クラスメイト 2
――これで本当に良かったのだろうか。
防衛大臣は頭を悩ませていた。
世界でも類を見ない天才に、焦りと苛立ちを覚えていたとはいえあのような手段で取引を持ちかけてしまった事に後悔を抱きながら。
計画の詳細を知っているのは秘書と自分だけ、あの天才は詳細までもは知らされていなかった。
国のためといえど、人質を取引に使うことなど防衛大臣としてはあるまじき行為に他ならない。
もちろん、ただの脅しで人質を傷つけるつもりなど一切ない。
(タイミングが悪すぎた……なぜ取引を行う直前に彼の父親が殺されたんだ……)
この時既に例の取引から3年が過ぎていた訳だが、何も進捗どころか連絡すらなく、ひたすら防衛大臣は耐えて待つしかなかった。
自分のしてしまった残酷な行為と、そこで重なった彼の父親の死を、一日たりとも忘れたことはなかった。
そう、防衛大臣にも自分の命より大切な家族がおり、家族の大切さはよく分かっていた。
だからこそそれを持ち出された時の効果の強大さをも知っていた。
そしてそれを利用した。
"侵略"についての情報を防衛大臣が知る事となったのはそう遠くもない未来の話だった。
また、ほぼ同じタイミングで防衛大臣が保管していた"兵器"――"薬"の開発企画書の存在が一部の政府の人間に知れることとなる……
〈ひどい話よね。私はまだ小学2年生だったわ……〉
レイは小学校から帰る途中、突然誘拐され謎の施設に連れて行かれた。
そして手足を縛られ口には布を噛ませられ、完全に身動きを封じられた状態で、首筋に沿った血管に政府が極秘裏に製作したという、まだテスト段階だった薬品を注射されたのだ。
〈もう分からない……今思えば不幸中の幸いとでも言うのかしら?〉
その実験は政府にとって始めての成功例となった。
ただ世界初の試みである未知の領域ゆえ、これはそこまで広く認知されることはなかった。
「やめてくれ……大切な一人娘なんだ!」
「国を守るはずの人間が、自分の娘すら守れんとは情けない。どの口が国防だの武力行使は避けられないだのほざいてたんだか」
とある警察署の地下2階、不穏に丸メガネを光らせる男が、顔をグシャグシャにして跪きながら泣きじゃくる防衛大臣を鋭く冷たい眼光で見下していた。
「大臣!実験が成功しました……!」
「ほう?ついにやったのか?」
報告に来た者は頭を掻きながら続けて口を開く。
「ですが良いことばかりではなくてですね……」
「何だ?」
「あまりに適合率が高く……驚異の90%超えという数値が出たんです」
防衛大臣は歯をガタガタと小刻みに震わせながら尋ねる。
「おい……生きてるのか?娘は生きてるのか?!」
「そりゃあ元気でピンピンしてるだろうなぁ」
報告人はまだ続ける。
「この適合率ですが……どうやら力と感情が密接に結びついているようでして、年齢もさることながら暴走の可能性が……」
そこに甲高い叫び声が響き渡る。
「レイ……レイ!!!!!!!」
丸メガネは防衛大臣の頭を踏みつけ、地面にじわじわと押しつける。
「さっきからうるさいんだよ。死んでないとずっと言っているだろう?」
そして叫び声が強くなったその瞬間、地下2階は一瞬にして凍りついた。
防衛大臣と丸メガネ意外を残して。
「何だ?!」
報告人は完全に凍りつき、少し振動したかと思うと体に亀裂が入り、そのままバラバラと崩れ落ちた。
そこに氷が響くような足音が近づき、現れたのは防衛大臣の娘だった。
「良かった……良かった……!」
「ガキが……ふざけ――」
一瞬、極寒の突風が吹き抜けたかと思うと、丸メガネの左手が崩れ落ちていく。
「――ッく……あああああああああ!!!!!!」
その冷たさと痛みに襲われ、その場で悶絶しながら転げ回る横を、娘がゆっくりと歩いていく。
「パパ、大丈夫?」
「あ……あぁ、大丈夫だ……良かった……」
防衛大臣とその娘は、おぞましい地下2階から一刻も早く抜け出すため、手を繋ぎ歩き出した。
壁一面に謎の黒い物質へと変貌した死体を収納した、ガラス箱が敷き詰めてある地下2階の道を、氷で滑る床を慎重に親子で歩いていったのだった。




