筋トレブーム到来!今日からアスリート!
はじめに、この物語は実話に基づいたフィクションであり実在の人物や団体などとは関係ありません。
【ここにでてくる登場人物の発言に関してはほぼノンフィクションですのでそれを踏まえて上でご覧になって頂けるとより笑えると思います】
愚痴多めのお話なので苦手な方はブラウザバッグをおすすめします。大きく捉えず、ゆる~く楽しみながら読んでいだけると幸いです。
第4話:筋トレブーム到来!今日からアスリート!
今日はとっても良き日だ。時計をみたらもうすぐお昼。今日はまだ海野というお喋りモンスターがラインに出現していない。このまま今日が終われば家族にケーキでも買って帰ろうかと思うくらいだ。そんな幸せのひと時を思いながら加藤はふと思い出す。そういえばもうすぐ巡回検診の時期か…
今年の「巡回検診」の日が、ちょうど一ヶ月後に迫っていた。ヨクアル工場では毎年この時期になると、普段運動などしない中年社員たちが、にわかに健康意識に目覚める。特に、あの二人、海野と禄は顕著だ。嫌な予感がする……
昼休憩に入ってすぐ、弁当を広げた俺の目の前に、禄がニコニコと胡散臭い笑顔で現れた。やはり来たか……彼の顔には、妙に爽やかな汗がうっすらと浮かんでいる。
「加藤くん、ちょっといいかな?」
俺はうんざりしながらも、「はい、なんでしょう、禄さん?」と答えた。いつもの笑顔の裏に何を企んでいるかと俺は警戒を怠らない。
「実はね、僕、筋トレを始めたんだよ!」
禄は、まるで世界平和でも宣言するかのように、胸を張って言った。その胸板は、相変わらずポテッとした中年体型を維持している。
(また始まったよ、この時期恒例のやつが…)
「へぇ、筋トレですか…今度の健康診断の為にやるんですか?」
俺は、棒読みで返した。毎年、毎年、同じやり取りだ。
「いやいや、加藤くん 今回は違うんだよ!」
禄は、なぜか興奮気味に、人差し指を立ててみせる。
「今回からはね、健康診断が終わっても関係なく続けていこうと思ってるんだ。ずっと健康でいたいし、やっぱり男として、女性にもモテたいしね!」
(出たよ、女の話。というか、去年も一昨年もその前の年も、全く同じセリフ吐いてたろ、お前!健康診断が終わった途端、筋肉どころか意識もどこかへ消え去ってたじゃないか!サイコパスって記憶力まで欠損するのか!?)
俺は心の中で毒づきながらも、「はははっ」と微笑む。禄は俺の笑顔を肯定的な相槌と捉えたようだ。彼がペラペラと筋トレへの意気込みを語る間、俺は頷く、食べる、食べる、食べる、頷く、食べる、とリズムよく黙々と弁当を食い続けた。
午後。俺がライン作業に集中していると、突然「わっ!!」と驚かしてくる奴がいた。案の定海野だった。(つかいい歳こいて何が「わっ!!」だよ!驚かす事を生業としてる妖怪やんけ!)
「カトゥ〜なんか仕事で気になることある?」わざわざ俺のラインの奥まで来て、あくまで「業務確認」を装っているところが、さらに腹立たしい。
(こいつまた無駄話する為に来ただけのくせに、あくまで仕事の一環として来ました〜感だしててウゼェ〜。)
俺は呆れつつも、「あー、今のところ大丈夫だね」と返した。すると海野は、その言葉に被せるように、顔を近づけてきた。
「そっか!でさー、最近キングエクササイズ買ったんだけどさ〜、それがキツくて…」
(仕事の話からゲームの話までの切り替え、はやすぎるやろ!秒でプライベートかよ!もはや芸術的なスイッチングだわ!)
俺は心の中で激しくツッコんだ。(ゲーム機Syncのフィットネスソフト「キングエクササイズ」。なるほど、彼の今年の健康診断対策はそれか)
加藤が「へぇ~」と頷くと、海野は得意げに話を続けた。
「あれめっちゃキツイよ、俺アスリート並みにやってるからね!」
(いやあの…アスリートはコントローラー握ってスクワットしないからな?お前、アスリートって言葉の意味知ってる?)
加藤は呆れて言葉すら出ない。しかし海野は止まらない。続けて海野が「カトゥ〜ってスクワットできる?」
「何キロぐらい持っての話?」と俺が聞き返すと、海野はニヤリと笑った。
「何キロっていうかこうやってコントローラー持ってさ」
そう言いながら、彼は俺の前でSyncのコントローラーを握るようなジェスチャーをして、わざとらしく膝を曲げ伸ばしするスクワットのやり方をレクチャーしてくる。その動きは、まるで生まれたての小鹿(フォルムは豚です)のようだ。
「これを10回ね!! できる?」
(……できるに決まっとるやろ!!どういう立ち位置でその質問を俺にしてきとんのや…俺の体、お前の体脂肪率の半分以下だぞ!?筋肉量で言ったら、お前の体脂肪分の量あるわ!逆に、お前はそれが限界なのか?マジで言ってるのか!?)
加藤は海野の質問にイライラしながらも、「できるよ〜」とだけ答える。海野はそれを聞いて「流石!」と満足げに呟くと、巨体をぶるんぶるんと揺らしながらラインから去っていった。
今日もまた、工場内の平和は、奴らの奇妙な言動によって脅かされている。俺は静かに、ラインから流れてくる製品に目を戻した。この工場で正気を保つには、これくらいがちょうどいい。
はぁ…今日もきたかといつも通りストレスを溜めながら作業に励む。15時の休憩時間を迎えた。
休憩時間、俺がコーヒーを淹れていると、近くの給湯室で禄の声が聞こえてきた。相手は、入社二年目の若くて可愛らしい女性社員、新崎さんだ。
「新崎さん、お疲れ様。いや〜、最近さ、毎日の筋トレが日課になっちゃってさ」
禄は、わざとらしく腕の筋肉を意識するかのようにシャツの袖をまくり、さりげなく力こぶを作っている。新崎さんは「へぇ〜、そうなんですか!」と相槌を打っている。
「最初はね、正直しんどかったんだけど、やっぱり続けてると変わるもんだね。もうかなりやってるかな。おかげで体も締まってきてさ、最近は朝の目覚めも全然違うんだ」
禄は爽やかに笑った。
(おいおいおい!かなりやってる、だと!?あんた、まだ始めて1週間も経ってないよね!?今日の昼に俺に宣言してきたばかりだろ!その膨らみ、筋力じゃなくてただの浮腫みだからな!顔は疲れてるから、朝の目覚めも変わってないだろ!というか、そのセリフ、毎年言ってるやつだろ!)
俺はコーヒーを淹れる手を止め、内心で激しくツッコミを入れた。禄の顔は確かに爽やかだが、それは汗によるものであって、筋肉によるものでは断じてない。一体、どういう脳内変換をすれば、この短期間で「かなりやってる」と豪語できるのか。もはや尊敬の域だ。
定時になり、疲れた体に鞭打ってタイムカードを打つ。早く帰って、現実逃避のビールを胃に流し込みたい。出口に向かって歩いていると、後ろから妙に軽やかな足音が近づいてくる。
「加藤くん、聞いてよぉぉ!」
振り返ると、そこには案の定、禄がいた。やはりその顔には、相変わらず妙に爽やかな汗がうっすらと浮かんでいる。
「どうしたんすか?」
俺は警戒しながらも尋ねた。きっと、たぶん、絶対、ろくなことではない。
「昨日さ〜、外にランニングに行ったんだけど、その時にラーメン屋の前通ったのよ!そしたらさ、ラーメン屋に入っていくおっさん見てたらさ、あーこんな風にはなりたくないなぁってさ、思って!」
禄は、まるで自分はもう完全に別の次元の人間になったかのように、得意げに胸を張る。その表情には全く悪意のない、むしろ悟りを開いたかのような笑顔だった。
(いやあんた、まだ筋トレとランニング始めて1週間も経ってないよね!?「健康診断終わっても続ける」とか言ってたけど、どうせそのラーメン屋の「おっさん」とやらと大差ない体型だろ、今も!その「おっさん」も毎日ランニングしてるかもしれねーだろ!お前、どっからそんな上から目線出てくんだよ!?ラーメン食うぐらいで何言ってんだよ!自分はストイックなアスリートだとでも思ってるのか!?海野と一緒やんけ!!)
俺は心の奥底で咆哮した。この工場にいると、俺の精神はジェットコースターのように揺さぶられる。今日も一日、よく耐え抜いたものだ。俺は無言で禄に背を向け、工場を後にした。「やっぱりケーキを買って帰ろう…」加藤は呟いた。
皆さんの周りにはいませんか?健康診断が近づくと筋トレし始める方。わりかし多いんじゃないかと言う認識です。そして素晴らしい事だとも思ってます。自分と人を比べなければ☺️