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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第二章 飼い主の実力

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第三十二滴 打算と友情


 資金が豊富なこともあり、学園が有するカフェはどこも美味しかった。

 珠羅(しゅら)は食べさせるのが好きなようで、天璃(あめり)の口元へ度々フォークを運んでいる。


 霊藻(たまも)は「また人前でイチャつきよる」と呟いていたが、視線には呆れと少しの愉快さが込められていた。


「そういや、大層な悲鳴がうちらん教室(とこ)まで届いてたで」


 ニヤリと笑みを浮かべた霊藻に、天璃が事の顛末を語る。

 段々と眉間に皺を寄せていく霊藻を、兎々(とと)が心配そうに見つめた。


「あいつら、まだそんなくだらんことしとんのか。ほんま懲りんやっちゃな」


「ねぇねぇ、天璃ちゃん。そいつの足折ってあげようか〜?」


「気持ちは嬉しいけど、大丈夫だよ」


 雑草と同じだ。見えている部分だけ刈っても、そのうちまた生えてくる。

 それならいっそ、根本からきちんと除去した方がいい。

 言外に滲んだ意図を知ってか知らずか、珠羅はアーモンド型の目をにっこりと細めた。


「気が変わったら教えてね〜」


 やり取りを静観していた霊藻が、小さく息をつく。


「ま、今回は兎々も天璃も無事やったからええけどな。この先、万が一怪我でもするようなことがあれば──足の一本や二本は刈らせてもらうで?」


「それで構わないよ」


 ガラリと雰囲気を変えた霊藻が、吊り上がった目を鋭く光らせる。

 天璃にどんな思惑があろうと、自らの飼い主を傷つけられて黙っていられるほど寛容ではない。意思を察した天璃が迷わず肯定したことで、霊藻の纏う空気がふっと緩んだ。


「あ、あのね、霊藻ちゃん。天璃ちゃんがいてくれたから……教室でも寂しくなかった、よ」


「ほーん。そら、喜ぶべきか妬くべきか、分からん話やな」


 片眉を上げた霊藻が、真顔で兎々を見つめた。

 ぴゃっと小動物のように肩を跳ねさせた兎々は、頬を真っ赤に染めて口をまごつかせている。


「せやけど、助かったで天璃。あいつらが手に負えんくなったら、いつでも相談にのんで。その前に、そこのペットが消してそうな気もするけどな」


 兎々がキャパオーバーを起こす前に離れた霊藻が、視線を珠羅の方へと移す。

 以前は飛び交っていた火花も、今となっては過去のことだ。

 飄々とした態度から、棘のようなものは感じられない。


「ほんで、本題の件やけどな。東妻(あずま)くくりについて、なんか分かったんか?」


「それがさー、けっこう面白いこと言ってたんだよね〜。たしか、後天的な能力者を造る実験について──だったかな」


 一瞬で訪れた沈黙が、重くのしかかってくる。

 吸血鬼との遭遇も含め、かいつまんで話した珠羅に、霊藻も兎々も緊張した面持ちを浮かべていた。


「……それがほんまに行われとるとしたら、えらいことやで」


 黙って耳を傾ける天璃に、兎々が話を補足する。


「能力者を後から造るのは……法律で禁止、されてるんだよ」


「法律って、日本の?」


「正確に言うんやったら、“裏の法”ってやつやな。うちらみたいな人外や、事情を知る家に別途課される制約ってところや。公にはされとらん」


 難しい表情の霊藻が、想像以上の厄介ごとに思わず眉間を押さえた。


「藪をつついて蛇を出した気分や。そやかて、ほっとくわけにもいかん」


九重(ここのえ)の家って、警察関係だもんね〜」


「そうだったんだ」


 ぱちりと瞬いた天璃に、兎々がこくこくと頷いている。

 面倒そうに顔を歪めた霊藻だが、このまま流せることでもないと判断したのだろう。


「問題は、学園がどこまで把握しとるかっちゅうことや。調べようにも、先祖返りと吸血鬼は互いに深入りを禁じられとる。顔を合わせるんも、狩りの時くらいやしな」


「気になるなら、踏み込んでみればいいのに〜」


「あんなぁ。そんな簡単に──」


 決められることでもない。

 そう続けようとした霊藻は、兎々に服の裾を引かれたことで反射的に口を噤んだ。


「霊藻ちゃんは……わたしがいるから、迷ってるんだよね……」


 何かを言いかけた霊藻だが、真剣な眼差しを向けられ言葉を呑み込む。


「わたしは弱いし、泣き虫だし……霊藻ちゃんが心配するのも、当然だと思う。でも、わたしももう、子供じゃないから……! だから……その、えっと……」


「兎々……」


 珍しく困った様子の霊藻が、震える兎々の手をそっと握った。

 テーブルに置かれたティーポットから、仄かに茶葉の香りが漂う。


「とりあえず、霊藻ちゃんは兎々ちゃんを危ないことに巻き込みたくない。でも、家の事情や霊藻ちゃんの性格的にも、このまま野放しにはしておきたくないってことだよね」


「相変わらず、頭の回転が速いこっちゃな」


 不意に、天璃が霊藻の名前を呼んだ。

 続く発言に、霊藻は驚きと感心を滲ませている。


「私もできる限り協力するよ。霊藻ちゃんだけじゃなくて、兎々ちゃんの力にもなりたいって思うから」


「天璃ちゃん……」


 潤んだ目の兎々が、ゆっくりと顔を上げた。

 天璃の言葉には、霊藻との取引を匂わせつつも、同時にそれだけではない感情も含まれている。


「……阿留多伎(あるたき)にも、協力してもらうことになんで」


「別にいいよ〜。そもそも、天璃ちゃんがそうしたいって言ってるのに、断る理由なんてないでしょ」


 当然のように答えた珠羅が、緩く首を傾げる。

 霊藻は虚をつかれた顔になると、一泊置いて笑い声を上げた。


「そうやったな。可愛い飼い主の頼みは、叶えたるのがペットっちゅうもんやったわ」


 ひとしきり笑った玉藻が、三日月のように笑む。


「おおきに。ほな、遠慮なく頼むわ」


 嬉しそうに頬を赤らめた兎々へ、霊藻がもう一度感謝を呟く。

 寄りかかってきた珠羅を撫でると、天璃は自身のケーキを躊躇なく差し出した。


「ひとまず、作戦会議でもする?」


「あの……!」


 天璃の提案にパッと手を上げた兎々へ、全員の視線が集まる。

 顔を真っ赤にしながらも、兎々は懸命に言葉を絞り出そうとしていた。


「そっ、そのことなんだけど……対抗戦の賞品を使うのは、どうかなって……」


 

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