第三十七滴 薄暗い場所
「なんだなんだ」
「この近くでござるな」
発生源を辿った先には、空き教室のような部屋があった。中では尻餅をついた生徒が震えており、ハクハクと唇を動かしている。
「おっ、おば……おばけ、お化けが……っ!」
「お化けぇ?」
そんな馬鹿なと言わんばかりに眉を顰めた音夢は、腰を抜かした生徒がチームメイトに運ばれていくのを訝しげに見ていた。
「獲物ばっかの競技に、お化けなんて出るわけないだろ。そもそも、猛獣にだって実体はあるしな」
「幻しでも見たのではござらぬか?」
不思議そうに会話を交わす音夢たちの後ろで、天璃と兎々が顔を見合わせる。
不意に、天璃のスカートがくいっと引かれた。
視線を下ろした先には、闇を具現化したような手がゆらゆらと揺れている。
「あれ、みっちゃん。どうしたの?」
珠羅が影を繋げて以降、黒い手は頻繁に手を覗かせるようになった。天璃の近くであれば自由に出没可能なようで、本体がいない時でもこうして遊びにくることがある。
「うわっ! なんだそれ!?」
「ふむふむ。これが例のお化けとやらでござるか?」
ギョッとした様子の音夢に対し、千莉は興味深そうに黒い手を見つめている。
あまり人前に姿を現さない手たちだが、みっちゃんは陽気な性格をしているため、気にせず出てきたのだろう。
「珠羅ちゃんのところにいなくていいの?」
天璃の問いかけに、みっちゃんは人差し指を立てると、次いでピースサインをした。そして最後に、グッと親指を立てている。
「ひいちゃんとふうちゃんがいるから、心配いらないってことね」
「なんで分かるんだよ……」
言葉がなくとも通じ合っている天璃たちの姿に、音夢が思わず疑問を漏らした。
「あ、もしかして、なにか用事でもあった?」
みっちゃんの高さに合わせようと、天璃がその場に屈んだ。前後にブンブンと揺れていたみっちゃんは、一度影の中に引っ込むと、何かを掴んだ状態で出てくる。
「これって、コイン……?」
金色に光るコインの中央には、大きな三角形が描かれていた。上空からは雫が降っており、雨に濡れるピラミッドを彷彿とさせる。
「対抗戦で使われてるのと、同じ……だよ」
「百目鬼先生の言ってたコインって、これのことだったんだね」
隣で見ていた兎々が、コインの正体について口にする。みっちゃんから渡された物が探していた宝だと分かり、天璃は視線を床の方へと戻した。
「ありがとう、みっちゃん」
どうやら、天璃へのプレゼントだったらしい。指でハートを作ったみっちゃんに、天璃は自然と笑みをこぼしていた。
おそらく先ほどの生徒は、突然現れた黒い手がコインを回収していったことで、お化けと勘違いして叫んでしまったのだろう。
「あのさ、御門さん。それ……なに?」
「みっちゃんは、珠羅ちゃんが所有してる腕の一つだよ。説明が難しいんだけど、先祖返りとしての身体的特徴なんだって」
「……やばい。頭がこんがらがりそう」
真顔でストップをかけた音夢が、数秒間の沈黙を保つ。
「噂には聞いてたけど……やっぱとんでもないな」
深く息を吐くと、音夢は「まあでも」と言いながら顔を上げた。
「それもひいては御門さんの力ってことになるんだし、飼い主っていう特権があるんだから、どんどん使ってけばいいと思うよ。ルール違反でもないのに、遠慮する必要もないしさ」
要するに音夢は、どうせならみっちゃんも活用して、競技を有利に進めるべきだと言いたいようだ。
「みっちゃん、どうかな?」
手伝ってくれるかと小首を傾げた天璃に、みっちゃんが指で丸を作った。
「宝探しが捗りそうでござるな」
千莉の言葉に同意した兎々が、こくこくと頷いている。
「それなら、今回はコインの隠されてそうな場所を探しながら、時間内にゴールへ到達することを目標にしようか」
「異論なし」
「拙者もないでござる」
「わっ、わたしも……!」
親指を立てたみっちゃんが、さっそくコイン探しに向かう。別棟とはいえ、中の広さは相当だ。効率を重視するため、天璃と兎々、音夢と千莉に別れ、別の部屋を探索することになった。
「あれ? ここ……」
不意に風の音が聞こえ、足を止める。壁際の床から吹き込む風に、違和感を覚えた天璃が一歩前に進んだ瞬間だった。
ガラリと崩れた床に、足を滑らせる。
地下室らしき場所に落下した天璃は、衝撃で足首を捻ってしまった。
「天璃ちゃん……!」
「大丈夫だよ、兎々ちゃん」
泣きそうな声で呼びかける兎々に、平静を装って返事をする。
「おい、無事か!? 凄い音したぞ……!」
「二人ともー! 息災でござるかー!」
駆け込んできた音夢と千莉が、床に空いた穴を見て固まった。
「これ、先生呼んできた方がよくないか?」
「拙者、呼んでくるでござる!」
「あたしも行く。千莉だけじゃ不安だからな」
急いで離れていく二人に対し、兎々は穴の近くから動く気配がない。
「兎々ちゃんも行っておいで。私は一人で大丈夫だから」
無言で首を横に振った兎々は、絶対に残ると言わんばかりの目をしていた。
「じゃあせめて、穴から少し離れてて。兎々ちゃんまで落ちたら大変だから」
「……わかっ、た」
潤んだ瞳の兎々が、穴から顔を引っ込める。
ズキズキと痛む足首を押さえ、天璃はまだ地下で良かったとため息をついた。




