増神鴇雅 5
防衛省の前までやってきた鴇雅は、冷や汗とともに息を呑んだ。
鴇雅は辺りを見張っている警備員に声をかけられ、少しの違和感を覚えた。
「あの、すみません。ここは一般の方の立ち入りはご遠慮願います」
「はい?私は特別科学アドバイザーに任命された増神鴇雅という者です。出入りは許可されているものと存じますが」
そう言いながら自身の証明書を見せる鴇雅だが、警備員の顔は深刻そうなまま動かない。
「……前防衛大臣とのお約束の件ですか?」
「なぜそれを……?」
警備員は急に慌てた様子で鴇雅の肩を押し、外に追いやろうとする。
「悪いことは言いません。早くこの場を立ち去ってください」
鴇雅は何が何だか分からず、少しずつイライラが募っていき態度も悪くなっていく。
「関係ないでしょう……約束に11年もかかってしまったんだ。弟の件だって、父親の件だって……国がなぜそこまでのことをしたのかについても、聞きたいことはいくらでもあるというのに……!」
警備員は鴇雅を押しながらもこう口にした。
「前防衛大臣はもういません。暗殺されました」
「な……」
それについて尋ねてみると、その警備員は色々とよく内情を知っていた。
どうやら極秘に薬を作らせていたことがバレ、ある日霞ヶ関官庁街の道の真ん中で血まみれの状態で発見されたという。
今となっては、もう7年ほど前のことらしい。
鴇雅は研究室に籠りっぱなしで何も知らなかったのだ。
「じゃあ、どうすれば……」
「ですから、早めにお引き取りください。あなたの身も安全とは言い切れません」
鴇雅は警備員の話を聞いて渋々帰路についた。
鴇雅はアドバイザーとして働き始めてから、行政には疑問しか感じていなかった。
抗癌薬の非導入、官僚たちの本音、噂話、そして大臣の暗殺……何か大きな闇の気配を鴇雅は感じていた。
(本当に俺の身も危ないかもしれないな……)
自宅に着くと、大型のトラックが何台も止まっており、たばこ臭いおっさんたちが道端でたむろしていた。
「あの……どうかされましたか?」
「え?あぁいや、この家を解体しろって上に言われたんだよ。まだ人が住んでるだろと聞いたら、そんなの関係ないってさ。まさか住んでるご本人かい?」
「な……何だと?」
まさか自分の家の解体準備が進められていたとは、鴇雅はもう驚こうにも驚けなかった。
家を出る時は何もなかったということは、さっきまで家を離れていた時に始まったということだ。
鴇雅は自分も狙われていると確信した。
でなければ説明がつかない。
「しょうがない。やめろと言っても無理そうだから、せめて中にある大事なものだけ取らせてくれませんか」
「ああ……まだ解体始まってないから、今のうちにな。悪いね、上に逆らったらこっちも仕事がなくなるんだ……」
鴇雅は急いで家の中に入ると、パソコンなどの電子機器や貯金、そして地下の研究室にある苦労して作った薬とその説明が書かれた資料や道具などバッグに入るものはできる限り詰め込み、残りは車に運び込んだ。
ある程度運び終わった鴇雅は車に乗り、愛しの自宅に別れを告げた。
行く当ても、寝床も無くなった鴇雅は、適当なモールにいき、限りあるお金を使ってカフェでひとときの時間を過ごした。
外も暗くなり再び車に乗り込んだ鴇雅は適当にアクセルを踏み、行く当てもないまま車を走らせていた。
「ガソリンも勿体ない気もするが、もうあの家には戻れないしなぁ」
死んだ魚のような目をして運転していると、ふと時が止まったのを鴇雅は感じた。
正確には時が止まったような錯覚を感じ取った、と言うべきだろうか。
フロントガラスから見える景色はゆっくりと時計回りに回転していくのが見える。
そして自分の運転席のドアが内側に入ってきているのがわかる。
そのドアを挟んだ隣には小型のトラックと焦りを隠せない運転手の表情が見える。
「あ」
無意識の反応で咄嗟に薬が入った箱を入れたバッグを掴み、優しくしっかりと抱きかかえる。
そのまま車は2回も3回もアスファルトの上を転がると、車体や窓ガラスの破片を周囲にばら撒いた。
すぐに通報され、警察や救急隊が駆けつけるが、そこには謎に黒いスーツを着た人も同行していた。
「よくやった」
スーツの男はトラックの運転手にそう言うと、鴇雅の車に駆け寄り、血まみれの鴇雅とバッグを思い切り引き寄せる。
鴇雅は無事救出はされたものの、バッグは現場証拠品という名目で没収されてしまった。
鴇雅は血まみれでその場から逃げ出し、もしものために作っておいた薬を自分の腕に打った。
「どうして……どうしてこんなことになったんだ」
誰もいない路地裏で鴇雅は意識を失い、その場に倒れ込んだ。




