第十七滴 四人組
「阿留多伎さん、知り合いなの?」
真偽を確かめるように、結解が珠羅へと問いかけた。
あの時と同じだ。
天璃が珠羅の名前を口にした時も、結解は知り合いなのかと尋ねていた。
つい一週間ほど前の記憶が、天璃の脳裏をよぎっていく。
「え〜、誰だっけ君。知らないなー」
張り付けたような笑みと、拒絶にも近い言葉。
声色が明るいこともあり、一瞬何を言われたのか分からなかったのだろう。転入生の顔が、少し遅れて驚愕に染まった。
「……っ、そんな! わたし、珠羅様の──」
「そこまでよ。これ以上の話は必要ないわ。どうしても続けたいなら、授業の後にしてちょうだい」
珠羅が知らないなら、これで話は終わり。
転入生の言葉を遮った結解の態度には、そんな意図が込められていた。
教室にくすくすと響いた笑い声は、嘲りを多分に含んでいる。
初めから、どちらの話が真実かなんて関係なかったのだ。
ファンタジアでは強者こそが優遇され、正義となる。
珠羅の言葉を是とした結解のように、教師でさえも弱肉強食という学園のルールに反することはない。
「気になる?」
肩肘をついた珠羅が、揶揄うように天璃を覗き込んだ。
「心配しなくても、私には天璃ちゃんだけだよ?」
僅かに含みを感じるのは、珠羅がまだ荒牙とのことを気にしているからなのか。それとも、単に天璃の気持ちを試そうとしているのか。
今の天璃では、推し量ることができなかった。
「うん、知ってる」
天璃の返事に、珠羅がぱちりと目を瞬く。
「……なんてね。言ってみただけだよ。でも、そうだったら嬉しいなって思う」
肩を寄せ、囁くように話す天璃を、珠羅は無言で見つめていた。
不意に、天璃が何かに気づいた様子で珠羅の袖を引く。
「珠羅ちゃん。教科書、前の寮に置いたままだ……」
「ロッカーに預けておかなかったの?」
背後を振り返った珠羅の視線の先には、壁沿いに並ぶ鍵付きの扉がある。
「あれ、ロッカーだったんだ」
どう見ても、お洒落な金庫だった。
学園が城のような造りのため、内装にも色々とこだわりがあるのは理解できる。
そもそも、生贄にはロッカーを使わせる予定自体なかったのかもしれない。
説明はおろか、ロッカーがあることさえ知らされていなかった天璃は、ほとんど答えであろう言葉を口に出すことなく呑み込んだ。
「あ、でもほら。勉強のためにも持って帰らないとだから」
「真面目だね〜」
むしろ、珠羅は教科書を置いていった状態で、どうやって勉強しているのだろうか。
天璃が見やすいよう目の前まで押し出された教科書は、まるで新品のように綺麗なままだった。
◆ ◆ ◇ ◇
転入してきた三人の生徒のうち、一人は能力者。残りの二人は生贄のようだった。
授業中にじっくり観察したことで、天璃は確信に近い予想を得られている。
珠羅は授業に飽きたのか、途中から天璃の髪をいじって遊んでいた。
切り取ったノートをハート型に折ってプレゼントすると、思いの外喜んでくれたらしい。お返しにと、鶴だけでは留まらず、手が沢山生えた観音像のような物までプレゼントしてくれた。
珠羅の器用さに感心する天璃の耳に、授業の終わりを告げるチャイムの音が届く。
席を立った霊藻が、学内にあるカフェへ行こうと声をかけてきた。話が長引きそうなため、どうせならカフェでゆっくりしようとのことらしい。
カフェのショーケースには、色々な種類のケーキが並んでいた。
飲み物も豊富なようで、看板にはメニューがずらりと載っている。
「好きなもん食べてええで。ここはうちの奢りや」
「ご馳走さま〜」
「はあ? 阿留多伎のは払わへんからな」
兎々と天璃だけだと続けた霊藻だが、珠羅が人数に加わることを嫌がっている様子はない。
むしろ、珠羅が天璃のペットになってからは、態度が軟化しているようにも感じられた。
「なあ、気づいとるか。つけられてんで」
「面倒だよねー。転入生の何とかさん」
「自分、なんも聞いとらんかったやろ。東妻や。東妻くくり」
珠羅ほどではないが、霊藻も身長は高めだ。
天璃と兎々を挟むように立っている二人だが、頭の位置が違うため、会話には全く支障がないようだった。
「珠羅様って呼んでた子だよね」
「せやで。まあ家柄によっては、様付けなんて普通のことやからな。もしかして、家の繋がりで阿留多伎のこと知っとるんちゃうか?」
天璃の言葉に頷くと、霊藻はちらりと視線だけを後ろに向けている。
「んー、どうだろ。覚えてないや」
「ほんま適当やな。興味がなくても、覚える努力くらいせぇや」
ため息をついた霊藻は、ケースの前で悩む兎々に寄り添うと、「決まったか?」と声をかけている。
天璃は二つまで絞れていたものの、どちらにするかで頭を悩ませていた。
「天璃ちゃんは決まった〜?」
「イチゴタルトと、ガトーショコラで迷ってて……」
「ふーん。じゃあシェアしよっか。それならどっちも食べれるでしょ?」
簡単なことだと笑った珠羅は、初めからそうすることが決まっていたかのように注文をしている。
珠羅の横顔を見上げ、天璃は少し照れた様子で感謝を口にした。




