第三十六滴 能力
嘲りのこもった笑みと、見下すような視線。糸目なこともあり、いまいち感情が読み取りにくい。
悔しそうに顔を歪める生徒たちを見て、糸目の少女は楽しげに言葉を続けた。
「初めましての方も増えましたねぇ。一組と二組は、入れ替わりがとっても激しいようで」
「……そっちだって、けっこう入れ替わってるじゃない」
「あらら〜? 負け犬の遠吠えは見苦しいですよぉ」
二組の生徒が言い返すも、少女は歯牙にもかけずケラケラと笑っている。
ふと、細い目が何かを探すように辺りを見回した。途中で動きを止めた少女は、天璃たちの方に向けて真っ直ぐ歩いてくる。
「おやまあ。お久しぶりですね、有栖川さん」
「萬屋、さん……」
「水臭いですねぇ。飼い主同士、もっと仲良くしましょうよ。ねぇ、御門さん?」
怯える兎々を一瞥すると、萬屋は同意を求めるように天璃へ声をかけてきた。
「私のこと、知ってるんですね」
「そりゃあもう。御門さんは有名ですから」
初めて生き残った生贄。あまつさえ、最強と名高い猛獣をペットにしたとくれば、注目されるのは当然だろう。
飼い主同士と言うだけあり、萬屋が天璃と兎々に対して失礼な態度を取ることはなかった。とはいえ、腹の底では何を考えているのか分からない。
「……偉そうに。学年対抗では、最下位だったくせに……」
様子を見ていた二組の生徒が、萬屋を睨み呟きをこぼす。
「いやですねぇ。そんなんだから、勝てないんですよ」
「なっ!?」
哀れみを滲ませ、萬屋が煽るように笑った。
「一組はだんまり。二組は吠えるだけ。今年の対抗戦も、間違いなく三組の勝ちですねぇ」
強気な発言に、騒めきが広がる。
余裕を崩さない三組の生徒たちに対して、他の生徒たちは様々な感情を露わにしていた。
「むかつく……!」
「今年は絶対、二組が勝つわよ!」
団結し始めた二組を前に、音夢がずれた眼鏡を指で押し上げる。
「あーあ。余計なことしやがって」
やる気に火のついた生徒たちを見ながら、音夢が面倒そうに息をついた。直後、辺りに百目鬼の声が響く。
「さあさ、予行練習を始めますよ。以前の集まりで一通り説明していますから、今回は簡単なルールだけお伝えいたします」
静かになった生徒たちに微笑むと、百目鬼は穏やかな声で話を続けた。
「学園の別棟を使い、宝探しを行います。各所に隠してあるコインを見つけ、集めてください。制限時間以内にゴールまで到達したチームの中で、最もコインの数が多かったチームを優勝といたします」
クラス対抗戦は、それぞれの種目に得点が割り振られている。得点は各種目で勝利した者が属するクラスに与えられ、最終的な結果は総合点により決まる仕組みだ。
「能力の使用は自由。ゴール到達前であれば、他のチームのコインを奪うことも可能です。ただしその際、相手に怪我を負わせるのはルール違反になりますから注意してください」
獲物側の種目は、猛獣側とは違い安全面が考慮されている。打撲や擦り傷などの軽度なものを除き、他者に怪我を負わせたチームはその場で失格処分となってしまう。
「当日は特殊な仕掛けも施されますが、本日は予行練習ですから、そういったものはありません。下見とでも思って、気楽に行ってください。──では、始めましょうか」
百目鬼の合図で、生徒たちが別棟の中に入っていく。
「今年は宝探しか」
「去年は違ったの?」
音夢の独り言に、天璃が反応を示した。毎年少しずつ変わるのだと話す音夢の隣で、千莉が記憶を思い起こすように上を向いた。
「たしか前回は、ドッチボールだったでござるよ」
「そーそー。以前は猛獣側の競技だったけど、校舎が破壊されるわ、校長室にボールが突っ込むわで、去年から獲物側の競技に変更されたんだって」
ただのボールで、そこまで大惨事が起こるものだろうか。そう考えかけた天璃だが、猛獣ならあり得るかとすぐに納得し直した。
「にしても、宝探しか」
「拙者や音夢殿の能力では、あまりお役に立てないでござるな」
「だよなぁ。有栖川さんはどう?」
音夢に問いかけられ、兎々がふるふると首を横に振った。
「ってことは、やっぱ……」
全員の視線が、天璃へと集中する。
別棟の造りを見ていた天璃は、期待のこもった眼差しに小さく苦笑した。
「とりあえず、当日のために幾つか作戦を立てておこうか。それと、みんなの能力について聞いておいてもいいかな? 能力の使用が許可されている以上、対策とかも必要になると思うから」
「それもそうだな」
もっともな理由に同意した音夢が、おもむろに口を開く。
「あたしの能力は、音波による強制睡眠。声が届く範囲の相手を、強制的に眠らせることができる」
「それって、耳を塞いでても効いたりするの?」
「声が届きさえすれば、聞こえてるかどうかは関係ないよ。ただ、あたしの能力は短時間しか効かない。せいぜい、ちょっとした足止めができるくらいかな」
廊下と室内を行き来しながら、四人でコインを探す。音夢が話を終えたことで、千莉が次は自分の番かと声を上げた。
「拙者の能力は、心拍数によって助かる能力でござる」
漠然とした説明に、天璃と兎々が揃って小首を傾げる。
「千莉は感情が昂るほど、危険が多い選択肢に惹かれるんだ。けど、落ち着くことで、助かるための選択肢を取れる能力……って言えばいいのかな」
要するに、回避型の能力だ。慌てるほど選択肢を間違える代わりに、冷静な間は安全な選択肢を取れる。
「吊り橋効果みたいだね」
心拍数の上昇を恋と勘違いするも、実際は恐怖という感情がすり替わっただけ。真実を見失わないためには、常に自らを制御しておく必要がある。
「つり……?」
「吊り橋効果な」
天璃の言葉に、千莉が目を瞬かせた。
よく分かっていない千莉を、音夢が呆れた顔で見ている。
「えっと、わたしは──」
「きゃー!」
言いかけた兎々の声を遮るほどの音量で、突然誰かの悲鳴が響き渡った。




