第四十六滴 迷宮
「御門さん。少しお時間よろしいかしら」
別棟の入口付近に到着した天璃は、百目鬼に声をかけられ、向き合うように足を止めた。傍らでは瞳を揺らした兎々が、不安げな表情で天璃を見ている。
「予行練習の際に、怪我をされたそうですね。その後の経過はいかがかしら?」
「神領先生のおかげで、すでに完治してます。競技に出ても問題ないそうです」
「それを聞いて安心しました。床が崩れるなんて、さぞ驚いたことでしょう」
穏やかな雰囲気と柔和な物腰。百目鬼に対する二組の生徒の態度からも、慕われているのが伝わってくる教師だった。
「別棟は地下室の上に建てられていて、中には骨董品が保管されています。珍しい品や壁画も残されているようですが、何か見かけたりしませんでしたか?」
「いえ、それらしい物はなにも」
「そうですか。何にせよ、御門さんが無事で良かったです」
微笑んだ百目鬼が、「時間ですね」と呟いた。
百目鬼の視線を背中に受けながら、天璃は別棟の扉を開くと、兎々と共に足を踏み入れた。
◆ ◆ ◇ ◇
「お、きたきた」
「御門殿、有栖川殿。今日はよろしく頼むでござるよ!」
先に着いていた音夢と千莉が、天璃たちに気づき話しかけてくる。後から入ってきた百目鬼は、参加者が集まっているか確認しているようだった。
「皆さんお揃いのようですね。予行練習でルールはご存知でしょうから、追加のルールについて説明いたします」
辺りに緊張した空気が漂う。本番直前まで分からない追加ルールの内容に、誰もが耳を傾けていた。
「今回はとある猛獣の力を借りて、別棟の中を迷路にしていただきました。要所ごとに通路が分かれており、片方の道は安全に次の場所へ進めます。ただし、もう片方の道にはトラップが仕掛けられており、正解の道よりも時間がかかる仕様になっています」
ただの宝探しと思いきや、別棟を迷宮にしてしまったらしい。もし不正解の道を選び続ければ、タイムリミットにより敗北する可能性も出てくるだろう。
「正解の道は、前もって決められています。どのように選ぶかは、獲物の皆さん次第です。こちらは北口ですが、私は南口を出た先のゴールで待っています。時間内であれば、いつゴールするかは自由です。ゴール付近に仕掛けはありませんので、安心してくださいね」
不安を滲ませる生徒たちとは違い、天璃の表情は冷静そのものだ。
説明を終えた百目鬼が、開始の合図を口にする。いち早く宝を探すため、他のチームは左右に分かれると、小走りで通路を進んでいった。
「なあ、どっちにする?」
「うーん。麿さんは、どっちがいいと思う?」
「拙者でござるか!?」
急に話を振られ、千莉が素っ頓狂な声をあげる。
「最初は運みたいなものだし、誰が決めてもいいのかなって。そこから先の分岐については、多数決で決めていくのはどうかな?」
「確かに、多数決なら妥当か」
「わたしも、それで良いと思う……!」
音夢と兎々が同意したことで、千莉もそれならと頷く。
どこかソワソワした様子の千莉は、少し悩んだ後に左側を指差した。
「拙者は、左がいいと思うでござる」
「決まりだな」
四人で左側の通路を進んでいくと、すぐさま分岐した場所に行き当たった。
「ここはただの一本道でござったような……」
以前の下見を思い出し、千莉が不思議そうに呟く。
「さっそくかよ」
「どっちかが正解、ってことだよね……」
不安げな兎々が、視線を彷徨わせた。沈黙する天璃を、横目で音夢が覗き見る。
「……これはおそらく、右でござるな!」
突然、千莉が確信めいた様子で右の通路を差した。早く進もうと声をかける千莉の姿に、天璃たちが視線を重ね合わせる。
「反対意見はない?」
「様子見ってことで、とりあえず右でいいかな」
コクコクと頷く兎々に微笑むと、天璃たちは千莉に続いて右側の通路を進んでいった。
ふと上を向くと、天井の隅にカメラのような物が光っているのが見えた。天璃の視線を辿った兎々が、ハッとした顔で口を開く。
「おっ、屋内の競技も観戦できるように……カメラが設置してあるんだよ」
「そーそー。外のモニターに繋がってるんだよな。そんで、横にある数字は残り時間になってる」
教師や猛獣たちは、別棟の中に入ることができない。そのため、所々にカメラを設置し、外からでも観戦できるようにしているのだろう。
カメラ横の数字は徐々に減っており、残り時間は四十分ほどになっていた。
「特に仕掛けらしきものはないみたいだな」
「拙者の見立ては、正しかったでござる!」
訝しむ音夢の隣では、千莉が自信満々に胸を張っている。
そのまま道なりに進んでいると、左手側に開けたスペースが見えた。壁際には扉があり、正面には通路が続いている。
「ここって、スタート地点だよね」
見覚えのある光景に、天璃が目を瞬く。
左側の通路に進んだはずが、右側から戻ってきてしまったようだ。
状況に気づいた音夢が、ジト目で千莉を見つめた。




