第十四滴 大出世
狩りの終了を知らせる放送に、天璃は空を見上げた。
「前よりも、終わるのが早い気がする」
「狩りに決まった時間はないからね」
天璃にぴとりと寄り添った珠羅が、上機嫌に答える。
身体が血だらけの天璃は、そんな珠羅の行動に心配そうな顔で口を開いた。
「制服、汚れちゃうよ」
「いいよ、汚しても」
替えならいくらでもあると続けた珠羅に、何かを思い出した様子の天璃がぱちりと瞬く。
「そういえば、珠羅ちゃんの制服って私のと違うよね」
「猛獣は制服をカスタマイズできるからね〜。翼持ちは背中が開くようになってるし、スカートやズボンなんかのデザインも、身体の変化に合わせて選べたりするよ」
獲物の制服が統一されているのに対し、猛獣は指定の箇所にスリットを入れたり、肩掛けのような上着を作らせたりと、自由に変更を加えられるらしい。
基本の型を元にはしているものの、結果的に別物のような制服が出来上がることも珍しくないとのことだった。
「あれ? でも、兎々ちゃんや西園寺さんの制服も違ってたような……」
「飼い主は、ペットと同じ制服が着られるからね〜。もちろん、天璃ちゃんも私とお揃いにしてもらうよ」
言われてみれば、兎々の制服は霊藻のものとよく似ていた。
ふと天璃の髪に触れた珠羅が、楽しそうに目を細める。
「せっかくだから、色違いにしようか」
珠羅の中では、既に色々と決定事項らしい。
特にこだわりもなかったため、天璃は珠羅を見上げ、「任せるよ」とだけ口にした。
◆ ◆ ◇ ◇
荘厳な城を彷彿とさせる学園の近くには、これまた立派な豪邸が建っている。
貴族の邸宅を思わせる煌びやかな外観は、天璃の寮である古城のような館とは大違いだ。
学園からほど近い寮と、最も遠い寮。
こういった部分にも、カーストの差が顕著に感じられた。
「ここって、珠羅ちゃんの寮だよね……?」
「そうだよ〜。これからは、天璃ちゃんの寮でもあるけど」
自分の寮へ戻ろうとする天璃だったが、珠羅は組んだ腕を離すことなく、そのまま天璃を寮の中に引き込んでいく。
さらりと聞こえた言葉に、天璃が情報を処理しようと固まっていた時だった。
「あっ、天璃ちゃん……!」
「兎々ちゃん? それに、霊藻ちゃんも」
エントランスホールに、見知った二人組が立っていた。
天璃の姿に気づくなり、兎々は安堵した様子で目を潤ませている。
ひらひらと手を振った霊藻が、兎々と共に近寄ってきた。
「無事でなによりや。にしても、えらい格好しよるな」
「け、怪我……してるの?」
「ううん。私の血じゃないから大丈夫だよ」
ほっと息をついた兎々に、天璃が柔らかく微笑む。
「何はともあれ、大出世おめでとさん。ま、うちの目に狂いはなかったっちゅうことやな」
珠羅をちらりと見た霊藻が、讃えるように口角を上げた。
兎々は天璃と同じ寮になることを、とても喜んでいるようだった。
「ねえ、そろそろいい?」
にこりと笑みを浮かべた珠羅が、霊藻たちに声をかける。
笑顔の下に邪魔をするなという圧を感じ、霊藻はやれやれと言わんばかりに肩をすくめた。
寮の最上階には部屋が一つしかなく、ドアを開けた先に広がっていたのは、五つ星ホテルのVIPルームもかくやという内装だった。
「何してるの? 早くおいでよ」
入口で立ち尽くす天璃に気づいた珠羅が、不思議そうに首を傾げる。
おもむろに足を踏み出した天璃の手を取ると、珠羅は「こっち」と言いながら部屋の中を進んでいく。
「浴室はここね。タオルと着替えは置いておくから、先に入ってきていいよ」
旅館の露天風呂並みの規模に、天璃が言葉を失った。
これまでいた寮は、部屋に浴室はおろか、共同で使えるシャワースペースのような場所が一つあるだけだったのだ。
あまりの落差に佇む天璃の腕を、珠羅の指がすりすりとなぞっていく。
「それとも、洗ってあげようか?」
耳元で囁かれ、反射的に身体が震える。
「……自分で、入りマス」
思わず片言になった天璃に「残念」と呟くと、珠羅は浴室を出ていった。
五人は優に入れそうなジェットバスを横目に、天璃はカーストの真髄を垣間見た気持ちで顔をへにょりとさせる。
温かいお湯に浸かりながら、天璃はいったん考えることを放棄した。
「ベッドが、一つしかない」
これはあれだろうか。
ソファーで寝ろ、ということなのだろうか。
考え込む天璃の傍では、珠羅がいそいそと枕を並べている。
キングサイズのベッドは、背の高い珠羅が横になっても余裕があるほどの大きさだ。
縦にも横にもスペースのあるベッドで、珠羅は隣をぽんと叩くと、期待のこもった眼差しで天璃を見つめた。
真っ暗な瞳に光が入るだけで、容姿に随分とあどけなさが増す。
甘えるような仕草の珠羅からは、きゅるんっという効果音さえ聞こえてきそうだった。
ミステリアスな麗人から、あざと可愛い美人まで。ギャップの大きさに衝撃を受けた天璃が、思わず唇を引き締める。
「天璃ちゃん、疲れてるでしょ? 明日は私が起こしてあげるね〜」
狩りの翌日は午後から授業が始まるため、身体を休めるにはちょうどいい機会だ。
悩んでいても、ベッドが分裂するわけではない。
そう割り切った天璃が、珠羅の隣に寝転んだ。
身体を横に傾けた珠羅は、天璃が目を閉じた後も、じいっと視線を注ぎ続けている。
視線だけで眠れなくなるほど繊細な性格ではないが、かといって気になりはするわけで──。
「珠羅ちゃんも一緒に寝よう」
天璃の伸ばした手が、珠羅の髪を優しくすいていく。
揺らいだ気配を包むように、身体を珠羅の方に向けた天璃が、そっと頭を引き寄せた。
一定のリズムで頭を撫でる。
珠羅が大人しくなったのを皮切りに、天璃もゆるゆると眠りに落ちていった。
第一章 カーストの最下層 【完】
◆ ◇ ◆ ◇
読者の皆さまへ
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
初めて百合を書くにあたって、心のどこかでは大丈夫かなと不安に思う気持ちもありました。
けれど、読者の皆さまのおかげで、気づけばあっという間に一章を書き終えていました。
ブクマも星もコメントも、全てありがたく拝見しております。
目に見える応援は、作者にとって日々の糧です。
幸せのお裾分けをくださり、本当にありがとうございます。
まだまだ未熟な作者ではありますが、今後も一話一話を大切に紡いでいく所存です。
クラス対抗戦や学園ならではの行事など、次章以降もお楽しみいただけるよう色々と練っております。
最後のページに、ちょっとしたおまけをつけておきました。
天璃と珠羅の身長差など、何かしらの参考になれば幸いです。
また次章でも、読者の皆さまとお会いできますように。




