第四十七滴 知略縦横
「おい、千莉」
「おかしいでござるな……」
「それはこっちの台詞だよ」
誰よりも衝撃を受けている千莉に、音夢が呆れを滲ませる。
「とりあえず、もう一度左側の通路を進んで、その次も左に進んでみようか」
百目鬼は、正解があらかじめ決められていると話していた。つまり、右の道が外れなのであれば、左は間違いなく正解ということだ。
「だな。他のチームより遅れてるし、早く行こうぜ」
「うう……」
落ち込んだ千莉を引きずりながら、音夢はさっさと通路の先へ進んでいく。
顔を見合わせた天璃と兎々は、作戦が上手くいっていることを確認し、互いに小さく笑みをこぼした。
◆ ◆ ◇ ◇
クラス対抗戦の本番前、天璃は作戦会議と称して兎々と音夢を呼び出していた。
千莉の姿が見当たらず、兎々は不思議そうに辺りを見回している。
「言われた通り、千莉は撒いてきた。んで、その作戦とやらを聞けば、どうして千莉だけ抜きなのか納得できるってことだよな?」
「うん。ただ、その前に麿さんの能力について、もう少し詳しく聞いてもいいかな?」
「あたしが知ってることなら」
すんなり許諾した音夢に、天璃が話を続ける。
「麿さんの能力は、感情が昂るほど危険の多い選択肢に惹かれ、落ち着くことで助かるための選択肢を取れる能力……って言ってたよね」
「そーそー。心拍数も関係してるみたいだけど、ぶっちゃけそっちの方が分かりやすいよな」
他人の鼓動がどうかなんて、いちいち気にしていられない。音夢いわく、千莉は感情が表に出やすいため、目に見える変化で判断した方が早いとのことだった。
「助かるための選択肢っていうのは、常に落ち着いてる状態では発動しないの?」
「しないね。感情が昂った後に鎮火させることで、現状打破の手段を思いつくって感じかな」
「つまり、救済措置ってことか」
思案顔で目を伏せた天璃を、兎々も音夢も静かに見守っている。
獲物同士の戦いでは、知略が物を言う。天璃が思考を働かせている間は、邪魔にならないよう口を噤んでいるのだろう。
「宝探しには、ゴール到達前であれば、他のチームのコインを奪うことができるルールも含まれてたよね。別棟は広いし、あまり鉢合わせることはないかもしれないけど、それでも出会わないにこしたことはない」
相手チームの能力が不明な以上、危ない橋は渡らずに済んだ方がいいはず。独り言にも近い天璃の言葉に、音夢はどこか複雑な表情を浮かべた。
「理屈は分かるけど、それと千莉に何の関係があるわけ?」
「麿さんの能力があれば、他のチームとの接触を可能な限り避けつつ、安全にコインを運べるんじゃないかと思ったの」
たとえば上の階に向かう階段と、同じ階を探索できる通路があったとして、どちらがより安全な道か、千莉の反応によって察することができる。
「でも──そのためには、麿さんの心拍数を上げておく必要がある」
「なるほどね。だんだん読めてきた」
千莉の緊張状態を維持するためには、天璃の思惑を知られるわけにはいかない。そのため、兎々と音夢にだけ作戦を共有し、上手いこと場を切り抜けようという算段なのだろう。
「具体的にはどうすんの?」
「初めは、麿さんの行きたい方に進んでみようと思ってる。他のチームと遭遇したとしても、コインがなければ何かされる心配もないから」
他者に怪我を負わせたチームは、その場で失格処分となってしまう。コインを持たないチームを襲ったところで、双方にとってデメリットしかないのだ。
「もしコインが集まっても、何も起こらなかったら?」
「その時はみっちゃんたちに頼んで、あえてハプニングを起こしてもらうつもり。コイン集めも協力してくれるみたいだし、多少のロスは取り戻せると思うよ」
策を練る際には、事前に何通りかの案を考えておく必要がある。あらゆる可能性を模索し、周到に準備してこそ、撒いた罠が真価を発揮できるのだ。
「麿さんの能力が発動した後は、麿さんが選んだ道以外を進むようにしよう。そうすれば、最もリスクの高い選択肢を潰すことができる」
真剣な表情で耳を傾けていた音夢が、眼鏡のフレームを指で押し上げた。
「話は分かった。ただ、千莉は感情が昂ると、癇癪持ちの子供みたいになるんだ。別の道に進みたくても、駄々をこねて言うことを聞かないかも」
「それについてなんだけど……意見が割れた時のために、多数決を提案しようと思ってるの。先に方法を決めておけば、麿さんも納得するしかないんじゃないかな」
「そんで、あたしと有栖川さんが票を揃えればいいってわけね。公平なようで実は八百長。しかも、初めから千莉に勝ち目はない。ほんと、どうやったらそんなやり方を思いつくわけ?」
本来であれば、四人の多数決では二対二も起こり得る。しかし、今回の多数決で票が割れることは絶対にないと言えよう。
多数決とは名ばかり。競技が始まった瞬間から、進むべき道はすでに示されているのだ。
「麿さんを落ち着かせて、何とかする方法も考えてはみたけど、持続性がないのが難点だったの。それに、救済措置はそもそもマイナスの状態を回復させるものだから、リスクは自然と高くなってしまう」
天璃の視線が、不安げに瞳を揺らす兎々へと向けられた。霊藻から託されていることもあり、天璃は兎々が無事に競技を終えられることを優先的に考えている。
何より、面倒見が良くカラリとした性格の霊藻と、穏やかで心優しい兎々のことを、天璃は少なからず大切に思い始めていた。
千莉には悪いと思いつつも、兎々の安全を天秤にかけた結果、呆気ないほど一方に傾いてしまったという訳だ。
「なんか今、御門さんを誘った過去の自分を褒め称えたい気分だわ……。ま、千莉のことは気にしなくていいよ。単純だから、どうせ寝たら忘れてるし。それにさ、賞品を手に入れるためには、少しくらい我慢も必要だろ?」
留年のリスクがある音夢と千莉にとって、クラス対抗戦の賞品は命綱にも等しい。もし卒業できなければ、音夢たちは一年余分に学園で過ごすことになってしまう。
命の危機に比べれば、天璃の提案など安いものだった。
「あたしが御門さんたちと組んだのは、勝ちに行くためだからね。ってことで、これからも遠慮なく指示してよ」
強い意志のこもった瞳が、天璃を映す。
「勝たせてくれるんでしょ? リーダー」
期待と揶揄いの狭間で笑った音夢を、天璃が真っ直ぐ見返した。
「頭脳担当として、最善を尽くすよ」
「あの時の言葉、まだ覚えてたんだ……」




