第十八滴 協力関係
「はい、あーん」
機嫌の良さそうな声で、珠羅がフォークを差し出す。
素直に口を開けた天璃は、ほどよい甘さのタルトに舌鼓を打った。
「美味しい?」
こくりと頷いた天璃に、珠羅が満足げな笑みを浮かべる。
目の前でイチャつく二人を見て、兎々は真っ赤になった顔を冷やそうと、両頬を挟むように手のひらを当てた。
「それ、うちの奢りやけどな」
全員分を払う羽目になった霊藻が、半目で珠羅を睨む。
飄々とした態度で「ご馳走さま」と返す珠羅に、霊藻は諦めた様子でため息をついた。
「まあええわ。次は阿留多伎の奢りやからな」
「億とかはやめてね〜」
「そんなに食べへんわ」
反射的にツッコミを入れた霊藻が、仕切り直すように咳払いをする。
真面目な空気を感じ、天璃は自ずと姿勢を正した。
「話っちゅうのはな、一ヶ月後に行われるクラス対抗戦についてやねん」
「クラス対抗戦?」
「せや。クラスは一から三組まで。うちらがおるのは一組やな。それぞれクラス一丸となって優劣を競い、最もええ成績を収めたクラスが、学年混合の対抗戦に進むっちゅう仕組みや」
「きっ、規模の大きい、運動会みたいな感じ……かも」
馴染みのない言葉に首を傾げる天璃のため、兎々がざっくりとした例を挙げた。
「……つまり、決められた種目で強さを競って、成績の良かったクラスが各学年ごとに選出される。最終的に、全学年の中で最も優秀なクラスを決める戦い──ってことだよね」
「さすが、頭の回転が早うて助かるわ」
一を聞いて十を知るを地で行く天璃の賢さを、霊藻はとても評価していた。
天璃であれば、霊藻の意図を正確に読み取ることができる。だからこそ、霊藻は天璃と取引をするまでに至ったのだ。
「狩りとは別に、学園の行事もあるんだね」
「三大寮による催しや、学園祭とかもあるで。まあ、それについては隣のペットにでも聞いてみたらええ」
天璃の視線が、珠羅の方へと向けられる。
にこりと笑った珠羅は、相変わらず掴みどころのない雰囲気をしていた。
「そんで、ここからが本題なんやけどな。対抗戦ゆうても、主に競うんは猛獣同士やねん。獲物も参加はしよるが、猛獣とやり合うたらただでは済まん。せやから、補助を担当させつつ、怪我の少ない種目に出てもらうんが一般的や」
引き締まった声に、どこかひりついた気配を感じる。
「問題は、対抗戦の準備期間や参加する種目によっては──猛獣と獲物が別行動を取る必要があるってことや」
猛獣と獲物で分かれた場合、飼い主がどちらに含まれるかは考えるまでもないことだ。
そして、飼い主が警戒すべきなのは、何も猛獣だけではない。
獲物から突き刺さる視線の強さを知っているだけに、天璃はすでに霊藻の言いたいことを理解していた。
「せやから、うちが傍におれへん時は、兎々のことを頼みとうてな。その代わり、阿留多伎がおらん時はうちらと一緒におればええ」
不安そうに眉を下げる兎々だったが、珠羅がいない時のくだりでは、何度も大きく頷いている。
「最悪なんは、うちと阿留多伎の両方がおれへん時や。対策はしよるが、保険は多い方がええからな。せやから天璃──兎々のこと、頼めるか?」
困りごとがあれば、出来る限り助け合う。
それが、天璃と霊藻が交わした取引の内容だった。
霊藻は先に約束を守ってくれた。
だから今度は、天璃が守る番だ。
「分かった。霊藻ちゃんがいない時は、私が兎々ちゃんといるようにするね」
「おおきに」
真っ直ぐ目を見つめて答えた天璃に、霊藻がにんまりと笑みを浮かべた。
心配そうに成り行きを見守っていた兎々は、天璃が「よろしくね」と声をかけたことで、ぽっと頬を赤らめている。
「阿留多伎も、今後はペット同士仲良うしようや」
「そうだねー。異論はないよ」
ペットにとって、飼い主は特別な存在だ。
互いにメリットがある以上、組まない理由もない。
霊藻の態度が軟化したのは、同じ立場になったことによる親近感も関係しているのだろう。
珠羅の方も、霊藻を牽制する必要がなくなったことで、天璃に近づかれることを嫌がってはいないようだった。
「ほな、そういうことで」
自分の話は終わりだと言うように、霊藻が持ち上げたティーカップに口をつけた。
天璃の視線が、ゆるりと店内を彷徨う。
テーブルに置かれたガトーショコラへ視線を戻すと、天璃はフォークを掬うように刺し、そのまま切り取ったケーキを珠羅の方へと差し出した。
「はい、珠羅ちゃん」
口元に寄せられたケーキを、珠羅は迷うことなく受け入れた。
真似っこだと微笑む天璃に、珠羅が優しく目を細める。
突然、少し離れた席でガタリと音が鳴った。
立ち上がった女生徒が、天璃たちのいる席まで歩いてくる。
「……あの!」
意を決した様子で話しかけてきた女生徒は、先ほど話題にも出ていた──転入生の東妻くくりだった。




