第十六滴 新たな生贄
駆けつけたはいいものの、何と声をかけるべきか分からなかったのだろう。
うろうろと視線を彷徨わせる給仕に、珠羅がフォークを手渡した。
「はいこれ。片付けといてね」
「かっ、畏まりました」
頭を下げた給仕が、沈黙している天璃に気づく。
見れば見るほど、真っ白な少女だった。
雪のような髪と肌に、同色の制服。
給仕の目に映った天璃は、今にも消えてしまいそうな、儚くか弱い人間の姿をしていた。
「あの……ご不安でしたら、お席を変更させていただきます。それか、お部屋にお持ちすることも──」
可能ですと続けようとした給仕は、天璃と目が合ったことで思わず口を噤んでいた。
桃色の瞳に恐怖は微塵もなく、まるで透き通る湖のように凪いでいる。
「注文してもいいですか?」
「……承ります」
手元に視線を落とすと、天璃は淡々とメニューを読み上げた。給仕は半ば呆然としながらも、身体に染み付いた仕事をこなしている。
「珠羅ちゃんは何にする?」
「私も同じのにしようかな〜」
闇のような目に、光が宿る。
平然とした様子の天璃を見つめ、珠羅は心底楽しそうな笑みを浮かべた。
◆ ◆ ◇ ◇
ファンタジア女学園の生徒は、八割ほどを獲物が占めている。
猛獣との違いは制服で区別できるようになっているため、誰かが飼い主になった際も、こうした変化によって察することができた。
学園に着いた途端、食堂とは比にならない数の視線が天璃を襲った。
視線には興味や羨望、嫉妬の感情などが込められている。
獲物からすれば、飼い主になることは自身の生存率を上げる最も確実な方法だ。
そんな中、最強の一角と称される猛獣に飼い主が現れた。しかもその飼い主は、獲物の中でも最下層の生贄だったときている。
飼い主になったからといって、猛獣だけを警戒すればいい話でもなさそうだ。
他の獲物から突き刺さる視線の強さに、天璃はふとそんな事を考えていた。
教室の奥。窓際にある席の周辺は、そこだけぽっかりと切り取られたかのように人がいない。
立て続けに行われた狩りにより、生徒数が減っているせいもあったが、異質な四人組を恐れる感情が具現化されていることも原因の一つだった。
「えらい噂になってんで」
席に着いた天璃に、霊藻が声をかけた。
にやりと笑う霊藻の隣では、兎々が心配そうに天璃を見ている。
「どんな噂?」
「生贄が狩りを二度も生き延びた上に、カースト最高峰にまでなったっちゅうシンデレラストーリーや」
ちらりと珠羅の方に視線を向けた霊藻は、「天璃はシンデレラっちゅうより、氷の女王みたいやけどな」と付け加えている。
「にしても、ほんま正反対な見た目しよるな。制服が変わると、余計に目立つ感じするわ」
「ふっ、二人とも綺麗だから、チェスみたいで楽しい……」
そう呟いた兎々の表情は、まるで美しい絵画に心を奪われ、見惚れているかのようだった。
「ありがと〜」
にこりと笑みを浮かべた珠羅に、兎々が照れた様子で顔を伏せる。
兎々は天璃たちのことを好意的に捉えているようだが、天璃にはその理由がいまいち分からなかった。
白と黒という色を見てチェスに例えるのは理解できても、それの何に楽しさを見出しているのかまでは察することができない。
初めて天璃に話しかけてきた時もそうだ。
兎のような外見が好き。だから、元気で生きていてほしい──などという脈絡のない話をしていた。
そんな兎々のことを不思議に思うと同時に、天璃は面白い子だなとも思っていた。
兎々の思考回路に、興味を惹かれたのもある。
そろそろと顔を上げた兎々は、天璃の視線に気づくと、再び恥ずかしそうに顔を伏せていた。
「兎々んところのチェスは、一種の芸術品やからな。かなりの褒め言葉やで」
「うん。ありがとう」
フォローに回った霊藻だが、天璃の反応に問題ないと判断したのだろう。
真っ赤になって俯く兎々を、姉のような目で見守っている。
「有栖川って確か、美術館も運営してるとこだよね〜」
「おー、せやで。兎々ん家は中も洒落とるし、図書館みたいな部屋もあったな」
どうやら、兎々の家は珠羅も知っているほど有名らしい。
目を瞬かせる天璃に、霊藻が片眉を上げた。
「先祖返りも能力者も、基本的には生まれる血筋が決まってんねん。互いに名前くらい知っとっても、何もおかしなことあらへん。学園の設備が豊富なんも、資金が豊富っちゅう証みたいなもんやしな」
「つまり、ファンタジアには家柄のいい生徒が多いってこと?」
「まあ大体そんな感じや。血筋ゆうても、分家や末端の方までは知らへんけどな」
教室に結解が入ってきたことで、会話が中断される。
結解に声をかけられ、三人の生徒が続けて入ってくるのが見えた。
ファンタジア女学園は、転入希望者への試験を定期的に行っている。
天璃の時と同じように、狩りで減った生徒の補充が行われたのだろう。
三人とも制服は統一されたものを着ており、うち一人はやけに落ち着きがない。
表情や雰囲気から何となく予想はできるものの、能力者と生贄を外見だけで判別するのは難しかった。
「あ……!」
教室を見回していた転入生が、窓際の奥で視線を止める。
「お会いしたかったです、珠羅様……!」
落ち着きがなかったのは、人を探していたからのようだ。
嬉しそうにはしゃぐ転入生を、天璃は感情の読めない顔で見つめていた。




