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声が聞こえる。
暗い視界の中、ぼんやりと浮かび上がる幾つかの人影。
その人影から聞こえる音なのか、不気味な唸り声が近づいてくる。
「……シュウ、ハヤ、ク……オレ、タチ」
「コロ、コロ……コロ、ス、コロ、セ……」
「ナンデ、コン、コンナ……コトニ……」
シュウはただ一人、ゾンビと化したリク、コースケ、ナオヤに詰め寄られて何もできない状況にいた。
「分からない……何で、ごめん……うぅ、ごめん……」
大粒の涙を流しながらシュウの顔はグシャグシャに潰れていく。
「ごめん、ごめんなさい……ああぁぁあぁぁ!!!」
そこは自分の家のベッドの上だった。
明るいが空には灰一色のどんよりとした雲がかかっている、気持ちの良い朝とは言えない朝を迎えていた。
「っ、あ……?」
額には少し汗が滲み、胸を大きく膨らませ肩を上下しながら息を荒らげるシュウ。
上半身を起こし、何も起きていない"まだ"平凡な朝を迎えたことを確認すると学校の支度をいつものように始める。
(この何気ない朝も、平和だからこそ……なんだろうな)
もし町がゾンビのウイルスで溢れ返ったら。
こんな生活を送れるはずなどない事は明白だった。
勉強机近くの壁に掛かったカレンダーを見て、シュウは嫌々と重そうに鞄を持ち上げる。
「金曜とか、休みでいいだろもう。だるいなぁ」
支度を先に済ませ、朝食を取れば駅に向かう。
シュウは日頃なるべく能力を使わないことを心掛けているため、移動は徒歩か電車が基本だった。
4人のなかで衣服や装飾品の破壊破損が一番激しく、制服は一度、ローファーに関してはもう二度も買い替えている。
博士ですらまだ靴は開発できておらず、裸足で走らないとその摩擦により一瞬で消し炭と化してしまうからである。
能力については口外厳禁の為、両親に理由のわからない説明をするのはもうゴメンだった。
「行ってきまぁす」
能力さえなければ、生活全般においてシュウは誰よりもノロい。
起きるのも遅ければ歩くのも遅く、事に気づくのも遅ければ対策も遅い。
全てが遅い、THEスローマンなのだ。
(あーあ、走れば10秒もかかんねえのになぁ)
もちろん、能力がなければ走るのも遅い。
高校生にもなって50メートル走は約9秒ジャスト。
どちらかといえばかなりインドアな人間であった。
「おー、シュウ!今日は珍しく早いじゃんか。何かあったのか?」
「あ……」
この仲良し4人組は家がとても近く、全員徒歩3分圏内に住んでいる。
小学校に入学した時からクラスが何度か同じになり、親同士の付き合いも重なり、あっという間に4人は兄弟のような存在になっていった。
中学も一緒で、高校もそれぞれの学力を考慮しながら話し合い、同じところを目指すと決めていた。
そして無事4人は入学することができ、晴れて高校デビューを果たした後にすぐ、なんと国家存続の命運を背負うことになろうとは、誰が予想できただろうか。
「あ……っと、まあたまにあるんだよ。パッと目が覚める日っていうのが。半年に1回あるかないかぐらいだけど」
自分以外がゾンビ化して襲いかかってくる夢を見た、などとリクに言える勇気はなかった。
「へぇ、俺そんな1日たりともないけど。人によっちゃそういうこともあるのかもな」
そこから会話はあからさまに途絶えた。
昨日の今日でお互いに楽しく話す気分になれなかったのだ。
そのまま駅まで歩いていくと、明らかに人が多いことに気づいた。
オフィスなど無い、完全な住宅街にスーツを着た人が多く立ち尽くしている。
「チッ、事故って……死にたいなら勝手に死んどけよ」
「まーた遅刻だよ。死ぬんなら人様に迷惑かけないとこで1人ひっそりと死ねばいいのに」
どうやら線路上で人身事故が起きたという。
改札内はおろか、改札の外にもここからどうするか頭を抱えている人で溢れかえっていた。
「この前もあったよな、人身事故」
「何か最近増えてきてる?気の所為?」
いつもの流れで人混みをかき分けて改札内に入ると、人混みで歩けなくなった階段の手前にコースケとナオヤがいるのが見えた。
「あっ、もういたんだ」
「金曜だってのに朝から災難だよな」
コースケとナオヤは引きつった顔をゆっくりと向けると、掌を上に向け肩をすくめた。
「ホント、困っちゃうよね」
「もうしゃーないとしか言えねえわ」
ため息や遅刻の電話、本来会社でするであろう取引先とのやり取りを仕方なく改札内でする人達は少なくない。
改札内はその声で満たされ、騒々しい空気がジワジワと4人をも包み込んでいく。
「え?」
コースケが引きつった顔を一瞬で真顔に戻した。
そして辺りを勢いよく首を捻って見回し始めた。
「ちょ、急にどした?」
(痛い……い、……っ、た、痛、イタ、いタ…イッ…、た――)
コースケの頭の中に突如として声が響き始めた。
「誰?どこ?」
コースケの目線の先には痛がって苦しんでいる人は見当たらない。
(菴包シ滉ス輔′襍キ縺阪※繧九??滉ス輔〒邱夊キッ縺ョ荳奇シ溽李縺??ヲ窶ヲ縺医?∬ス「縺九l縺滂シ溽ァ√′?溯ス「縺九l縺溘??)
さっきまでとはうって変わり、急に何を言ってるのか分からない程、いや、もはや言葉ではないその音は壊れたスピーカーからこぼれ落ちるノイズのような、鋭く尖ったその音がコースケの脳内を横断した。
「あ、あぁ……がっ、!」
「コースケ?!大丈夫か?!」
「何が起きてる……?」
コースケは苦しみ悶えながら息を荒げている。
(思考が、読めなくなった……?)
何かを確信したコースケは地下に続く人混みの階段の先に向かってゆっくりと右手で指をさした。
「あ……あそこに、ゾンビ……いる」
「「「え」」」
3人は一斉に振り返ると、不自然に階段を下りた先のホームに空間が空いているのが見えた。
「嘘」
「マジで言ってんの?」
「えヤバくね?」
その空間あたりの場所から空気をも揺さぶるほどの大きな唸り声が上がる。
そして呼吸の音すらも聞くことを許さないような静寂が訪れると、4人は一斉に顔を見合わせた。




