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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第一章 カーストの最下層

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第十二滴 示される価値


「どうして……あんたは生贄のはずでしょ!?」


「これは能力じゃなくて、体質だから。私、催眠系は何故かことごとく効かないんだよね」


 魅与(みよ)の喉元に切先を押し付けたまま、天璃(あめり)が淡々と答える。


「何なの……。いったい何なのよ、あんた……!」


 “魅了”の能力は、格上相手だと強制的に解除されてしまう。けれど、その相手はあくまで先祖返りや、一部の能力者に限られていた。


 ただの人間に、能力が効かない体質など備わっているわけがない。魅与の中に湧き上がった感情は、得体の知れないものに対する恐怖だった。


「……っ獲物を自分で手にかけても、餌係にはなれないわ! どの道、荒牙(こうが)に殺されるだけよ!」


 そう叫んでから、魅与はハッとした。

 飼い主がこんな状況になっているというのに、なぜ荒牙は助けようとしないのか。

 じわりと、嫌な汗が浮かぶ。


「どうせ殺されるなら、道連れにした方がいいと思わない? それとも、このまま風殿さんに差し出せば、餌係になれるのかな?」


「荒牙! 何してるの!? 早く助けてよ……!」


 本気だ。

 天璃は本気で、魅与を殺すつもりでいる。

 感情を宿さない桃色の瞳が、焦る魅与の顔を映した。

 半ばパニックになった魅与が、荒牙に向けて助けを求める。


「俺との条件を忘れたのか? 獲物から買った喧嘩は、魅与自身で勝たないとだろ」


 荒牙の言葉に、魅与の脳内がぐらりと揺れた。

 飼い主になるためには、猛獣側の条件を呑む必要がある。

 あの日、魅与は荒牙からどんな条件を出されたのか、ぼんやりとしか覚えていなかったのだ。



 荒牙は、強者に仕えることを好んでいた。

 命令には忠実で、他の猛獣からも守ってくれる荒牙だが、それは魅与に強者としての価値を感じていたからだ。

 言い換えれば、魅与と同等以下から対決を望まれた場合は、魅与自身が戦い勝利を手にする必要がある。


 ましてや、天璃は獲物の中でも最下層の生贄だ。

 強者としての価値を示すためには、絶対に負けるわけにはいかなかった。



「もし、西園寺さんが負けを認めるなら──殺すのは止めてあげてもいいよ」


「……なに、言って……」


 この状況で見逃すなど考えられない。

 そんなのは嘘だと呟く魅与に、天璃はぽつりと口を開いた。


「このまま二人とも死ぬか、それとも一人だけ死ぬかの違いなら……最後くらい慈悲をかけてもいいのかなって」


 魅与を手にかけて、天璃は獲物として荒牙に殺されるか。

 魅与を許して、天璃だけ餌として喰われるか。

 どちらにせよ、天璃に待っているのは死だけだ。

 それなら、せめて最期の時は、優しくあってもいいのかもしれない。


 落とされた呟きに、魅与の心がぐらりと揺れる。


「いっ、嫌よ! あんたなんかに負けを認めるなんて、絶対に嫌……!」


「そっか。なら仕方ないね」


 ぷつりと、刃先が喉元に埋まっていく。

 首を伝う生温かい液体に、魅与が唇をわななかせた。


 負けを認めるということは、荒牙の出した条件に違反するということだ。

 飼い主はペットとの約束を叶えられなくなった時点で、契約が即座に破棄され、獲物へと逆戻りすることになる。


「……や、やめて……」


「だったら認めて。西園寺さんは、私に負けたんだって」


 天璃が柄を強く握った。

 今にも喉を突き破りそうな刀に、魅与の心が悲鳴をあげる。


 負けを認めれば、この場に残るのは獲物だけだ。

 荒牙にとっては、どちらも同じ獲物。それでも、これまで魅与は──荒牙と共に沢山の時間を過ごしてきた。


 喰われるのは片方だけでいい。

 生きてさえいれば、またやり直すことはできる。

 それなら──。

 魅与の中で、カチリと秒針が重なる音がした。


「……みとめる……」


「なに? 聞こえない」


「認めるから! あんたに……っ、御門さんに負けたって認める! だから、殺さないで……!」


 小刀が引かれていく。

 魅与の上から退くため、天璃が足に力を込めた。

 上半身を起こした魅与は、安堵から深く息を吐いている。


 不意に、天璃と魅与の間を──銀の閃光が走った。

 

「……え?」


 吹き出した血は、天璃のものではない。

 喉から胸にかけてスッパリと切られた傷口から、止めどなく血が溢れている。


「……うそ。……なん、で……」


 ぐらりと傾いた身体が、地面に転がった。


 焼けるような痛みと霞んでいく視界の中、魅与はあの日の記憶を思い出していた。




 ◆ ◆ ◆ ◆




 何度目かの狩りを生き延び、魅与は獲物の中でも一目置かれる存在になっていた。


 毎回適当な人間を魅了して、狩りに慣れていない猛獣たちにチラつかせる。それだけで、魅与は狩りを楽々と乗り越えることができた。

 弱肉強食が支配する学園で、魅与を責める者など誰もいない。結局のところ、勝者こそが正義なのだ。


 しかし、そんな魅与には心底癪に障る存在がいた。

 猛獣を手懐け、カーストの上位として優遇を受ける飼い主。ただ気に入られたというだけで、大した実力もなく駆け登っていった弱者たち。


 彼らへの不満は日に日に増していき、やがて魅与は、自分の方が飼い主に相応しいと考えるようになった。

 そしてそんな時、魅与は──荒牙に声をかけられたのだ。


「良い目だな。野心があって、現状に不満を持ってる」


「……あんた確か……」


 ボーイッシュな少女は、どこか気怠げな雰囲気をしている。教室に近い廊下で、魅与と荒牙は正面から顔を合わせていた。


 よほどのことがない限り、猛獣が飼い主を持つことはない。そのため、常に飼い主のいる荒牙は、珍しい猛獣として噂を耳にすることがあった。


「……飼い主を放っておいていいの?」


「今の飼い主は、一人でいる時間も必要みたいだからな」


 今のという言葉に、魅与が不可解そうに眉を顰める。


「飼い主が気に入らないなら、ペットをやめればいいじゃない。そこまでして、なんで飼い主に仕えようとするわけ?」

 

「群れのリーダーは、強者だからこそ頭を垂れる価値がある。だから俺も、仕えるなら強いやつって決めてたんだ」


 戸惑いを露わにする魅与に、荒牙がふっと身体の力を抜いた。ズボンのポケットに手を入れると、荒牙は教室の方に視線を向けている。


「このところ、気概のないやつらばかりなんだ。挑みもせずに戦意を喪失して、ただ怯えながら死んでいく。どうせ死ぬなら、いっそ戦ってみればいいのにな」


 ──獲物同士の喧嘩に、手は出さねえのによ。

 そう続けた荒牙の言葉に、魅与の心が大きく騒ついた。


「そもそも、飼い主が変わるのは条件に違反したからだ。例えば、今の飼い主よりも強いやつが現れた時……とかな」


 廊下の反対側から、荒牙を呼ぶ声がする。

 飼い主の生徒を目にした魅与が、うっすらと笑みを浮かべた。


 何をするべきかは、もう分かりきっていた。



 人狼の先祖返りは、嗅覚に優れている。

 次の狩りで荒牙たちと遭遇した魅与は、魅了の能力で意思を封じた飼い主を、その場に這いつくばらせた。


 予想通り、荒牙が飼い主を守ることはなかった。

 自害を命じても良かったが、一応は荒牙の飼い主だった生徒だ。どうするか問おうとした魅与の前で、いきなり生徒の身体が切断された。


 転がった腕と、肩から腹部まで裂けた身体。吹き出した血の一部が、魅与の頬に飛んだ。


「負けたやつに、価値なんてねえ」


 酷く冷たい声だった。


 飼い主といるときの荒牙は、気怠げな顔をしながらも、優しい眼差しで飼い主を見ていた。

 けれど、飼い主が獲物になった途端、一瞬で冷めてしまったかのように、興味の失せた目で亡骸を見下ろしている。


 弱者が飼い主になるから、こうなったのだ。

 漠然とした思いが、徐々に魅与の心を支配していく。


 自分は絶対に、こんな風になったりしない。

 魅了の能力があれば、同じ獲物に負けることもない。


 だから、魅与が同じ轍を踏むことは──決してないのだと思っていた。


 

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― 新着の感想 ―
おや、この場合はまだ珠羅さんの条件は未達成?
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