第二十五滴 一石二鳥
違和感に気づいた珠羅や兎々とは違い、天璃には基本的な知識が足りない。
理解が及ばないであろう天璃のため、霊藻が「前提から話そか」と続けた。
「能力者ってだけなら、血筋と関係あらへんとこに生まれることもあんで。けどな、それは稀な話や。同じ世代に三人も生まれるんは、そうゆう家にとっても珍しい話やねん」
「能力者も先祖返りも、出所は同じなんだよね〜。先祖に人外がいて、たまに能力者、ごく稀に先祖返りが生まれる。要するに、確率の問題ってこと」
天璃の髪をいじり終えた珠羅が、机にあった花を耳元に差し込んだ。
出来栄えに満足したのか、珠羅は肩肘をつくと、天璃の方をじっと見つめている。
「不自然な場所には、なんらかの思惑が絡んどるもんや。千丈の堤も、蟻の一穴より崩れることはあるからな。芽を摘むなら、早い方がええと思わんか?」
おそらく霊藻は、次の狩りでくくりを消すつもりなのだろう。兎々のためなら自ら率先して動き、幾重にも予防線を張り巡らせておくような霊藻が、不安要素を放置しておくとも思えない。
「そんなに気になるなら、本人に聞いてみればいいのに〜」
「聞いたところで、正直に答えるとは限らへんやろ」
視線を流した珠羅が、霊藻の言葉ににこりと笑う。
「じゃあさ、口を割らせるのも、その後の処分も──私が引き受けてあげようか?」
「えらい親切やな。自分、欲しいモンでもあるんか?」
見返りを期待してか、それとも他に目的があるのか。
探るような霊藻の目が、珠羅の方へと向けられた。
「職員室に呼び出されて、たまには獲物を狩るようにって言われちゃったんだよね〜。話を聞くついでに殺しておけば、一石二鳥でしょ」
「そら獲物も狩らんとサボっとったら、注意もされるやろ」
呆れ半分といった様子で息をつくと、霊藻は「ほな、阿留多伎に任せるわ」と口にした。
窓から吹き込む風に、移りゆく季節を感じる。
次の狩りがいつ始まるとも知れない日々の中で、天璃は目の前の光景を、穏やかな気持ちで眺めていた。
◆ ◆ ◇ ◇
授業を終え席を立った天璃は、突き刺さる視線を辿るように後ろを振り返った。
相変わらず鋭い眼差しで天璃のことを睨んでいたくくりだが、目が合ったことで動揺をあらわにしている。
どちらも視線を逸らさないまま佇んでいると、突如──教室のスピーカーから放送を知らせるメロディーが鳴った。
『本日の二十時より、狩りを始めます。獲物の皆さんは、所定の時刻になったら逃げてください』
しんとした教室が、一瞬で騒がしくなっていく。
「夜にも狩りがあるんだね」
「五回に一回くらいはあるよ〜」
背後から抱え込まれ、自然と珠羅を見上げる。
どこか深刻そうな雰囲気の霊藻が、眉間に皺を寄せた。
「よりにもよって、今回か。タイミングが悪いとしか言いようがないで」
「狩りが夜だと、何かあるの?」
「日中にはいないやつらが、参加してくるくらいかな〜」
「それがいっちゃん問題やねん。血気盛んなやつらや。目当ての獲物がおる以上、猛獣同士がぶつかる可能性も出てくるかもしれん」
目当ての獲物という言葉に、視線を前に向けた天璃だが、既にくくりの姿はなかった。
「ぶつかるって……猛獣同士が戦うって意味だよね?」
「せや。獲物が被った際は、半殺しまで許可されとるからな」
天璃の瞳が、僅かに揺れる。
腕の中で身じろいだ天璃の頭に、珠羅が頬を擦り付けた。
「大丈夫だよ〜。あの程度に負けたりしないから」
珠羅が負けるとは思っていない。けれど、珠羅には天璃という守るべき存在がいる。
ハンデを負った状態で戦えば、いくら珠羅でも無傷とはいかないかもしれない。
それが、天璃には少しだけ不安だったのだ。
「言ったでしょ。天璃ちゃんが望むなら──どんな相手の喉笛も噛みちぎってあげるって」
すっぽりと包まれる安心感に、天璃が肩の力を抜いた。
先祖返り。幻想種。最強の猛獣。
珠羅がいったい、どれほどの強さを秘めているのか。
天璃はその日、珠羅という存在の恐ろしさを──本当の意味で知ることとなった。
◆ ◇ ◆ ◇
【 あとがき 】
サポーター(カクヨム)がいてくださるにも関わらず、何もできないままかれこれ八ヶ月ほどが過ぎました。
無償で送られてくるギフトに申し訳なくなったので、久しぶりに限定ノートを載せておきます。(ギフト自体はとても嬉しいです)
ちょっとした書き下ろしSSみたいな感じですが、時系列未来のラブラブ設定にしておきました。
本編ではまだくっついてもいない二人ですが、限定ノートならいけるはず。
内容は、【 お化け屋敷デートをする天璃と珠羅 】です。
読んでくださる方々も、サポーターの方々も、いつも本当にありがとうございます。
続きの執筆も頑張ります。




