第四十三滴 清姫
コースの至る所に仕掛けられた罠を、珠羅は何てことない様子で回避していく。
避けられないものは能力によって先に起動したり、黒い手を身代わりにしたりと、珠羅にとっては障害物が障害にもなっていないようだった。
「あ、ひいちゃんだ」
前方の影からひょっこり姿を現したひいちゃんが、指で意思疎通を図ろうとしている。
「前に三人、後ろに一人……ってことかな?」
「当たり〜。さっきの化け猫も入れたら、後ろに二人だね」
どうやら、ひいちゃんは偵察に行っていたようだ。
意図を正確に読み取った天璃に、珠羅が楽しげな口調で応える。
「そういえば、障害物競走ってコースから外れた場合は失格になるの? たとえば、空を飛べる猛獣だったらどうなるのかなって」
「翼持ちは、初めから除外されてるよ。その分、他の競技に出たりもするけど、そもそも猛獣は獲物より数が少ないからね〜。出れそうなのから、どんどん参加させられるって感じかなー」
猛獣は全生徒の二割にも満たないため、たとえ種目によって出られないものがあっても、引っ張りだこな状況は変わらないのだろう。
「コースは広めに取ってあるから、大きく外れなければ大丈夫だと思うよ〜。瞬間移動なんかの能力を使うのは、禁止されてるけどね」
「つまり、コースの上を通らず、短縮する行為は駄目ってことか」
一瞬、珠羅の能力があれば、すぐにゴールできそうだと考えた天璃だったが、やはりそう上手くはいかないらしい。あっという間に流れていく風景から視線を逸らし、天璃は思案顔で目を伏せた。
「ねーえ。なに考えてるの?」
長めの前髪が、風でさらりと揺れる。隙間から覗く漆黒の瞳には、好奇心が宿っていた。
「どうせなら、借り物じゃなくて、ラッキーアイテムになろうかと思って」
「あは。天璃ちゃんのそういうところ、大好き」
甘い声が、耳朶をくすぐる。不意打ちの言葉に、心臓が跳ねるような錯覚を起こした。微かに動揺した天璃だったが、ポーカーフェイス気味なこともあり、表情に出ることはなかった。
「ほんと、天璃ちゃんを連れてきて良かった〜」
借り物ではなく、ラッキーアイテム。守られるだけの存在ではなく、役に立つ存在になろうとする意志。
依存してほしいと思いつつも、珠羅は天璃の芯のある強さを殊更気に入っていた。
矛盾した感情に、自然と口の端が上がる。
おそらく、他の猛獣たちは、珠羅がハンデを背負ったと思っているだろう。天璃という荷物を背負い、本来の実力が発揮できずにいると。
しかしそれは、全くの見当違いだ。
「もしかして、最初からそのつもりだった?」
「んー? そんなことないよ〜」
飄々とした態度が、真実をあやふやにしていく。
こうなると予想した上で、天璃を借り物に選んだのではないか。そう言いたげな問いかけに、珠羅はどちらともつかない笑みを浮かべた。
「よってたかって酷いわぁ。二組の猛獣は、ほんに野蛮どすなぁ」
ふと聞こえた声に、視線を上げる。
一人の少女を挟むように、二人の生徒が立っていた。
淑やかな佇まいの少女は、マーメイドスカートにカスタムされた制服を着ている。
「あんたんとこの飼い主が、二組の獲物に喧嘩売ったらしいじゃん。一組はだんまり、二組は吠えるだけ……だったっけ?」
「……うん」
会話から察するに、二組の生徒が三組の生徒を挟み撃ちにしているようだ。余裕のある表情を崩すことなく、少女は長いスカートをひらりと舞わせた。
「茶美さんったら、何してはるんやろ。足止めの一つも満足にできへんなんて……あら」
天璃たちに気づいた少女が、おっとりした口調で声を漏らす。
「あんたはんらのせいで、厄介な相手に会うてもうたわ」
棘の混じった言い草に、空気がひりつきを増した。少女の視線を辿るように、二組の生徒たちの視線も向けられる。
「……幻想種」
「えっ、マジじゃん。てっきり、今年もサボるのかと思ってた……」
予想外だと眉を顰めた生徒に比べ、もう片方の生徒は無口なようだ。珠羅から天璃へ視線を移すと、三組の少女は何かに気づいた様子で口を開いた。
「噂の飼い主はんやね。姫浦 清妃女いいます。以後よしなに」
まるで、蛇が蛙を睨むかのような圧だった。
少女に睨んだつもりはないのだろうが、捕食者が被食者を見る眼差しには、いつだって鋭利な牙が隠れている。
清妃女と名乗った猛獣は、天璃を獲物側として見ていた。けれど、怯えることなく目を見返した天璃に、飼い主としての素質も感じたらしい。
「これは茶美さんからの受け売りなんやけどねぇ。白毛の猫は野生で目立つさかい、警戒心が強うなる傾向にあるんやて。あんたはんは、どっちなんやろか」




