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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第二章 飼い主の実力

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第十五滴 小手調べ


 日光は苦手だ。

 目が焼かれそうなほど眩しくて、肌がひりつくほど痛い。

 それでも、朝に弱い天璃(あめり)にとっては、覚醒を促すための手段の一つになっていた。



 天蓋を垂らすように、漆黒の髪が天璃の視界を遮る。

 頬をくすぐるさらさらした感触に、天璃は眠たげな目をゆっくりと瞬かせた。


「……しゅらちゃん?」


「おはよ〜。ぐっすりだったね」


 ぼんやりした様子の天璃に微笑むと、珠羅は天璃の上から退いていく。


「もうすぐお昼だけど、部屋で食べる?」


「……へや……。ルームサービス……?」


 カーストの差による待遇の違いに、昨日から衝撃を受けっぱなしだ。

 思考がはっきりしてきた天璃は、ベッドから降りるため身体を起こすと、部屋の中をくるりと見回した。


「寮の食堂もあるけど、どっちがいい? 天璃ちゃんが選んでいいよ」


「じゃあ……寮の食堂に行ってみたいかも」


 珠羅の問いかけに答えつつ、寝室の窓へと近づく。

 閉じられたカーテンからは、うっすらと光が漏れていた。


「カーテン、もっと分厚いのに変えようか?」


「ううん、大丈夫。こんなに寝れたの久しぶりだったから、何でかなって思ってたの」


 ほんの僅かな日差しで目が覚めることもある天璃にとって、誰かに起こされるほど熟睡するのは珍しいことだった。


 珠羅の傍は、まるで太陽のない世界のように暗くて心地がいい。

 純粋な闇に包まれる感覚に、天璃は自然と安息を得られていた。


「あの……珠羅ちゃん。何でボタンを外してるの?」


「んー? 着替えさせてあげようと思って〜」


 ゆったりとした寝巻きは、首から胸元の部分がボタンでとまっている。

 するすると服を脱がしにかかる珠羅の手を、天璃は勢いよく握った。


「自分で着替えマス」


「え〜。遠慮しなくていいのに」


 天璃の手を握り返すように開くと、珠羅は指の間に自身の指を挟んでいく。

 恋人繋ぎにした手を掲げた珠羅は、「こういうのは良いんだ?」と面白がるように天璃を見つめた。


 大抵のスキンシップは平気な天璃だが、一部に看過できないものがあるらしい。

 落ち着いた天璃が時折見せるうぶな反応を、珠羅は内心とても愉快に思っていた。


「珠羅ちゃんの手、冷んやりしてて気持ちいい」


 ふと天璃からこぼれた本音に、ほんの一瞬、珠羅の気配が揺らいだ。

 にこりと笑みを浮かべた珠羅が、「じゃあずっと繋いでよっか〜」と揶揄うように覗き込む。


「着替えたいから、今は離して」


「しょうがないなー。新しい制服が届いてたから、今日からそっちを着てね」


 珠羅が示した先には、リボンの結ばれた箱が置いてある。

 珠羅はすでに着替えを終えており、天璃が箱を開けるのをじっと観察していた。


 ファンタジア女学園の制服には、軍服や騎士を彷彿とさせるような、かっちりとしたデザインが採用されている。

 上下別の制服はスカートかズボンを選べるようになっており、学内にはズボンを履いている女生徒もそこそこいた。


 制服には一体型と呼ばれる物もあり、珠羅が着ているのはまさにその一体型だ。


 真っ黒なワンピースには、服の形をなぞるように白いラインが入っている。斜めに大きく開いたスリットの下には、同色のスカートが重なっていた。

 シックな雰囲気でありながら、遊び心も感じるデザインだ。

 何より、珠羅に驚くほど似合っていた。


「珠羅ちゃんと契約したのって、昨日の午後だよね。出来上がるの、早すぎない……?」


「猛獣って、日頃から制服を駄目にするのが多いからね〜。デザイナーとスタッフは、学園に住み込みで働いてるんだよ」


 そこはかとなく、ブラックな気配を感じる。

 箱の蓋を開けた天璃が、思わず感嘆の声を上げた。


 白を基調としたワンピースには、要所に黒いラインが走っている。腰から裾まで大きくスリットの入ったワンピースの間からは、黒いスカートが覗いていた。


「配色を変えるだけで、こんなに違って見えるんだね」


 黒を重ねた珠羅とは違い、天璃は白の下に黒を重ねてある。

 バランスの取れた色合いからも、作り手のセンスを感じられた。


「興味があるなら、今度会いに行ってみる?」


「いいの?」


「多少の人脈は、あった方がいいでしょ」


 予想外の理由に戸惑いつつも、天璃は落ち着いた表情で感謝を口にした。

 目を細めた珠羅が、ゆるく唇を上げる。


「そういえば天璃ちゃん。下着、可愛いね」


 唐突な言葉に、和やかな空気がぴたりと凍った。

 天璃の視線が、自身の胸元に向けられる。

 ボタンが外れていたことで、寝巻きが肩からずり下がり、前がぱっかりと開いていた。


「……着替えるから、珠羅ちゃんはあっちに行ってて」


「え〜、女の子同士なのに」


「あっち、いってて」


 胸元を隠した天璃が、寝室から出るよう指をさす。

 不満そうにしながらも、珠羅は天璃に言われるまま部屋を後にした。




 ◆ ◆ ◇ ◇




 寮の食堂は、ホテルの会場のような豪華さをしていた。

 ビュッフェコーナーの他にも、各テーブルにはメニュー表が置いてある。


 中で配膳をしていた給仕の一人が、珠羅の姿を見るなり慌てた様子で駆け寄ってきた。


阿留多伎(あるたき)様、本日はこちらでお食事ですか……?」


「私の飼い主が、こっちで食べてみたいんだって。ね?」


 天璃を抱き寄せ甘い笑みを浮かべる珠羅に、給仕が頬を赤らめた。


「……っお席にご案内します」


 給仕の後に続き、珠羅の隣を歩く。

 周りから感じる視線は、どれも猛獣らしく鋭いものばかりだった。


「あっ、天璃ちゃん……!」


「食堂で食べよるなんて、珍しいこともあったもんやな」


 奥の席に向かう途中、天璃は食事中の兎々(とと)霊藻(たまも)を見かけ、自然と足を止めていた。


「せ、制服かわいいね」


「ありがとう兎々ちゃん」


 微笑む天璃に、兎々が照れた表情を浮かべる。


「そうや、天璃に話したいことあってん。今日の授業後、時間もらえるか?」


「もちろん。じゃあ、また学園でね」


 午後からは授業があるため、どのみちすぐに会えるだろう。

 少し先で待つ珠羅の元へ、天璃は小走りで近づいた。


「ごめんね、待たせて」


「いいよ〜。何食べる?」


「え、うーん……ちょっと悩むかも」


 案内された席で、メニュー表を手に取る。


「天璃ちゃんの好きな物、教えてよ」


 優しげな眼差しで天璃を見つめる珠羅に、天璃が口を開きかけた時だった。

 ふっと、珠羅の目から光が消える。


 気づくと、天璃の前にカトラリーのフォークがあった。


「行儀がなってないのがいるね〜」


 飛んできたフォークを手で受け止めた珠羅は、ちらりと目線だけを斜め後ろに向けている。

 もし珠羅がいなければ、フォークは天璃に刺さっていただろう。


 異変に気づいた給仕が、青ざめた顔で駆け寄ってくるのが見えた。


 

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