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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第二章 飼い主の実力

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第二十二滴 叱る


 職員室から戻ってきた珠羅(しゅら)は、行く前と変わらず笑顔を張り付けている。

 けれど天璃(あめり)には、珠羅の内でチリリと燃える線香花火のような怒りが感じられた。


「珠羅ちゃん、何かあった?」


「んー? 別に何もないよ〜」


 合わない視線に、違和感を覚える。

 職員室で、不快な話でもされたのだろうか。それとも、他に珠羅を怒らせるような要因があったのかもしれない。


 考え込む天璃の視界が、少し暗くなった。

 珠羅が隣に座ると、天璃の席は自然と影が増える。

 わざと影に入るよう座り直した天璃を見て、珠羅が窓の外を覗いた。


 いつの間にか閉じられていたカーテンに、天璃が隣を見上げる。


 長いまつ毛と、顔周りを沿うように流れる髪。珠羅の整った横顔を見つめ、天璃は小さく感謝を口にした。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 昨日のカフェで煮湯を飲まされたこともあり、くくりは教室に入るなり天璃を鋭い目で睨んでいた。

 授業中も飛んでくる恨みや嫉妬の感情に、霊藻(たまも)は「熱烈やな」と皮肉を込めて笑っていたが、天璃は珠羅の様子が気になって、正直それどころではなかった。


 あまりにも合わない視線に、天璃の中でとある推察が生まれる。

 おそらく、珠羅が不機嫌になったのは、職員室でのことが原因ではない。教室で交わした天璃と荒牙の会話が、何かしらの原因になっているのだろう。


 以前の狩りの際も、なぜか珠羅は、天璃と荒牙の会話を知っていたことがあった。

 そもそも珠羅が何の先祖返りで、どんなことが出来るのかも不明だが、別の場所にいても状況を把握する手段があるのは確かなようだ。


 授業を終え寮に向かう帰路で、天璃は思い切って珠羅に問いかけてみることにした。


「珠羅ちゃん、聞きたいことがあるんだけど……」


「どんなこと〜?」


 見上げた先の視線は、やはり重ならない。

 意図的なそれを不快に思うことはないが、複雑な気持ちにはなった。


 両手を伸ばした天璃が、珠羅の頬を包み、顔を自分の方に向けさせる。

 突然の行動に、珠羅は珍しく驚きを露わにしていた。


「話す時は、ちゃんと私のことを見て」


「……うん」


「気に入らないことがあるなら、理由を話してほしい」


「分かった」


「何が嫌なのか言ってくれないと、私も気をつけることができないよ」


「うん。ごめんね」


 素直に謝る珠羅の頬から手を離す。

 不意に、今いる場所がまだ学園内だということを思い出し、天璃はハッとした表情を浮かべた。


「とりあえず、後のことは部屋で話そう」


 周囲から突き刺さる視線に、天璃を注視しているのは何もくくりだけではないと改めて自覚する。


「天璃ちゃんって、意外と大胆なんだね」


 楽しげに笑った珠羅が、するりと腕を組んできた。

 機嫌が直った様子の珠羅を見上げ、天璃が微かに眉を下げる。


 ──本当に、憎めない人だ。


 鞄から取り出しかけた日傘を、そっと中に戻しておく。

 寮が近いため、差さなくても何とかなる距離だ。

 背の高い珠羅を日除けにしようと、天璃が組んだ腕に身を寄せる。


 ぴたりとくっつく天璃の姿に、珠羅が満足げな笑みを浮かべた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「珠羅ちゃん、分かった。このゲーム……バールが最強だ」


「やっぱ殴った方が早いよね〜」


 ソファーに並んで腰掛けながら、天璃は珠羅と協力型のホラーゲームを進めていた。


 血塗れのバールを握ったブレザー服姿の女子高生が、ゾンビを次々と殴り倒していく。

 その近くには、釘バットで頭部を吹っ飛ばすセーラー服姿の女子高生もいた。


「そろそろ時間かな?」


「だね〜。いったんセーブしておこうか」


 時計を見た天璃が、夕食を受け取るためコントローラーを置いた。

 タイミングよく鳴った呼び鈴の音に、玄関へと向かう。

 ドアを開いた先には、食事の乗ったワゴンと、少し俯きがちの給仕が立っていた。


「お食事をお持ちしました」


「ありがとうございます」


「こっちで運ぶから、そこまででいいよー」


 配膳用のワゴンを玄関に入れる。

 奥から顔を覗かせた珠羅が、給仕を制すように声をかけた。


 どうやら、部屋に入れるつもりはないらしい。

 給仕も分かっていたのか、食事が終わったらワゴンを廊下に出しておくよう伝えると、そのまま踵を返している。


 最上階の廊下は一本道で、エレベーターの他には階段があるだけだ。

 ふと自身を呼ぶ声に足を止めた給仕は、ゆっくりと背後を振り返った。


「どうされましたか?」

 

「不良品があったので、取り替えてもらいたくて」


 凪いだ瞳が、給仕を映す。


 穏やかな声で話す天璃の手には、カトラリーであるフォークが握られていた。


 

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