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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第一章 カーストの最下層

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第十滴 期待


 初めて狩りを生き延びた生贄とあって、周囲の天璃(あめり)に対する関心は日に日に強まっていた。

 次も生き残るのか、それとも──。


 いつ狩りが始まるか分からない緊張感の中、別のクラスから覗きにくる生徒を見かけるくらいには、天璃に注目している者も多いようだった。


「おっ、おはよう、天璃ちゃん」


「おはよう兎々(とと)ちゃん。霊藻(たまも)ちゃんも、おはよう」


「おー、おはようさん」


 挨拶をすると、兎々はそのまま天璃の前の席に荷物を下ろしている。

 窓側に座った霊藻が、天璃に向かってひらりと手を振った。


「ねえ、何で九重(ここのえ)がここにいるの?」


結解(ゆげ)先生から許可もろてん。そないな訳で、今日からここがうちらの席っちゅうわけや。以後、よろしゅう」


 張り付けた笑みのまま、珠羅(しゅら)が霊藻に圧を飛ばす。

 背後を振り返った霊藻は、挑発するように口の端を上げた。


 バチリと散った火花に、兎々があわあわしている。兎々の肩に軽く触れた天璃は、「食べる?」と手のひらに乗せた飴を差し出した。


「あ、ありがとう天璃ちゃん……」


 頬を赤らめた兎々が、嬉しそうに受け取る。身体の向きをずらした霊藻が、手に残った飴をチラリと見た。


「天璃のそれ、何味なん?」


「これはリンゴかな。他にもあるけど、霊藻ちゃんもいる?」


「ほな遠慮なく」


 呼び方が変わったのは、二人の間で取引が成立したことの証だ。レモン味を持っていった霊藻は、窓から覗く空に「ええ天気やな」と呟いている。


 ふと隣から不機嫌そうな気配を感じ、天璃は肩肘をつく珠羅の前に、そっと飴を置いた。


「最後の一個だったから、珠羅ちゃんのだけ避けておいたの」


 小声で囁いた天璃に、珠羅が虚をつかれた表情になる。

 袋の模様が異なるそれは、前に珠羅が食べたいちごミルク味の飴だった。


「たった一回生き延びたくらいで、いい気になってるみたいじゃない」


 しんと静まり返った教室に、不機嫌そうな足音が響く。

 荒牙(こうが)と共に現れた魅与(みよ)は、天璃を睨むと、苛々した口調で悪態をついた。


「運良く餌係になれただけの生贄枠に、二度目があるなんて思わないことね」


 次は必ず殺してやる。

 魅与の目には、そんな感情がありありと浮かんでいた。


 平然とした態度の天璃に顔を歪めると、魅与はガタンと音を立て、荒々しい動作で椅子に座っている。

 魅与の傍では、荒牙がやれやれと言わんばかりに頭を掻いていた。


「キーキー喧しいやっちゃな。自分かて、餌係として生き延びてきたっちゅうに」


 面倒なやつだと呟いた霊藻の言葉に、天璃が反応を示した。


「霊藻ちゃん。その話、詳しく聞かせてくれる?」


「おー、ええで。ほな後で──」


 スピーカーから流れたメロディーに、霊藻が口を噤んだ。


『ただ今より、狩りを始めます。獲物の皆さんは逃げてください』


 機械的な音声が聞こえた途端、教室内に恐怖と戸惑いを含んだ騒めきが広がっていく。


「……さすがに早くない?」


「まだ欠けた人数の補充もされてないのに……!」


 青白い顔の生徒たちは、けれどどうすることもできず、絶望を滲ませながら教室を後にしていく。

 静かに席を立った天璃を、兎々が心配そうに見つめた。


「猛獣が動き出すんは、だいたい十分後くらいからや。……きばりや」


 付け足された言葉には、生き延びろという意思が込められている。

 魅与の高笑いを耳にしながら、天璃は霊藻たちに背を向けた。


「天璃ちゃん。私の言ったこと、覚えてる?」


 背後からかけられた声に、天璃が一瞬足を止めた。


「覚えてるよ」


 今回の狩りで、誰か一人を殺すこと。

 ペットになってほしいと口にした天璃に、珠羅が伝えた条件であり、お願いごとだ。


 ただの人間が叶えるには、荒唐無稽な話にも思える。

 猛獣はおろか、獲物も大抵は能力者なのだ。

 それでも、珠羅という猛獣()を手に入れるためには、代償を払う必要がある。


 強く鋭くしなやかで、どんな攻撃にも折れない最強の武器。

 今の天璃が欲しいのは、心を守る手段ではなく──身を守る術だった。


 暇つぶしでもいい。

 面白そうな玩具で遊んでいるだけでも、壊れたら捨てられるその場しのぎの駒でも、何だっていいのだ。

 きっかけなど些細なものでしかないことを、天璃はよく知っていた。


 たとえば恋愛は、好きになった方が負けるのではない。

 ──主導権を握られた方が、負けるのだ。


 覚えてる。


 口の中で転がした言葉を、天璃は飴玉のように呑み込んだ。


 

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