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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第二章 飼い主の実力

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第二十六滴 幻想


 月明かりがぼんやりと照らす森の中を、珠羅(しゅら)は昼時のような感覚で歩んでいく。

 暗い場所に目が慣れている天璃(あめり)でも、迷いなく進む珠羅には驚かされるほどだった。


「足元気をつけてね〜」


 夜の森は冷えるため、二人して薄めのコートを羽織っている。ポケットに手を入れた珠羅が、天璃の方へと腕を差し出した。


 手を繋ぐより、組んだ方が歩きやすい。

 歩幅の違う天璃と珠羅だが、絡んだ腕が前に引かれることもなく。揃えられた足並みに、天璃はくすぐったさを感じていた。


「あ、ひいちゃんだ」


 暗闇の中に、ひょっこりと何かが生えている。

 背景に溶け込みそうなほど黒い手だが、アピールが激しいため見逃すことはなかった。


 天璃の知る四本のうち、ひいちゃんはしっかりもので、礼儀正しい手でもある。

 何処かを指で差すひいちゃんに、天璃が小首を傾げた。


「もしかして、あっちに行けってこと?」


 肯定を表すように、ひいちゃんはピンと立てた指を何度も直角に折り曲げている。


「目当ての獲物が見つかったんだって〜」


「ひいちゃん、東妻(あずま)さんのこと探してくれてたんだね」


 初めから珠羅に聞けば済む話ではあるものの、こうした交流を楽しむ天璃のため、珠羅もあまり口を出すことはしなかった。

 ひいちゃんの案内に従って進むにつれ、徐々に悲鳴じみた声が響いてくる。


「ちょっと! 離してったら……!」


 背中を木の幹に貼り付けたまま、くくりが一人で叫んでいる。

 陰から伸びた手によって髪を掴まれているため、痛みで暴れることもできないようだ。


「ふうちゃんとみっちゃんもいたんだね」


 うるさいと言わんばかりに髪を鷲掴んでいた手は、天璃に気づくなり動きを止めている。

 ふうちゃんは怒りっぽく乱暴だが、天璃に対しては決して手を出さず、むしろ目の前で荒事を避けるような節さえあった。


 ポイと捨てるように髪から手を離すと、ふうちゃんは不機嫌そうに陰の中へと引っ込んでいく。

 騒ぐくくりの足元には、誇らしげに指を反らすみっちゃんだけが残った。


「えらいね、みっちゃん」


 褒めてと言うように揺れたみっちゃんへ、天璃が笑みを溢す。

 蹲るくくりに近づいた珠羅が、「ねえ」と声をかけた。


「……しゅらさま……?」


 顔を上げたくくりが、潤んだ瞳で珠羅を見つめる。


「助けてください! いきなり髪を掴まれて、わたし、何がなんだか……っ」


「へえ〜、そうなんだ」


「後でお礼もいたします……! ですからどうか──」


 くくりの言葉が、不自然に途切れた。

 足首に触れた黒い手を見下ろし、唇を戦慄かせる。


「この手……さっきの……」


「お礼とかいいからさ、正直に答えてくれる?」


 次々と現れた手が、くくりの逃げ場を無くしていく。

 ゆらゆらと揺れる手はどこか無機質さを纏っており、機械的にくくりを拘束していった。


「……どうして、こんなに沢山の手が……」


「これ全部、今まで喰べてきたやつらの手だよ〜。使えそうなのだけ、再利用してるんだよね」


 ようやく珠羅の仕業だと理解したくくりが、血の気の失せた顔で絶句する。


 無数の黒い手に取り囲まれたくくりの姿を、天璃は少し離れたところから見ていた。

 まるで幻しのように現実離れした光景の中心には、普段と変わりない様子の珠羅が立っている。


「で、質問なんだけど──君の能力って後天的なものだよね。どうやって手に入れたの?」


「……お話の意味が、分かりません」


「へぇ、嘘つくんだ」


 くくりの前に屈んだ珠羅が、にこりと笑みを浮かべる。


「もし正直に話すなら、苦しませずに殺してあげる。でも、次また嘘をついたら……ずーっと苦しむことになるかもね」


 既に、くくりが生き残る選択肢は残っていない。

 今のくくりが選べるのは、楽に終わりを迎えるか、死してなお苦しみ続けるかの二択だった。


「こんなのあんまりです……! わたしは珠羅様の──」


「時間稼ぎをしても、ここに他の猛獣が来ることはないよ〜」


 くくりの身体がびくりと震える。

 たとえ、頼る猛獣(あて)があろうと関係はない。

 実際、くくりの声に気づいた猛獣はいても、誰一人として近寄ってくる者はいなかった。


 能力者が授かる力を一とするなら、猛獣は十だ。


 力の差は歴然だが、それでもまだ理解の及ぶ範囲ではある。

 しかし、空想のような能力を扱うその猛獣たちは、他の猛獣を優に超える、圧倒的な力を有していた。


 それこそが──幻想種(ファンタジア)と呼ばれる先祖返りたちなのだ。


 大抵の猛獣は、珠羅とやり合えばただでは済まないことを知っている。

 我が身を犠牲にたかが獲物一匹を助けるほど、学園(ここ)は優しい場所ではない。


「あ、でも、この状況で助けに来る猛獣がいるなら、色々と手間が省けていいかも〜。家同士の利害関係って線は薄そうだし、そうなると君の秘密に関わることだよね」


 沈黙するくくりに、珠羅はにこやかな笑みを崩すことなく語りかけた。


「これが最後だよ。その能力は、どうやって手に入れたの?」


 ──その能力。


 珠羅の言葉が示す先に視線を向けた天璃は、いつの間にかくくりから流れ出した血が、斧のような形に変わっていくのを目にした。


 

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