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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第二章 飼い主の実力

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第二十四滴 四本


 空っぽになったスプレー缶を、下の段に入れておく。

 夕食を終えた天璃(あめり)は、ワゴンを廊下に出すと、ゲームの続きをするためソファーに腰掛けた。


 希杏(きあん)との話の途中で現れた珠羅(しゅら)だったが、これまでのことを考えるに、初めから全て聞かれていたのだろう。

 盗み聞きにも等しい行為だが、天璃に気にした様子はない。

 珠羅が天璃のしたいことを止めないように、天璃もまた珠羅のしたいようにさせておくつもりだったのだ。


「……あれ? コントローラーがない」


 周りを見回した天璃が、困惑した顔で呟く。

 目の届く範囲に置いたはずの物が、見当たらないのだ。

 戸惑う天璃の背後から、突然どうぞと言わんばかりにコントローラーが差し出された。

 

「ありがとう、珠羅ちゃ……」


 お礼を言いかけた天璃が、口を噤む。

 珠羅がいるのは天璃の右隣だ。

 加えて、珠羅は既にコントローラーを両手で持っている。


 左後ろから渡されたそれは、いったい誰が差し出していたのか。

 恐る恐る振り返った天璃の目に、ソファーの背もたれから生えた黒い物体が映った。


「……手?」


 闇をそのまま形作ったかのような手は、腕から指先に至るまで全てが真っ黒だ。

 思わず凝視した天璃にあわあわと揺れると、黒い手は恥ずかしそうに背もたれの中へと引っ込んでいった。


「まさか、そいつが自分から出てくるなんてね」


 面白そうに笑った珠羅を見て、天璃が小首を傾げる。


「今のって、珠羅ちゃんの能力なの?」


「んー、まあそんなところかな〜」


 曖昧な返事だが、先ほどの手が珠羅のものであることは確からしい。

 身を乗り出した珠羅が、天璃を囲うように手をつくと、背もたれにできた影を指でなぞった。


「天璃ちゃんのこと、気に入ったみたいだね。ちょうど良いから、このまま天璃ちゃんの影と繋げておこうか」


 物の影や、部屋の暗がりなど、闇のある場所なら自由に移動できるのだと話した珠羅は、不思議そうな天璃を見下ろしにこにこと笑っている。


「繋げる、ってどういう意味? 元々移動できるなら、繋げる必要もないと思うけど……」


「本体を残したまま、遠くには行けないんだよね〜。直接繋いでおくことで、距離があっても天璃ちゃんのところには行けるようになるってわけ」


 プライバシーなどの問題はあるが、珠羅が相手ではどのみちだ。クラス対抗戦が控えている今、霊藻(たまも)の言っていた通り保険は多い方がいい。


「珠羅ちゃんの能力って、暗いところから手を沢山出せる……とか?」


「当たってはいるけど、それは能力じゃなくて、先祖返りとしての身体的特徴って言った方が正しいかな〜」


 予想を口にした天璃に、珠羅がゆるりと目を細めた。

 身体的特徴──人狼の先祖返りである荒牙(こうが)は、狩りの際に耳と尾が生えていた。

 普段は綺麗に隠されているが、本来の姿には大なり小なり先祖である人外たちの影響が出ているのだろう。


幻想種(ファンタジア)の能力って、特殊なのが多いんだよねー。でも、ここから先は……まだ秘密」


 珠羅の指が、天璃の頬から首筋を順になぞっていく。

 心臓の上で手を止めた珠羅は、まるで天璃の鼓動さえも自分のものにしたがるような、強い独占欲を漂わせていた。


「もっと深い仲になったら、教えてあげる」


 珠羅が天璃に向ける感情と、天璃が珠羅に向ける感情は、どこか異なっている。


 それでも、目の前の美しい猛獣を自分だけのペットにできるのならば──天璃は珠羅に食われることも厭わないと思った。




 ◆ ◆ ◆ ◇




 学園に向かう最中、天璃の視界に木陰でブンブンと揺れる黒い手が映った。


「おはよう、みっちゃん。このお花くれるの? ありがとう」


 みっちゃんと呼ばれた手は、天璃が花を受け取ると、ピースサインをしながら木陰に沈んでいく。

 神出鬼没な手たちだが、観察するうちに色々と分かったことがある。


「あいつらに名前つけてるの?」


「あった方が、呼ぶ時に便利かなって」


「ふーん」


 黒い手がどれだけ存在するのかは不明だが、天璃の元を訪れるのは主に四本だった。

 それぞれに個別の意思が宿っており、性格もバラバラだ。

 みっちゃんはお茶目で陽気。よっちゃんは穏やかで少しシャイといったように、結構な違いがあった。


 因みに、コントローラーを届けてくれたのはよっちゃんである。


「ええモン飾っとるな」


「さっきプレゼントしてもらったの」


 机の上に置かれた花を見て、霊藻が片眉を上げた。

 暇つぶしに天璃の髪をいじる珠羅へ視線を移すと、霊藻は意外そうに目を瞬いている。


「可愛ええとこもあるやん」


「珠羅ちゃんはいつも可愛いよ」


 揶揄うように口角を上げた霊藻が、ギョッとした顔になった。


「……ほんま、天璃には驚かされるわ」


 大物やなと呟いた霊藻に、兎々(とと)がコクコクと頷いている。

 ふと鞄から何かを取り出した兎々が、緊張した様子で天璃に手のひらを向けた。


「こっ、この前の飴の、お返し……」


「チョコレートだ。ありがとう、兎々ちゃん」


 喜ぶ天璃に、兎々がほんのりと頬を赤らめる。

 一口サイズのチョコレートアソートからは、とても高級そうな味がした。


「そういや、東妻(あずま)家についてちょいと調べてみたんやけどな」


 真面目な口調で切り出した霊藻に、天璃たちの視線が集中する。


「能力者が生まれるんは、東妻くくりで三人目らしいわ。その影響で、家もそこそこ名が知れたらしいで。せやけどな、先祖におるんはただの人間ばっかときよる。……おかしな話やと思わへんか?」


 

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