第三十滴 邪魔
隣を歩く珠羅が、日除け代わりになっている。
寮から学園までの距離が近いこともあり、珠羅と登校する際の天璃は、自然と日傘を差さなくなっていた。
絡んだ腕に、周囲の視線が集まる。
教室に入った天璃へ、先に着いていた霊藻が声をかけた。
「なんや天璃、寝不足か?」
どこか眠たげな様子の天璃に、兎々が心配そうな表情を浮かべる。
「珠羅ちゃんと遊んでたゲームが、思った以上に楽しくて……ついやりすぎちゃったの」
白熱した展開に、最初の宣言はどこへやら。
天璃は珠羅と共に、朝までコントローラーを握っていた。
「そやかて、昨日は休みやろ。まさか、二日連続で寝てへんとかゆうんちゃうやろな?」
狩りが夜に行われた場合は、翌日の授業が全休になる。
昇っていく朝日に遠い目を向けていた天璃は、珠羅から知らされた内容に安堵の息をつくと、再びコントローラーを手にしていた。
「一応、仮眠とかは取ってたよ……」
普段のポーカーフェイスが嘘のように、天璃は視線を泳がせている。
珍しそうに片眉を上げた霊藻が、珠羅に目線を移した。
「平和な理由で何よりや。ほんで、話は聞き出せたんか?」
「余裕〜。自分からペラペラ喋ってくれたよ」
「自分から、なぁ」
おかしげに笑った霊藻が、チラリと教室を見渡す。
「ほな、放課後に甘いモンでも食べに行かんか?」
甘い物と聞いて、天璃と兎々が嬉しそうに顔を見合わせた。
天璃たちの反応に、珠羅の答えは聞くまでもないと判断したのだろう。霊藻は「決まりやな」と口にすると、珠羅に向けてにんまりと笑みを浮かべている。
「ご馳走さん」
今度は珠羅の奢りだと先手を打った霊藻に、珠羅がにっこりと笑みを返した。
「億とかはやめてね〜」
「そんなに食べへんわ」
いつぞやの会話に、霊藻は呆れ顔でツッコミを入れた。
◆ ◆ ◇ ◇
「対抗戦まで、残り二週間を切りました。本日からは準備期間として、各種目の参加者による練習会などを行います。対象者は、随時指定された場所へ移動するように」
テキパキと説明をしながら、結解は生徒に用紙を配布していく。
渡された用紙には、既に種目ごとの参加者が振り分けてあった。
中には運動会と同じような競技も見受けられたが、規模が同等かは怪しいところだ。
「まずは、顔合わせからね。猛獣は一組が集合場所よ。獲物は二組と三組に分かれてもらうわ。中央から廊下側は三組へ、窓側は二組へ移動してちょうだい」
狩りの後は、ちらほらと空席が目立つ。
ざっくりと生徒を分けた結解は、廊下側の獲物から移動するよう促している。
「……兎々。身の危険を感じたら、迷わず能力を使うんやで。後のことは、うちが何とかしたる」
真剣な霊藻の声に、兎々がこくこくと頷く。
にこりと笑った珠羅が、天璃の髪を耳にかけた。
「天璃ちゃんの好きなように使っていいからね〜」
「出来るなら、使わずに済んだ方がいいんだけどね」
何事もなく終えられるなら、その方がいい。
席から立ち上がった天璃が、不安そうな兎々に微笑んだ。
天璃を見た霊藻が、「頼んだで」と口にする。
常に隣にいたからだろうか。
珠羅と離れる瞬間、天璃はほんの少しだけ寂しさを感じていた。
◆ ◆ ◆ ◇
ファンタジア女学園の生徒のうち、猛獣は二割もいないほどだ。
獲物の方が大多数を占めるため、クラスを二つに分けているのだろう。
狩りの翌日は生贄が消え、獲物の数もいくらか減っている。
席にも余裕があったことで、後列辺りに兎々と並んで座れそうな場所を見つけられた。
二組の獲物たちの視線は、主に天璃の方へ注がれている。
好奇心や羨望、嫉妬や探るようなものまで。
視線の中には、最下層から飼い主になった少女への複雑な感情が入り混じっていた。
「兎々ちゃん、あそこに座ろう」
「う、うん」
兎々に声をかけた天璃が、席の間を進む。
不意に、通路を塞ぐように、一人の女生徒の足が伸ばされた。
天璃を転倒させようとしたのだろうが、その手はすでに経験済みだ。二度も食らったりはしない。
足の下に爪先を差し込み、サッカーボールを弾くように蹴り上げる。
浮かんだ足を手で掴むと、天璃はそのまま天井に向けて勢いよく持ち上げた。
「……き、きゃあああっ!」
スカートの下から、白いレースの下着が覗く。
足の下を潜ろうか考えていた天璃の耳に、甲高い悲鳴が響いた。
慌てて足を引っ込めた女生徒は、スカートを押さえ涙目で俯いている。
小刻みに震える身体を静かに見下ろすと、天璃は兎々の手を引き、後列の席へと座った。
「ちょっとあんた! 何してんのよ!」
女生徒の隣に座っていた別の生徒が、天璃の元にズカズカと近寄ってきた。
「進行の邪魔だったので、退けただけです」
「どっ、退け……!?」
予想外の言葉に、生徒が絶句する。
いいとこ育ちのお嬢様には、到底思いつかない方法だったのだろう。
口を何度も開閉させながら、真っ赤な顔で震えている。
「なんの騒ぎですか?」
教室に、年配の女性が入ってきた。
「百目鬼先生! こいつが下品な真似を……!」
百目鬼と呼ばれた女性は、二組を担当している教師のようだ。
穏やかな雰囲気をしており、落ち着いた態度で教室を見回している。




