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ブラッドカーストファンタジア  作者: 十三番目
第一章 カーストの最下層
1/9

第一滴 白と黒の邂逅


 海面で反射した光が、船内に差し込む。

 眩しそうに目を細めた天璃(あめり)は、窓のカーテンをそっと閉めた。


 真っ白な髪が鎖骨にかかる。発色のいい桃色の瞳に、白いまつ毛が影を落とした。

 船の動きがゆっくりになり、エンジンの音が静かになっていく。到着を知らせるアナウンスに、天璃はトランクの取手を握ると立ち上がった。


 船を降りた天璃の目に、豊かな自然が映り込む。次いで、島の中央にある巨大な建造物が見えた。


 ファンタジア女学園。

 これから天璃が通う、全寮制の学園の名だ。


御門(みかど) 天璃(あめり)さん?」


「そうです」


 船の近くで待っていた男は、天璃に近寄ると、朗らかな笑みを浮かべた。


「良かった。送迎を担当している楠木(くすのき)です。学園まで送らせていただきますね」


「よろしくお願いします」


 楠木は天璃のトランクを受け取ると、車に乗るよう促している。車内には遮光カーテンがあり、既に閉じられているようだった。


「アルビノと伺っていましたので。他に気になる点があれば、お気軽にお申し付けください」


「大丈夫です。わざわざありがとうございます」


 後部座席の天璃へミラー越しに微笑むと、楠木はそれ以降話しかけてくることはなかった。




 ◆ ◆ ◇ ◇




「この道を真っ直ぐ行くと、学園の入口に着きます。職員室は二階の突き当たりです」


 天璃にトランクを渡すと、楠木は会釈をして去っていった。

 同じように会釈を返した天璃は、聳え立つ学園を見上げ、小さくため息を吐く。


 学園というより、城のようだ。

 からからとトランクを引きながら、天璃は日差しを避けるように、木陰の多い場所を進んでいった。

 本来の道からは少し逸れているが、見失わない範囲であれば迷うこともない。たとえ日傘を差していても、眩しいのは苦手だった。

 

「……っ!?」


 突然、天地が入れ替わった。

 気づくと、天璃は木の枝から逆さに吊されていた。ロープが足首を締め付け、日傘が地面に転がっていく。


「えぇ……」


 思わず情けない声が漏れる。

 左右に揺れてみるも、ロープは頑丈で解ける気配はなかった。


「何でこんな所に罠が……」


 素直に道の上を歩いておけば良かった。

 後悔する天璃だが、今更どうすることもできない。辺りに人はおらず、天璃は顔をしょぼしょぼさせた。


「このまま焼かれて、丸焦げになっちゃうんだ」


 アルビノの天璃にとって、日光に当たり続けることは、逆さでいることよりも辛かった。

 哀愁を漂わせる天璃に、何処からか声がかけられた。

 

「助けてほしい?」


 いつの間にか、木の枝に誰かが座っている。

 長い漆黒の髪が風で靡く。前髪が遊んだことで、闇そのもののような瞳が覗いた。

 光のない目は、じっと天璃のことを見つめている。形のいい唇が、三日月のように持ち上がった。


「た、助けてほしいです……」


 少女が笑みを深める。

 ぶちり──と音がして、いきなりロープがちぎれた。落下した天璃の身体が、柔らかい何かに包まれる。


 顔を上げた天璃の視線と、少女の視線がかち合った。

 天璃よりも上にいたはずの少女が、なぜか天璃を受け止めている。混乱する天璃の頬に、弾力のある膨らみが当たった。


 少女の胸に顔を乗せていたと気づき、天璃は慌てて身体を離した。

 すらりとした体躯と、高い身長。学園の制服を身に纏った少女は、まるで夜から抜け出してきたかのような空気を漂わせている。


「あの……ありがとうございます。おかげで助かりました」


「君、転入生だよね。入学早々そんなんで大丈夫?」


 人当たりのいい口調だが、言葉の端々に揶揄いと、僅かな嘲りを感じる。人を食ったような態度でありながら、顔に笑みを張り付けている、掴みどころのない人物。

 天璃が少女を見て最初に思ったのは、“不思議な人”だった。


「まあいいや」


 何も答えない天璃を見て、少女はつまらなさそうに呟いた。そして、再び張り付けたような笑みを浮かべる。


「じゃ、お返し楽しみにしてるからね〜」


「……お返し?」


「まさか、ただの親切心で助けたと思ってるの?」


 前に立つ少女によって、太陽が遮られた。

 天璃の身体を、少女の影が覆っていく。先ほどまでと何ら変わらない笑みのはずなのに、天璃の背筋をぞくりと悪寒が走っていった。


「助けてあげたんだから、それなりの物をくれないと」


 ね?と首を傾げる少女は、まるで人を魅了する悪魔のようだった。妖しさと美しさの中に、得体の知れない何かを隠している。

 強張る身体とは反対に、天璃の脳内には静寂が広がっていた。


「名前を、教えてください」


 助けてもらったのは事実だ。

 少女の言う“それなりの物”が、どの程度を指すのかは分からないが、同じ学園にいる以上これから何度も顔を合わせることになるだろう。


珠羅(しゅら)


 ゾッとするような圧でも、つまらなさそうな空気でもない。

 名前を聞かれた珠羅の目に、初めて微かな光が宿った。

 しかし、すぐに黒々とした瞳に戻ると、珠羅はにこりと笑みを浮かべている。


 張り付けたような笑顔なのに、笑うと愛嬌がある人だと思った。そんなちぐはぐさが、天璃の心をくすぐっていく。


 天璃から珠羅への第一印象は、不思議な人。


 そして第二印象は──憎めない人、だった。


 

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