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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第二章 飼い主の実力

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第二十滴 喰む


 お風呂から上がった珠羅(しゅら)は、タオルで髪を乾かすと、そのまま天璃(あめり)のいるソファーに腰掛けた。

 長く艶やかな髪はまだ湿っており、珠羅の肩をじわじわと濡らしていく。


「珠羅ちゃん、ドライヤーは?」


「面倒だしいいかな〜」


 甘えるように寄りかかってくる珠羅の頭をひと撫ですると、天璃はソファーから立ち上がった。

 不満そうに見つめてくる珠羅の後ろに回り、ドライヤーを手に取る。


「乾かしてあげるから、ちゃんと座って」


 ぱちりと目を瞬いた珠羅が、大人しく姿勢を正した。

 珠羅の髪は指通りがよくさらさらしていたが、ほんの少し猫のような柔らかさもある。

 真っ直ぐな髪の端から、時折ぴょこりと髪が遊ぶような、そんな柔らかさだ。


 自然乾燥でこれほどの髪質が保てていることに、天璃は素直に感心していた。

 もし天璃が同じことをすれば、朝には寝癖だらけになってしまうだろう。


「そういえば、霊藻(たまも)ちゃんが言ってた三大寮の催しって何をするの? もしかしなくても、私たちのいる寮って三大寮の一つだよね」


 あらかた乾いたのを確認し、ドライヤーの電源を切る。

 気持ちよさそうに瞼を閉じていた珠羅は、隣に戻ってきた天璃の気配にゆるりと視線を向けた。


「そうだよ〜。太陽の輝く天穹(てんきゅう)寮。月の満ちる宙空(ちゅうくう)寮。星の見守る夢幻(むげん)寮。この三つの総称が、三大寮ってわけ」


「月……。ならここは、宙空寮ってこと?」


 浮かべられた笑みは、肯定を表している。

 太陽、月、星。

 おそらく、それぞれの寮は名前に因んだ造りになっているのだろう。


「催しっていうのは、三大寮がそれぞれ出し物をして、自分の寮はこんなに優秀なのが集まってます〜って誇示するための行事だよ」


「寮同士にも色々あるんだね」


 要するに、マウントの取り合いということだ。

 弱肉強食。カーストに支配された学園では、もはや普通のことなのかもしれない。

 ただし、マウントの規模は凄そうだが。


 なんてことを考えながら、天璃はふと壁にかかっている時計を見た。

 寝るまでにはまだ時間がある。授業の見直しをしてもいいが、天璃は基本的に一度聞けば理解できてしまうたちだ。

 これまでは時間を潰すためにしていたが、珠羅がいる横で敢えてやるべきことでもなかった。


 ファンタジア女学園では、スマホを初めとした通信機器の所有は禁止されている。

 外部との通信は限られた場所でしかできないため、学生たちの娯楽といえば、寮に置かれた本やトランプなど、古典的なものに限られていた。


 とはいえ、それは天璃が前の寮にいた頃の話である。


「天璃ちゃん、ゲーム得意?」


「え? どうだろ……。あんまりやったことないかも」


 珠羅が手にしているのは、協力型のホラーゲームだ。

 知らない場所で目を覚ました二人が、互いに力を合わせ脱出を目指す物語らしい。


「実家の兄から『同室の子とやってみて〜』って送られてきたんだよね」


「珠羅ちゃん、お兄さんがいるの?」


「二人いるよ〜」


 意外な事実に、天璃は珠羅をまじまじと見つめた。


「天璃ちゃんは、兄弟とかいないの?」


「私は……いないかな」


「へえ。一人っ子なんだね」


 ゲームをセットした珠羅が、テレビの電源を入れる。

 電波が遮断されているため、画面に番組が映ることはない。

 壁に設置された大型のテレビは、いったい何のためにあるのかと思っていたが、こうした使い道があったらしい。


「あ、そうだ珠羅ちゃん。明日の朝は、寮の食堂で食べてもいいかな?」


「別にいいよー。何か気になるものでもあった?」


 食事の内容を聞いているようで、実際の意図は違う。

 天璃がどうして食堂に行きたいのか、珠羅は分かった上で聞いているのだ。

 

「ねぇ、天璃ちゃん」


 ソファーに座る天璃を閉じ込めるように、珠羅が両手を背もたれに置いた。


「私は天璃ちゃんのしたいことを止めたりしないし、何でも好きなようにすればいいと思ってる。でもね──もっと私を、使ってくれてもいいんだよ?」


 身を屈めた珠羅が、天璃の首元に顔を近づける。

 柔く触れた唇が、天璃の喉を優しく喰んだ。


「天璃ちゃんが望むなら、どんな相手の喉笛も噛みちぎってあげる」


 ぞくりと走った感覚に、天璃の身体が小さく震える。

 真っ白な肌に咲いた赤を見て、珠羅は満足そうに目を細めた。

 

 ──いつか、自分も食べられてしまうのではないか。


 美しい猛獣の欲を感じ、天璃は止めていた息をそっと吐き出した。


 

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