第二十滴 喰む
お風呂から上がった珠羅は、タオルで髪を乾かすと、そのまま天璃のいるソファーに腰掛けた。
長く艶やかな髪はまだ湿っており、珠羅の肩をじわじわと濡らしていく。
「珠羅ちゃん、ドライヤーは?」
「面倒だしいいかな〜」
甘えるように寄りかかってくる珠羅の頭をひと撫ですると、天璃はソファーから立ち上がった。
不満そうに見つめてくる珠羅の後ろに回り、ドライヤーを手に取る。
「乾かしてあげるから、ちゃんと座って」
ぱちりと目を瞬いた珠羅が、大人しく姿勢を正した。
珠羅の髪は指通りがよくさらさらしていたが、ほんの少し猫のような柔らかさもある。
真っ直ぐな髪の端から、時折ぴょこりと髪が遊ぶような、そんな柔らかさだ。
自然乾燥でこれほどの髪質が保てていることに、天璃は素直に感心していた。
もし天璃が同じことをすれば、朝には寝癖だらけになってしまうだろう。
「そういえば、霊藻ちゃんが言ってた三大寮の催しって何をするの? もしかしなくても、私たちのいる寮って三大寮の一つだよね」
あらかた乾いたのを確認し、ドライヤーの電源を切る。
気持ちよさそうに瞼を閉じていた珠羅は、隣に戻ってきた天璃の気配にゆるりと視線を向けた。
「そうだよ〜。太陽の輝く天穹寮。月の満ちる宙空寮。星の見守る夢幻寮。この三つの総称が、三大寮ってわけ」
「月……。ならここは、宙空寮ってこと?」
浮かべられた笑みは、肯定を表している。
太陽、月、星。
おそらく、それぞれの寮は名前に因んだ造りになっているのだろう。
「催しっていうのは、三大寮がそれぞれ出し物をして、自分の寮はこんなに優秀なのが集まってます〜って誇示するための行事だよ」
「寮同士にも色々あるんだね」
要するに、マウントの取り合いということだ。
弱肉強食。カーストに支配された学園では、もはや普通のことなのかもしれない。
ただし、マウントの規模は凄そうだが。
なんてことを考えながら、天璃はふと壁にかかっている時計を見た。
寝るまでにはまだ時間がある。授業の見直しをしてもいいが、天璃は基本的に一度聞けば理解できてしまうたちだ。
これまでは時間を潰すためにしていたが、珠羅がいる横で敢えてやるべきことでもなかった。
ファンタジア女学園では、スマホを初めとした通信機器の所有は禁止されている。
外部との通信は限られた場所でしかできないため、学生たちの娯楽といえば、寮に置かれた本やトランプなど、古典的なものに限られていた。
とはいえ、それは天璃が前の寮にいた頃の話である。
「天璃ちゃん、ゲーム得意?」
「え? どうだろ……。あんまりやったことないかも」
珠羅が手にしているのは、協力型のホラーゲームだ。
知らない場所で目を覚ました二人が、互いに力を合わせ脱出を目指す物語らしい。
「実家の兄から『同室の子とやってみて〜』って送られてきたんだよね」
「珠羅ちゃん、お兄さんがいるの?」
「二人いるよ〜」
意外な事実に、天璃は珠羅をまじまじと見つめた。
「天璃ちゃんは、兄弟とかいないの?」
「私は……いないかな」
「へえ。一人っ子なんだね」
ゲームをセットした珠羅が、テレビの電源を入れる。
電波が遮断されているため、画面に番組が映ることはない。
壁に設置された大型のテレビは、いったい何のためにあるのかと思っていたが、こうした使い道があったらしい。
「あ、そうだ珠羅ちゃん。明日の朝は、寮の食堂で食べてもいいかな?」
「別にいいよー。何か気になるものでもあった?」
食事の内容を聞いているようで、実際の意図は違う。
天璃がどうして食堂に行きたいのか、珠羅は分かった上で聞いているのだ。
「ねぇ、天璃ちゃん」
ソファーに座る天璃を閉じ込めるように、珠羅が両手を背もたれに置いた。
「私は天璃ちゃんのしたいことを止めたりしないし、何でも好きなようにすればいいと思ってる。でもね──もっと私を、使ってくれてもいいんだよ?」
身を屈めた珠羅が、天璃の首元に顔を近づける。
柔く触れた唇が、天璃の喉を優しく喰んだ。
「天璃ちゃんが望むなら、どんな相手の喉笛も噛みちぎってあげる」
ぞくりと走った感覚に、天璃の身体が小さく震える。
真っ白な肌に咲いた赤を見て、珠羅は満足そうに目を細めた。
──いつか、自分も食べられてしまうのではないか。
美しい猛獣の欲を感じ、天璃は止めていた息をそっと吐き出した。




