転売ヤーは悪!!俺こそ正義!!
次世代ゲーム機『Sync2』発表当日。ヨクアル工場のおっさん連中は、朝からその話題で持ちきりだった。休憩時間になれば、「スペックがどうだ」「ローンチタイトルは何だ」「予約はいつから始まるんだ」と、普段は陰気臭い工場に、少年のような活気が満ち溢れている。俺、加藤も、密かにその情報収集に余念がない。7歳の息子と13歳の娘のHEROになれる数少ないチャンスだからだ。何なら、家族よりまず俺がやりたい。
そんなゲーム談義に花が咲き乱れる休憩室に、満を持して現れたのが、久世原だった。42歳、眼鏡に若干ハゲ、細身なのに下腹が出ている。ハラスメントの王。そして、この会社イチのゲーム好き……を自称する男。
「お前ら、またくだらないゲームの話か。Sync2?ああ、あれかぁ…なんかもういいかな。あまり興味ないんだよね」
誰も聞いてないのに、割り込んできていきなりこれだ。まるで、みんなが盛り上がっている話題に、わざわざバケツの汚水をぶちまけるのが彼の趣味だとでも言うように。
「あっそうなんすね」
俺は努めて穏やかに相槌を打つ。ここで変に食いついたら、久世原の独壇場が、それこそ「ノーガード戦法」で始まるのは目に見えている。その独壇場は、地獄だ。
「でも『トリおラン』の新作が出るって噂だよ」※『トリおラン』は第5作まででている超人気ゲームである。
禄さんが、上手いこと話題を逸らそうと口を開いた。53歳の先輩、禄。一見いい人だが、実はサイコパス良心と罪悪感の欠如の部分が見え隠れする厄介な存在だ。だが、今は俺たちのゲーム談義を護ってくれる頼もしい盾に見えた。
「『トリおラン』も、5で十分かな」「流石に6はどんだけシリーズ出すのよって話!」
しかし、久世原は盾をあっさり突破した。彼の今日のゲームに対する『興味のなさ』アピールは、もはや国境を守る鉄壁の防衛ラインだ。いや、もはや、そこに防衛ラインがあることすら気づいていない、無意識の攻撃だ。
1日後…
そして、正式な発表があった次の日。俺と禄さんは、再び『Sync2』と、その新作ソフト『トリおラン6』の話題で盛り上がっていた。工場の中は、まだ見ぬ次世代機への期待感で充満している。
「禄さんはSync2の何に応募しました?やっぱり『トリおラン』のセットですか?」
俺はワクワクしながら尋ねた。
「うん、そうだよ!僕は『トリおラン』とセットのやつだよ」
禄さんも嬉しそうだ。
「一緒っすね!いやー、当たってほしいなぁ これでお小遣い吹っ飛んでも、悔いはないっすよ!」
俺たちの会話は弾む。この瞬間だけは、工場の汚い空気も、理不尽な上司も、どうでもよくなった。
その時だ。
「ボビィのエアバトラーとモンキートングも面白そうだったよね!」
久世原が、やたらと軽快なトークで割り込んできた。
しかも早口。休憩室中に響き渡る。
(興味ないんとちゃうんかい!)
俺は心の中で盛大にツッコミを入れた。昨日あんなに「興味ない」アピールしてたヤツが、なぜ今、急に具体的なゲームタイトルを出してくるのか。しかも、(めちゃくちゃ詳しいやん、絶対昨日の発表会、正座して隅々まで見てるやんけ……!なんなら俺より見てるやんけ!)俺は心のツッコミをグッとこらえ、顔には笑顔を貼り付けた。
「久世原さんはSync2、応募しました?」
すると久世原は、昨日とはまるで別人、いや、昨日までの久世原を完全に上書きしたニュータイプ久世原かのように、こともなげに言い放った。
「ああ、もちろん。『トリおラン』とセットのやつ応募したよ」
……えっ?
俺と禄さんは、顔を見合わせた。そして、同時に、引きつったような苦笑いを浮かべた。その顔は、まるで「この目の前の現実をどう理解すればいいのか」と問う哲学者のようだった。言葉にならない沈黙が、休憩室に広がる。この状況は、もはやコントだ。劇場で金取れるレベルのコント。
久世原は、俺たちの苦笑いから何かを察したのか、少しだけ顔を赤らめながら、しかし平然と付け加えた。
「まぁ、一応ね。一応」
(「一応」ってどうゆうこと!?「一応」で全力で興味ないアピールしてたのか!?お前の「一応」の基準どうなってんだ!?)
俺は心の中でさらにツッコミを重ねたが、もちろん口には出さない。工場の空気は、久世原のせいで毎日が微妙なのだ。微妙というか、もはや薄氷の上を歩く気分だ。
2週間後…
そして、運命の抽選発表日を迎えた。
結果は、見事に三人とも「落選」。
スマホ画面に表示された「残念ながら、今回はご用意できませんでした」の文字に、俺はガックリと肩を落とした。禄さんも「あー、やっぱりダメか」とため息をついている。
そんな中、次に話題になったのが、やはり『Sync2』の転売についてだった。ニュースサイトを開くと、発表された定価の倍以上の値段で取引されている情報が目に飛び込んでくる。
それを横から見た久世原が叫ぶ。「5万のSync2が13万!?ふざけるな!転売ヤーってほんとにクズだよな!」
久世原の顔は、みるみるうちに赤くなる。かけている眼鏡も、怒りで火照った顔から上がる湯気で眼鏡までもが曇っているように見えた。
「あいつらのせいで本当に欲しい人の所に行かないんだよ!害でしかない!」
彼は机をバンッと叩き、まくし立てた。その勢いに、禄さんは圧倒され、呆然と久世原を見つめている。口を半開きにして、完全に思考停止状態だ。
(お前に当たっても、あんま興味ないって言ってたんだから、結局「本当に欲しい人の所」には行ってないけどな……)
俺は心の奥底でそう呟いた。この矛盾。この二枚舌。それはもはや、二枚どころではない。久世原の脳内には「嘘」というフォルダが存在せず、その時々の気分で情報が生成されているとしか思えない。それが久世原クオリティなのだ。
禄さんが、なんとか場を収めようと、冷静な口調でなだめる。
「まぁまぁ、転売ヤーも犯罪ってよりもグレーゾーンだからね」
しかし、久世原の怒りは収まらない。
「グレーゾーンとか言うけど、ほぼ犯罪ですから!!!」
と、さらに声を荒げた。
……(あの〜、あんた、何年か前に「漫◯村にお世話になってる」って言うてたやん。あれも「ほぼ犯罪」とちゃうんかい!なんならあれは完全にアウトやろがい!どの口が言うとんねん!)
その言葉が喉まで出かかったが、俺は必死に飲み込んだ。口に出せば、確実に面倒なことになる。怒鳴り散らされるか、逆ギレされて、意味不明な理屈で攻撃されるか。いや、もしかしたら、その場で仮病を使い出すかもしれない。「あ、ちょっと腹が……」とか言って、トイレに駆け込むフリして早退する未来が見える。
理不尽な矛盾を抱え込む加藤のストレスは、こうして今日も静かに蓄積されていくのだった。ああ、早く家に帰ってダンベルを握りしめたい。筋トレだけは俺に真っ直ぐだ。あの鉄の塊は、久世原の矛盾した言動を聞いても、ビクともしない。それが俺の心の支えだ。
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