第四滴 希望の光
頻繁に変わっていくルームメイトに、薄井の心は段々とすり減っていった。
それでも、天璃と出会った時、薄井はかすかに希望を抱いたのだ。
──同じ能力者ならと。
しかし天璃は、何も知らなかった。
数日も経てば、目の前の少女は亡骸さえも残さず消えてしまうだろう。そんな絶望にも似た諦めが、薄井の心をぽっきりと折っていった。
「……つまり、私はその“生贄”に当たる人間で、これまで通りなら今回の狩りで死ぬってことだよね」
事実を確認する声に、薄井は俯いたまま小さく頷いた。
泣かれても、怒られても、どうしてだと責められても、薄井は全てを受け入れるつもりだった。
こんな状況だ。おかしくなるのも無理はない。
それでも、抜け道のある能力者とは違い、生贄には何のチャンスも与えられていない。
だからこれは、薄井の同情心であり、自己満足の行為でもあった。
「それなら尚更、どうして助けてくれたの? 私と関われば、薄井さんの危険だって増すはずなのに……」
こんな状況で。こんな話を聞いた後で。
天璃はまだ、薄井のことを気にかけている。
反射的に顔を上げた薄井の目に、曇りひとつない純白が映った。
花嫁のベールのように、ふわりとまつ毛が揺れる。鮮やかな桃の花が彩る様は、いつか見た結婚式のように美しくて──。
薄井の中で詰まっていた何かが、ストンと落ちる感覚がした。
誰が死のうと、自分の命に比べたら安いものだった。
たとえ知り合いが目の前で喰われていようと、薄井は存在感を消して、狩りが終わるまでひたすら耐え忍んできた。
それでもあの時──天璃の姿を見かけた瞬間、薄井はいてもたってもいられなくなってしまったのだ。
生贄だからと勝手に落胆し、天璃のことも弱い人間だと決めつけていた。
けれど、弱肉強食の学園で、転入してきたばかりの最下層が、カーストの上位に反撃してみせた光景は、薄井にとてつもない衝撃を与えた。
おそらく、あの時には既に──天璃は薄井にとっての希望の光になっていたのだろう。
「……わたし、西園寺さんが嫌いなの。だから……御門さんが一泡吹かせてくれて、本当にスカッとした……」
きっと天璃は、この狩りを生き抜く最初の生贄になる。
「助けたのは……そのお礼」
学園のカーストは、これから大きく変わっていくだろう。
──目の前にいる、真っ白な一人の少女によって。
芽生えた予感を包み込むように、薄井は自身の胸元をぎゅっと握りしめた。
◆ ◆ ◆ ◇
狩りが始まってから、だいぶ時間が経過していた。
猛獣らしき気配が近くを通った際はひやっとしたが、薄井の能力のおかげで見つかることはなかった。
「薄井さんの能力って、会話も大丈夫なの?」
「……存在自体を薄くするから……生物が持つ声や、においとかも対象になるの……」
「それ、隠れるって点では、かなり強い能力だと思うよ」
感心する天璃に、薄井が頬を染め、気まずそうに視線を逸らした。
「……狩りには、いくつかルールがあるの……。猛獣が捕まえていいのは、一回の狩りにつき一体まで……。獲物を手に入れたら……その猛獣は、狩りから離脱しないといけない……」
森が静けさを取り戻したのは、猛獣の数が減ったからのようだ。
懸命に説明する薄井の声に耳を傾けながら、天璃は辺りをくるりと見回した。
「……獲物が生き延びるためには、とにかく逃げるしかない……。でも、例外もあるの……」
たとえ生贄であろうと、獲物という括りに含まれている以上、使える制度は何ら変わらない。
知識を与えられず、生き残った者がいないためあまり知られていないが、生贄にも抜け道を手にする方法はあった。
「……それは、猛獣に──」
「ああ、なんだ。ここに居たのか」
間一髪のところで、天璃が薄井の手を引いた。
二人が座っていた場所には、地面をごっそり抉るほどの爪痕が残っている。
「もう一人いたんだな」
「なかなか見つからないと思ったら、そーいうわけ。雑魚同士お似合いじゃない」
「……西園寺さん……」
青白い顔の薄井が、震える唇で呟く。
「で、どうすんだ魅与。二人は無理だぞ」
「はあ? そんなの、こっちに決まってんでしょ!」
当然だと言わんばかりに、魅与が天璃を指差した。




