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ビバッ焼肉!!自分らしく生きることの素晴らしさ!

はじめに、この物語は実話に基づいたフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。


【ここにでてくる登場人物の発言に関してはほぼノンフィクションですのでそれを踏まえて上でご覧になって頂けるとより笑えると思います】


愚痴多めのお話なので苦手な方はブラウザバッグをおすすめします。大きく捉えず、ゆる~く楽しみながら読んでいだけると幸いです。


ヨクアル工場の埃っぽい空気が、ようやく抜けた気がした。先日終えたばかりの巡回検診。毎年恒例の、気休めにもならない「健康診断対策筋トレブーム」も、これで一段落……したはずだった。特に、あの見当違いな努力をドヤ顔で語る海野と、数日やっただけの筋トレを何ヶ月も続けているかのように嘯く禄には、ほとほと参っていたのだ。


なのに、だ。


「カトゥ、健康診断終わったしさ、景気づけに焼肉でも行かない?」


背後から、あのふてぶてしい低音ボイスが俺のささやかな解放感を打ち破った。久世原だ…振り返ると、信じられない光景が広がっていた。なぜか、そこに海野と禄も、肩を並べて立っている。三者三様の、底知れない胡散臭さを湛えた笑顔が、否応なしに俺に圧力をかけてくる。


(え、なんでこのメンツ?そして、なんで俺が誘われてるんだよ!?第一、健康診断の結果も出てないのに、何が景気づけだよ!つか海野は何でいるんだよ、お前はとんでもない結果が出てる可能性だってあるだろうが!)


心の内で悪態をつきながらも、三人の放つ異様なまでの圧に、俺は抗う力を失っていた。結局、金曜日の夜に、この工場三大モンスターと焼肉という名の地獄へ向かうことになってしまった。


午後六時、俺たちは再び会社に集まった。そこから二人一組で焼肉屋に向かうのである。理由は酒である。普段から酒をほとんど飲まない久世原と禄が、車を出してくれるらしい。海野は禄の運転する車に、そして俺は久世原の運転する車に乗り込んだ。


ここで疑問に思う人もいるかもしれない。なぜわざわざ二人一組なのか、と。久世原と海野が飲まないのなら、どちらか一人が車を出せば済む話ではないか、と。全くもって、その通りだ。私、加藤もそう思う。だが、ヨクアル工場の人間関係というものは、実に厄介な代物なのだ。


まず、久世原と海野は犬猿の仲と言っていい。陰ではお互いのことを「アイツは空気読めない」だの「あいつはコミュ障だ」だのと、罵詈雑言を浴びせ合っている。にも関わらず、いざ顔を合わせると、会話はことごとく噛み合わず、どちらかが常にイライラしているのが見て取れる。その板挟みになるこちらの身にもなってほしい。実に面倒な関係なのだ。(つかなんでこの2人一緒に焼肉屋に行くことになってんの…)


そして、さらに面倒なのが、この二人のメンタルの脆さだ。まるでガラス細工のように繊細で、一人にされると被害妄想をこれでもかとばかりに膨らませる、メンヘラ気質なのだ。故に残された方の、自己中心的かつメンヘラな言動は、食事中にさらに加速度的に増幅するだろう。故に、俺は久世原の車、海野は禄の車に乗り、二台で焼肉屋へと向かうのである。


俺は車に乗り込む。今夜もまた、平穏な食事など望めないだろうという予感を抱えながら。



焼肉屋に先に到着したのは、海野と禄のペアだった。


一方、俺と久世原の車は、幹線道路でちょっとした渋滞に巻き込まれてしまった。久世原の運転はとにかく要領が悪く、車線変更ひとつにも異常なまでに時間をかける。おかげで、ただでさえ順調とは言えないペースが、さらに落ち込んだ。


(申し訳ないですが、10分くらい遅れます。先にはじめてください。すみません)


禄にメッセージを送ると、すぐに返信が来た。


(いや、大丈夫!待ってるよ!)


その返信を見て、俺は一瞬、拍子抜けした。今日はやけに優しいな。禄だけならまだしも、隣にはあの海野もいるはずなのに、珍しいこともあるもんだと首を傾げた。普段の彼らなら、小言の一つや二つは飛んでくるのが常だ。もしかしたら、健康診断明けという「祝いの席」で、柄にもなく上機嫌なのかもしれない。


だが、そんな淡い期待は、店に到着した瞬間に打ち砕かれた。


店員に案内され、二人が待つ座敷席の暖簾をくぐると、そこにはすでに赤々と燃える七輪があり、網の上では艶やかな牛タンがジュウジュウと音を立てていた。焦げ目をつけないよう箸で裏返す海野の横で、禄はすでに自分の皿にタンを確保し、満足げな表情でモグモグと咀嚼している。


俺は言葉を失った。


(………まぁ、遅れたのは自分たちだしな……)


心の中でツッコむのをやめた。というより、最早ツッコむ気力すら失せていた。彼らの「待ってるよ!」は、律儀に箸を止めて待つという意味ではなかったのだ。これは彼らなりの「おもてなし」なのだろうか。いや、違う。彼らはただ、自分の欲求に忠実なだけだ。


なにわともあれ、ようやく四人が焼肉屋の座敷に揃った。そして、加藤にとっての、地獄の焼肉会が、今、まさに始まったのだった。



席に着いた久世原は、開口一番にメニューを手に取った。先にはすでに牛タンを頬張る二人。それが気に食わないのか、彼の顔には微かな不機嫌の色が浮かんでいる。俺は久世原の機嫌を損ねないよう、努めて平静を装い声をかけた。


「久世原さん、何食べます?」


すると久世原は、まるで待ってましたとばかりに、スッと顔を上げ答えた。


「まずはハラミかな!ハラミが美味い焼肉屋は、本当に美味い焼肉屋だからね!」


(…うわぁ、出たよ。久世原の十八番、食通気取りが……。どうせ、ネットで仕入れた知識を披露してるだけだろ!)


俺は内心で盛大に毒づきながらも、「へぇ〜、じゃあハラミ頼みましょう」と、表面上は穏やかに応じた。俺がそう言いかけた、その時だった。横から、海野が遠慮なく口を挟んできた。


「カルビとロース、ホルモンも頼もう!あとサラダ!あとライスも!」


すると久世原が、海野に聞こえるか聞こえないかの、まさにボソッとした声で呟いた。


「脂が多い肉は、後からの方が良いけどね」


(おいおい、久世原さん。あんた、今のは完全に聞こえるように言ってるだろ!んでいちいち煽んなや!つまんなくなるやろ!)


「まぁまぁ」と俺が慌てて宥め、とりあえず海野の要望も取り入れつつ、まとめて注文を入れた。数分後、色とりどりの肉とサイドメニューがテーブルに並び、四人は乾杯した。


たわいもない会話をしながら、肉を網に乗せていく。ジュウジュウと食欲をそそる音が店内に響き渡る。その時、海野が大きく息を吸い込んで叫んだ。


「やっぱり久しぶりの米はうめぇぇぇわ!」


彼は大盛りのライスをかきこみながら、至福の表情を浮かべている。俺はもう彼の相手をするのが面倒くさかったので、禄と久世原に任せて、ひたすら黙々と肉を焼くことに集中した。


禄が海野に尋ねる。


「お米、久しぶりなんだ?」


すると海野は、まるでマジシャンが鳩を出すかのように、サッとスマホを取り出した。そして、キリッとした真顔で、禄と久世原に画面を見せる。そこには、見るからに質素な豆腐とサラダが並んだ食事が写っていた。


(スマホの写真見せるまでスマートすぎるだろ!どんだけ準備周到なんだよ!絶対事前に準備しとったろこいつ!つかなんで写真に食事をおさめてんの?なに?SNSでも嘘ついてんの?)


俺は心の内で嵐のようなツッコミを浴びせた。彼の行動一つ一つに、計算されたパフォーマンスが感じられる。


その時、網から取り出したばかりのハラミを口にした久世原が、陶酔したように言葉を漏らした。


「うまぁぁ」「はぁぁ」


俺は久世原の顔を見た。彼は目をつむり、全身の力を抜いて、恍惚とした表情を浮かべている。


(いや、大袈裟すぎるだろ!お前、この間ブルーベリー味のクッキーを「紫芋味かな?」とか言ってたから、味覚音痴なのは知ってるからな!つまんねぇ芝居打つなや!)


俺は禄の方に目をやる。禄はご飯はすでに3杯目で、禄の取り皿には大量の肉が重なっている。


(つか禄、お前、肉焼けや! お前、焼肉屋に来てから1時間近く経つのに、自分の食べる肉すら焼いてないだろ!一回も肉の世話してないのに溜め込みすぎやろ!)


そんなこんなで、カオスを極めた焼肉の宴も、ついに終わりを告げようとしていた。腹は満たされたものの、俺の精神はすっかりすり減っていた。心の中で「早く帰りたい」と繰り返しながら、会計の時を待つ。お会計はもちろん割り勘だ。


会計になると久世原がすぐさまスマホを取り出し、電卓アプリを立ち上げた。その顔は、まるで国家予算でも計算するかのような真剣さだ。あっという間に合計金額が弾き出される。


「一人8536円だね」


流石、久世原。良く捉えれば、細部までしっかりしている。悪く捉えれば、単に細かいだけだが……。俺は、これまでの彼のハラスメントの数々を思い出しながら、その几帳面さに一瞬だけ感心した。彼の細かさも、こんな時に役立つこともあるのか、と。


すると、その空気を読まない男が口を開いた。一番年上である禄が、普通の会社なら「僕が多めに払うよ」とでも言うだろう場面で、おもむろに財布を取り出し、顔色一つ変えずに告げた。


「僕、細かいお金ないからさ、8000円でいい?」


(いやあの……だったら普通、9000円だろ!?なんで536円もサバ読もうとしてんだよ!?しかも一番年上なんだから、普通は端数切り上げて多めに払うのが常識だろうが!どこまでサイコパスなんだよ!)


俺が心の中でツッコミを入れていると、久世原がすかさず「僕、細かいのあるんで両替します」と、財布から千円札と小銭を取り出した。


(おっ、これはファインプレー!久世原の細かさも、こんな時に役立つことがあるんだな!)


俺は内心で拍手を送った。久世原の几帳面さが、ここでまさかのヒーローになるかと思った、その時だ。


「あ〜、一万しか持ってないわ〜。誰か両替できる?」


のんびりとした口調で、海野が財布から一万円札をひらひらと揺らした。


(こいつ、本当に普段何考えて生きてるん!?最初から割り勘って言ってるのに一万円札しか持たずに焼肉来る奴いんのかよ!?しかも、誰かが両替してくれる前提で話してるし!こいつわざとだろ!!)


会計一つをとってもツッコミどころが満載で、加藤の疲労はピークに達していた。


この焼肉会は、本当に最後の最後まで俺の精神を削り尽くすつもりらしい。


なんとか会計を済ませ、店を出た俺たちは、それぞれの車へと向かった。俺は久世原の車の助手席に滑り込み、シートに深く身を沈めた。これでやっと、この地獄から解放される……そう思った矢先だった。


「いや〜、加藤くん、今日の海野、ひどかっただろ?」


久世原が、エンジンをかけるなり、早速堰を切ったように話し始めた。


「あの『サラダ生活』とか言ってたやつ、何なの?あんなに肉食っといて、どの口が言うんだよって話だよな!あと、禄もさ、会計の時、図々しいにもほどがあるだろ。8000円でいい?って、ありえないからね!俺、ああいうルーズな人間、本当に無理なんだよね」


(まぁお前も空気読めない時多いけどな!禄の図々しさは認めるけど!)


俺はハンドルを握る久世原の横顔をちらりと見た。彼のスポーツ刈りの髪は、照明のせいかいつも以上に薄く見える。口から出てくるのは、先ほどまで共に飯を食っていた海野と禄への、止まらない愚痴のオンパレードだった。まるで俺が、彼の専用ストレス解消マシンであるかのように。


焼肉の満腹感と、一日の疲れ、そして久世原のひっきりなしの愚痴。助手席で俺はただ、窓の外を流れる夜景を眺めながら、この焼肉会という名の戦場が完全に終わることを願っていた。今夜、俺は悪夢を見そうだ。久世原の悪口と、海野の謎の健康アピールと、禄のサイコパスな笑顔が、夢の中にまで現れるに違いない…


お読みいただきありがとうございます。次回、最終章となります。最後まで是非お付き合いください。



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