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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第二章 飼い主の実力

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第二十三滴 心酔


「不良品……ですか?」


「とぼけなくていいですよ。早く戻りたいので、結論からお話ししますね」


 せっかくの夕食が冷めてしまう。

 言外にそんな意図を滲ませた天璃(あめり)は、給仕を正面から見つめた。


「私のこと、試してたんですよね?」


 木枯らしが吹いた後のような、冷えた沈黙がその場を支配する。

 静まり返った廊下に、ぽつりと給仕の声が響いた。


「なぜ、そう思われたのか伺っても?」


「最初に違和感を抱いたのは、食堂でフォークが飛んできた時です。他の給仕はこちらを向くどころか、異変に気づいてさえいなかった。でも、あなただけはすぐに駆け寄ってきましたよね」


 猛獣たちの暮らす寮とはいえ、給仕を含む使用人は少し事情に詳しいだけの人間だ。

 眼前を高速の物体が横切ったところで、良くて風を感じる程度だろう。

 

「その後、私に席を変えるか聞いてきたことで確信したんです。この人は、今起きたことが()()()()()んだって。普通の人間に、そんな芸当はできない。つまり、あなたはただの給仕ではなく、何らかの役目があってここにいる可能性が高いということ」


 柔らかい物腰。気弱そうな表情。

 給仕の被った仮面が、少しずつ剥がれていく。


珠羅(しゅら)ちゃんと私に対する態度の違いから、単に飼い主が気に食わないのかとも思いました。ただ、それだと行動が矛盾してるんです。あなたが席を変えようとしたのは、私がその程度の飼い主だと周りに知らしめるためですよね。でも、もし私がその提案を承諾すれば、同時に珠羅ちゃんの株も下がることになる」


 情けない飼い主を選んだペットだと、嘲笑う者もいるかもしれない。

 たとえ飼い主を疎んでいようと、わざわざ猛獣側まで巻き込んだ手段を取るとは思えなかった。


「だから、確かめることにしたんです。あなたが私を気に入らないだけなのか。それとも、私という存在が珠羅ちゃんに相応しい飼い主かどうか──試しているのかを」


 俯いた給仕の唇が、歪な形を作った。


「このフォーク、柄の部分に抉れたような跡があるんです。不思議ですよね。前に飛んできたフォークと、全く同じ箇所に傷が付いてるなんて」


 ワゴンの一番上。わざと目立つ位置に置かれていたフォークを、視線の高さに掲げる。


「私がこのフォークを目にした瞬間、あなたは咄嗟に私の顔色を窺ってましたよね。予想通りの反応でしたか? それとも──期待外れ?」


 天璃の問いかけに、給仕は耐え切れず顔を覆った。

 喉からくつくつと鳴る音は、次第に笑い声へと変わっていく。


「ふっ、くっ、くくくっ。あはははは!」


 心底おかしそうに笑った給仕が、ゆっくりと顔を上げた。


「期待外れなんて、とんでもございません。想像以上に賢い方で驚きましたよ。さすが、珠羅様に選ばれただけありますね」


 先ほどまでの気弱さは、微塵も残っていない。

 ニヒルな笑みは、まるで中身が入れ替わったかのような印象を与えてくる。


「自己紹介でもしておきましょうか。(わたくし)は、名張(なばり) 希杏(きあん)と申します。名張家の長女で、学園には便利屋として参りました」


「便利屋?」


「昔で言う、忍びみたいなものですよ。それなりに優秀だったので、家からも都合よく扱われているんです」


 ──それは、言っても大丈夫なのだろうか。

 聞き捨てならない言葉に、天璃は希杏をまじまじと見つめた。


「学園も承知の上ですよ。結解(ゆげ)が“結界師”の家系であるように、名張も代々そういう一族として働いているんです」


「結解って……結解先生のこと?」


「ああ、ご存知なかったんですね。とはいえ、ファンタジアで教師なんてやるのは、役目のある家の者か、そこそこ使える能力者くらいですから」


 どうせいつかは知ることだと、希杏が大きく肩をすくめた。

 たとえ教師といえども、相手にするのが猛獣では、命がいくつあっても足りないのだろう。不人気な役職だと続けた希杏だが、その割には興味のありそうな雰囲気も感じられる。


「それなら、名張さんはどうして寮の給仕をしているんですか?」


 学園には様々な種類の仕事がある。

 猛獣ばかりが暮らす寮で働かずとも、希杏ならば他に選びようがあったはずだ。


「それは勿論、楽しいからですよ」


 自ら危険に飛び込むのが楽しい、ということだろうか。

 天璃の探るような視線を受け、希杏が紅潮した頬に手を当てた。


「人間では到底敵わない、圧倒的な強者たち。日々飛び交う、理不尽な暴挙の数々。彼らの冷たい瞳に映るだけで、私……身も心もゾクゾクしてしまうんです……!」


 天璃の目から、一切の感情が消えた。

 目の前の珍生物を、無表情で観察する。

 何やら熱く語っているが、つまるところ──ただのドMである。


「そうですか。じゃあ、私はこれで」


「あ、ちょっと待ってください」


 部屋に戻ろうとする天璃を、希杏は慌てて呼び止めた。

 恍惚とした空気は鳴りを潜め、その道のプロらしく瞬時に感情を落ち着かせている。


「私に、頼みたいことがおありだったのでは?」


 不敵に笑った希杏が、指先を顎に当てた。


「例えば……御門(みかど)様を害そうとした猛獣について調べてほしい、とか」


 名張に生まれたからには、諜報活動に必要な技術も一通り叩き込まれている。

 生徒たちの生活習慣や交友関係など、仕事のかたわらで情報を集めるのは、それほど難しいことでもなかった。

 

「御門様は期待以上のものをくださったので、私もそれなりのものをお返しするつもりです。贈り物にご満足いただけたら、今回の件は手打ちということでいかがでしょうか?」


 まるで挑発するような態度に、天璃がすうっと目を細めた。

 開いた距離を埋めるように、一歩ずつ前へ踏み出していく。


「何か、勘違いしてるみたいですが……」


 向き合った天璃と希杏の間には、残り一歩ほどの距離しかない。

 雪のような白を見つめる希杏の視界に、キラリと光る線が映り込んだ。


「試すのは私です。──あなたじゃない」


 ゾクリと走った快感が、希杏の心を騒つかせていく。


「……殺す気ですか?」


「忍びなら、このくらい防げますよね」


「いやいや。私でなければ、刺さってましたよ」


 躊躇なく振り下ろされたフォークを受け止めた希杏は、顔の前で光る銀の先端に、思わず口角を上げた。


「それはすみませんでした。名張さんの媚の売り方が、あまりにも下手くそだったので」


 フォークを引いた天璃が、淡々と言葉を続ける。

 目を見開いた希杏は、天璃を凝視したまま固まっていた。


「名張さんって、随分と頭が高いんですね。交渉するにしても、立場ってものを考えてしないと駄目ですよ。例えば、床に這いつくばって頼んでみる──とか」


 身体を小刻みに震わせた希杏が、天璃の足元に跪く。

 ハアハアと荒い息を溢しながら、希杏は熱のこもった眼差しで天璃を見上げた。


「……っ、じょ……女王様……!」


 スンッという音が聞こえてきそうなほど、天璃の顔が一瞬で虚無に染まった。


「ああ……っその目、さいっこうです……! もっと罵ってください! ついでに、思いきり踏んでいただけると……!」


 床の上を転がり、身悶える希杏から視線を逸らす。

 廊下に敷かれたカーペットを見て、天璃がぽつりと呟いた。


「除菌剤がほしい……」


「消臭剤ならあるよ〜」


「ありがとう珠羅ちゃん。でもこれ、殺虫剤だね」


 背後から腕を回され、抱き寄せられる。

 頭に顎を乗せた珠羅が、もう片方の手でスプレーを渡してきた。


 明らかに虫の絵が描かれたスプレーを見つめ、希杏が期待に目を輝かせている。

 殺虫剤と希杏を交互に見比べた天璃が、悩ましそうに眉を顰めた。


 結果的に、希杏には──廊下のカーペットを自腹で新調させることとなった。


 

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これはこれで中のいい三人組のような
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