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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第二章 飼い主の実力

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第二十一滴 日を遮る闇


 ふかふかの布団と、日差しを遮る心地の良い闇に、天璃(あめり)はかつてないほどの安眠を得られていた。

 冷んやりした温度が肌に触れ、無意識に身を寄せる。

 くすりと笑う気配と共に、天璃の身体がすっぽりと何かに包まれた。


 マシュマロのような弾力が頬に当たる。

 再び深い眠りに落ちかけた天璃の耳に、目覚めを促す声が届いた。


「天璃ちゃん、朝だよ〜」


 何秒かの沈黙。

 天璃の耳元に唇を寄せた珠羅(しゅら)は、「起きないと悪戯しちゃうよ?」と囁いている。


「……ん、おきる……」


 うっすらと開いた天璃の目が、眠たげに瞬いた。

 口では起きると言いながらも、天璃の瞼は今にも落ちそうだ。


「天璃ちゃんって、朝弱いよねぇ」


 そう呟いた珠羅の声に、咎めるような響きはない。


「よいしょ〜」


 先に身体を起こした珠羅が、天璃を軽々と抱き上げた。

 強制的にベッドから運び出され、天璃は腕の中でぼんやりと珠羅の顔を見つめる。

 

「なぁに?」


 天璃からの視線を感じ、珠羅が砂糖の溶けた笑みを浮かべた。

 出会った時は闇そのもののような目をしていたが、最近の珠羅は天璃といる時だけ光を見つけたような瞳になる。


 底知れず美しい猛獣が、自分の前では可愛らしいペットに。そんな二面性にも近い変化を、天璃はどこかこそばゆく感じていた。


「おはよう、珠羅ちゃん」


 はっきりした声は、天璃がまどろみから抜け出したことを表している。


「おはよー」


 普段よりも近い距離で重なった視線に、珠羅がゆるりと目を細めた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 どうして珠羅の傍では、深く眠ることができるのだろうか。

 答えの出ない疑問を抱えたまま、天璃は珠羅と寮の食堂にきていた。


 メニューを選んでいた天璃の視界に、ふと見覚えのある給仕の姿が映り込む。

 天璃の視線に気づいた給仕が、足早に近づいてきた。


「お決まりでしょうか?」


「はい。それと、頼みたいことがあって」


 珠羅の分も含め注文を済ませた天璃は、給仕を静かな眼差しで見上げた。


「夜は部屋で食べるので、あなたが運んできてくれますか?」


(わたくし)が、ですか?」


「あなたにお願いしたいんです」


 困惑した様子の給仕が、にこにこと笑うだけの珠羅に顔を向ける。


阿留多伎(あるたき)様は……よろしいんでしょうか?」


 表情はそのままに、珠羅の目からすうっと光が消えた。


「それさー、私に聞く必要ある?」


「っ、申し訳ございません……!」


 真っ暗な瞳が向けられ、給仕が咄嗟に俯いた。


 飼い主の位は、ペットである猛獣のものが反映される。

 つまり、学園の制度に基づくならば、天璃は珠羅と同等の立場であり、同じ待遇を受けるべき存在になったということだ。


 そもそも、天璃の要望に何も言わない時点で、珠羅が承諾しているのは分かり切っていた。

 にも関わらず、給仕が珠羅にも許可を求めたのは、たとえ飼い主といえども、立場は猛獣の方が上だと判断していたからだ。


「……またご夕食の際に、伺わせていただきます」


 頭を下げた給仕が、テーブルを離れていく。


 遠ざかる背中から視線を逸らすと、天璃は料理が届くまで珠羅との雑談を楽しんでいた。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「……あ」


 教室の前でばったり会った荒牙(こうが)は、天璃を見るなり思わず声を漏らしている。


「おはよう、風殿(ふうでん)さん」


「おはよ」


 相変わらず気怠げな雰囲気をしているが、思いの外はっきりとした挨拶が返ってきた。


 初めて会った時は、天璃を取るに足らない相手だと哀れんでいた荒牙だが、今は真逆の感情を抱いているらしい。

 飼い主だった頃の魅与(みよ)に向けていたような、強者に対する一種の尊重を感じる。


「阿留多伎さんはいねえの?」


「職員室に寄ってから来るんだって」


 へえと相槌を打った荒牙が、教室のドアを開いた。

 先に入るよう促され、天璃がお礼を口にする。


「上手くいってんの?」


「珠羅ちゃんと? 私はそう思ってるよ」


 教室の中央辺りで、荒牙が足を止めた。

 天璃の席はもっと奥のため、そのまま背を向けて歩き出す。


「ま、気が変わったら、いつでも声かけてよ」


 思わぬ言葉に、天璃が後ろを振り返った。

 机でうつ伏せになった荒牙は、授業が始まるまでもう一眠りするつもりらしい。


 表情の見えない荒牙から視線を外すと、天璃は自分の席に座り、窓の外を眩しげに見つめた。


 

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