帰宅 5
その男はある程度2人に近寄ると、急に大声で唸り声を上げ、飛びついて襲いかかってくる。
「う、うわあぁぁぁ!!!」
「なんなんだコイツ?!」
既のところで避ける2人だったが、何も攻撃手段がない。
殴るか蹴るかぐらいしかない状態で、相手のゾンビのような男にダメージを与えられるとは考えにくかった。
コースケとナオヤは特殊な力を手に入れたと言っても、いかんせん火力に欠けているのだ。
使い方もろくに分からない力な上に、思考を読む力と物をすり抜ける力ときてはもはやダメージを与える気ゼロと言ってもおかしくないぐらいだ。
しかも今回に限ってコースケは思考を読めず、ナオヤは体全体を貫通させるにはまだ不安定。
勝算はほぼゼロだった。
「ん?何だ、誰か知らないヤツがいるな……?誰だ?」
まだコースケとナオヤを見ていたシュウは急に現れた男に気づいた。
「ヴアァァァ……」
不気味な声を常に発するその男はまた上に飛び上がり、両手を組み固めて着地とともに下に振り下ろす。
2人は慌てふためいて逃げ惑うことしかできない。
また回避に成功するも、男が振り下ろした両手は地面のコンクリートを粉々に粉砕し、亀裂を入れ砂埃を巻き上げる。
その強力な打撃は生身の人間が食らえば一発即死は間違いない。
「ひえぇぇぇ……どんだけ強えんだ……地面がヒビ割れたんだけど?」
「なんちゅーパワーだよ……反則だろ、あんなのどうやって倒せってんだよ……」
その光景はちょうどシュウのところからもよく見えていた。
「コースケとナオヤが襲われてる……?やばいんじゃね?」
ゾンビ男は一旦動きが落ち着いて静かになったかと思えば、さっきとは打って変わってかなり俊敏な動きに切り替わり、コースケとナオヤを狙う。
「なんか急に速くなったんだけど?!」
「全力ダッシュで逃げろ!」
そう言ってダッシュで逃げようと試みるも、シュウ探しで体力を大幅に持っていかれた2人はすぐに限界が来る。
「ヤバい、足がもう……」
「動け……足……!」
「ヴアァァァアア……ゥアアァッ!」
そんな2人の都合など何も知らないゾンビ男にとってはむしろ好都合でしかなかった。
そんな得体の知れないゾンビ男に追いかけられる恐怖と疲れで、コースケは上手く足を動かせず大きく前に転んでしまった。
(あっ、終わった)
「コースケ!!!早く立て!!!」
友達を見捨てまいとすぐさま足を止めるナオヤだったが、時すでに遅し。
再びゾンビ男は前に飛び上がり、両手を大きく広げ、そのおぞましい顔面をコースケに向ける。
足がすくんで立てないコースケの脳内は真っ白だった。
「コースケェ!!!!!!!!」
ナオヤの叫びが、シュウの鼓膜を響かせる。
「……ろ、………めろ、やめろ……」
シュウの目に青い光が灯る。
「俺の——」
そう言いかけた時にはもうシュウの体は勝手に動いていた。
無意識に立ち上がり、気がつけば足が前に出ていた。
「友達に——」
足を踏み出すと同時にシュウの体を青い稲妻が駆け巡る。
するとなんと、次第に空中に飛び上がったゾンビ男がそのまま空中で静止する。
顔を歪めたコースケとナオヤもピタリと止まって動かなくなった。
今この瞬間、世界でシュウだけが動いている。
いや、厳密に言うならばシュウが世界の誰よりも"速く"動いている、が正しい。
「触んじゃねえ……!」
そう言って拳を握りしめたシュウは瞬きよりも速くゾンビ男の側まで移動すると、その雷宿る拳を音よりも速いスピードでその顔面に叩き込んだ。
世界が"元"のスピードに戻ると、ゾンビ男の顔は湿っぽい破裂音とともに木っ端微塵に粉砕され、首から下はいとも軽々と数十メートル吹き飛ばされた。
「え……?シュウ?何でここに?」
「どうやって……?これがシュウの力……?」
シュウは後ろを振り向き、青い光が灯った目で言う。
「怪我とかない?大丈夫そ?」
そのいつもとは違う見た目でも、中身は元のままのシュウのギャップに2人は声が出なかった。