、今にも消えてしまいそうなほどに儚い。

 背を向けた天璃を引き止めようと、薄井は泣きそうな顔で手を伸ばした。


「……だめ。だめなの……。御門さんを失ったら、わたし……」


 薄井の精神は、とっくに限界だった。

 それでも、天璃が生きていてくれるのなら、薄井もまだ頑張れると思えた。


「なに、諦めでもしたの?」


「そうかもね」


 天璃の声は淡々としていて、そこに温度は感じられない。


「……まあいいわ。あたしは優しいから、せめて苦しませずに殺してあげる」


「殺すのは俺だけどな」


 静かに近寄ってくる天璃を見て、魅与が嘲るように笑った。

 魅与の言葉に息をついた荒牙は、手を狼のそれに変化させ、天璃に向かって鋭い爪を振り下ろす。


 ──もうこれしかないと思った。


 銀の閃光が、身体を切り裂いた。

 後ろに倒れ込んだ天璃の前で、勢いよく血が飛び散る。


「……薄井、さん?」


 初めから決めていたのだ。

 ようやく現れた希望の光を、絶対に死なせたりしないと。


「……無事で……良かった……」


「喋らないで!」


 珍しく焦った様子の天璃が、止血しようと傷口を押さえる。


「どうしてこんなこと……!」


「……わたしは……餌に、なっただけ……」


 その言葉を聞いた魅与が、ハッと息を呑んだ。


「あんた……正気?」


「……どうして……驚く、の……? さいおんじさ……の、真似を……しただけ……なのに……」


 固まった魅与の顔には、信じられないという感情が浮かんでいる。

 天璃の手に触れた薄井が、口をはくはくと動かした。

 耳を寄せた天璃に届くよう、薄井が何かを囁く。


 驚く天璃に、薄井が微笑んだ。


 たとえどんな犠牲を払っても、助けると決めていた。

 これでやっと、ゆっくり眠ることができる。


 花嫁のベールを上げるように、薄井の手が、天璃の前髪をふわりと揺らした。


「……きれい……」


 その言葉を最後に──薄井の心臓は鼓動を止めた。




 薄井の瞼を閉じると、天璃は安らかな表情を見下ろし謝罪を告げた。

 横たわる亡骸を前に、我に返った魅与は怒りで身体を震わせている。


「やられたな、魅与」


「あーくそ! むかつく! こんな雑魚に邪魔されるなんて……!」


 地団駄を踏んだ魅与が、癇癪を起こした子供のように叫んだ。


「もーいい! だったら、他の猛獣でも連れてきて──」


「それは駄目〜」


 突如、背後から現れた腕が、天璃の身体に巻き付いていく。

 すっぽりと覆うように抱き込んだ珠羅(しゅら)は、天璃の頭に頬を乗せると、魅与たちをじっと見つめている。


「しゅ、珠羅様……」


 闇を詰め込んだ瞳は、今にも魅与たちを呑み込んでしまいそうなほどに暗い。

 怯えた様子の魅与が、じりじりと後ろに退いた。


「天璃ちゃんは“餌係”になった。この意味、君が分からないわけないよね?」


「……魅与、行こう」


 声を発することもできない魅与の手を、荒牙が引いた。


 本能的な恐怖を押し殺した荒牙は、警戒した目で珠羅を一瞥すると、魅与を連れてその場から去っていった。


 

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― 新着の感想 ―
薄井さん、退場ではありますがようやく解放された見ないな感じでしょうか。
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