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第九話 豊国神社

「それにしてもでっかい鳥居だね」


 ボクはつい声を上げてしまった。

 中村公園駅の3番出口を出てすぐ左の交差点に、その鳥居はあった。


「百年近く前に立ったらしいぞ」

 ヒデヨシが言う。

「九のつく日は参道に出店が出て、小さい頃には何回か連れてこられたよ」


「なんと、やはりお主とここは縁があったのじゃな」

 ノブナガがまた信長になっている。

「なにワクワクしてんだよ」

 ヒデヨシが不機嫌そうに突っかかった。

「いやな、ついに藤吉郎が記憶を取り戻してくれるのではないかと思ってな」

「なわけないだろ。付き合ってやってるだけだからな」

「そうかそうか」


 ボクらは参道を豊国神社(とよくにじんじゃ)に向かって歩き出した。


「けっこう駅から遠いよね」

「まあな、九の市の日じゃなきゃ何もないからな」

「わしが生まれた頃は、この辺りは農村だったな。若い時は農民の恰好をして回ってみたものだ」

「ええ? 城主の嫡男(ちゃくなん)が? やばくない?」

「イエヤス。ノブナガの話にひっかかるなって」

「はは、ついね」

「なんだ、本当のことだぞ」

「はいはい。じゃあオレは、ここで農民をしてましたって言えばいいのかな」

「ほう、ついに思い出したか」

「思い出すか!」

「はは、藤吉郎もよく、そうやってわしに突っかかったのう」

「え? そうなの? 平身低頭だったんじゃないの?」

「なんじゃ、それではわしが暴君のようではないか」

「だから話を合わせちゃだめだって、イエヤス」

「はっはっは。わしは太っ腹だからな。無礼も許すぞ。もうすぐ思い出すだろうしな」

「あー、はいはい。豊国神社の鳥居が見えましたよ」

「なんだかこっちはちっちゃい。赤くないし」

「普通の神社だからな」

「あ、鳥居の上の方、豊臣の桐の紋がある」

「そりゃそうだろ。秀吉を祭ってるんだから」

 ヒデヨシはあくまで他人事の口ぶりだ。


 境内には誰もいない。玉砂利の上を三人は進んだ。

 社殿の裏に、「豊公誕生之地」と書かれた碑が立っていた。


「ここが秀吉が生まれた場所か」

 ノブナガがそう言い、イエヤスが答えた。

「まあ、諸説あるみたいだけどね」


「ぐわああああ」

 ヒデヨシが突然、頭を抱えて大声を上げた。

「おお! ついに思い出したか」

「なーんてね」

「うむ?」

「もういいだろ、ここまで付き合ったんだから。オレはオレだからな」

「なんと、わしをたばかったのか」

「勘弁してくれよ」

「ぐぬぬぬぬ」

 険悪な空気が漂い始めた。


「え、とね。あれやろうよあれ」

 イエヤスが間に入った。

「うぬ? あれ、とはなんじゃ」

「さっき言ったじゃん。魔術スキル!」

「おお、そうじゃった。ここには誰もいないしな。試し時かもしれぬ」

「は? 何やる気?」

 ヒデヨシが怪訝(けげん)そうな顔になった。


「ノブナガがね、すっごい面白いパフォーマンスしてくれるから見てて」

 また腹がねじれなければいいけど。


「パフォーマンスではないわ。今度こそ魔術スキルを炸裂(さくれつ)させようぞ。第六天魔王の名にかけて」

「じっちゃんじゃないんだね」

「ん? わしの祖父は信定公だが」

「あはは、なんでもないよー」

「それでは見ていろ。か、め……」

「あああ、それはだめー」

 ボクはびっくりしてノブナガを止めた。


「何だ家康殿」

「ちょっとね、著作権はともかくモラル的に……」

「うーん、それなら、右手の手首に左手を……」

「わー、それもだめー」

「うーむ。困ったのう」

「だいたい必殺技はさ、自分で考えなきゃ」

「そうか。うーん」

 そう言ってノブナガは、右手に扇を持つ仕草をして踊り始めた。


「じんかんごじゅうーねーん」

「あはは、それそれ」

「げてんのうちをー くーらーぶーれば」

くるりと体をかわす。

敦盛(あつもり)!」

 イエヤスが合いの手を入れた。

「ゆーめーまぼろしのごーとーくーなーり」

 そう歌ってノブナガは、扇をひっくり返すようにひらりと手を返した。


「第六天魔王の名において命じる 天地を滅せよ」

 続いてドスの利いた声を口に出したが、何も起きない。


「何やってんだか」

 ヒデヨシがあきれ顔でそう言った。


「おかしいな、今確かに、何か見えない力を出したように感じたのじゃが」

「はは、マジ? ホントだったらすごいけどね」

 腹痛いや。

「あほか。そろそろ帰ろうぜ」

 ヒデヨシは相手にしない。

「ううむ。納得がゆかぬが」

「また違う場所でやってみようよ。今度はどこでやる?」

 ボクが聞いた。

「仕方がない。もう少し修行が必要なのかもしれん」

「えー、ノブナガ、修行してるの? もう面白すぎて尊敬しちゃうよ」

 これでホントに信長じゃなければ面白くていいんだけどなあ。

「あーはいはい。信長だけでもきついのに、魔術とかマジ勘弁してくれよ……」

 ヒデヨシはぶすっとして元来た道を戻り始めた。


 ボクらは社殿を挟んだひょうたん池に水柱が上がったのを知る由もなかった。


「また魔力を感知しました」

「どこだ」

「中村区の方角からです」

「そうか。近づいておるな」

「はい、光秀様」

「早く見つけ出さねば」

「そうですね。実は……」

「何だ」

「この学校に、第六天魔王の疑いがある者がいることが判明しました」

「何と!」

「一年生に、野田信長という名の生徒がいます」

「うん? 名前だけでは弱いな。たまたまではないのか」

「いえ、名は体を表すと言います。まずは確かめてみる価値はあるのではないでしょうか」

「まさか、本人にお前は織田信長かと聞くわけにもいくまい。どうするのだ」

「光秀様。そこは恥をしのんで、何か策を考えていただけませんでしょうか」

「仮にも私は生徒会長だぞ。間違いだったらどうする」

「まあそう言わずに。それぐらいのリスク、本能寺に比べれば大したことではありません」

「うーん」


 愛智光季(あいちみつき)は生徒会長だ。

 名前はみつきで、れっきとした女子だが、小学校時代は漢字だけだと男子とよく間違えられ、あろうことか、字面が似ているため新任の教師に「みつひで」と読まれてしまったことさえあった。


 そんな黒歴史を乗り越え、文武両道で容姿端麗、今や近寄りがたい雰囲気さえある彼女に異変があったのは生徒会長になったばかりの今年の春だった。


「なんということか。おなごではないか」

 突然、明智光秀の記憶がよみがえったのだ。女子高生としての記憶もしっかりあるが、戦国時代のおっさんの記憶が混濁し、ひどく困惑した。

「ううむ。第六天魔王がこの時代に転生したということか……」


 裏切りも珍しくはなかった戦国の世だが、明智光秀が信長を討ったのにはある理由があった。


 比叡山焼き討ちの後、光秀は信長に第六天魔王を名乗るよう進言した。自分に仏罰が及ぶことを恐れ、信長にその罪を着せるのが目的だったが、実はそれが真実であったことを後に知ることになる。一五八二年、甲州での武田征伐の帰途のことだ。


 山中で迷った明智軍の目の前に、白い大蛇が出現した。

「われは諏訪大明神の化身じゃ。ぬしは明智光秀と見たが」

「いかにも」

 動揺を隠し、光秀は答えた。

「われを守護してくれた武田を滅ぼしたぬしどもをここで成敗するのは造作もないが、それではわれの望みが果たせぬ。命を助ける代わりに、われの頼みを聞いてくれぬか」

「頼みとは」

「第六天魔王を討ってもらいたい」

「第六天魔王?」

「ぬしも知っておろう。信長のことじゃ」

「確かにそう名乗るよう進言したが……主君を討てと」

「そうじゃ。やつを放っておけば、やがては世界を滅ぼす魔王となる。やつを野放しにするわけにはいかんのだ。武田が果たせなかった望みじゃ」

「魔王だと? 信長様が本物の魔王だというのか。しかし、そんなものが存在するのか?」

「われの存在とて、信じがたいものであろう」

「確かに」

「われは仏教で言えば普賢菩薩(ふげんぼさつ)である。欲望の権化(ごんげ)、第六天魔王はかつて釈迦(しゃか)に封じられたが、幾千年の時を経て、受肉を得てこの日本で復活を果たそうとしているのじゃ」

「それが信長様だと」

「やつはやがて、自身が魔力を持つことに気付くはずじゃ。魔王は魔力のとりことなり、世界を滅ぼすまで進軍をやめぬだろう」

「……確かに、近頃の信長様の暴君ぶりは……しかし、御自ら滅ぼせばいいのでは?」

「われは因果のしばりでやつと直接は戦えぬのじゃ。やつは愛染明王(あいぜんみょうおう)でもあり、表向きは仏法の守護者なのじゃ」

「何と。菩薩が手を出せぬのに、私がどう討てと?」

「一度だけ機会がある。やつはこの後、京の本能寺に入る。そこで手薄になっているところを討ち取ってほしい」

「未来をお見通しか」

「すべてを見通せるわけではないが、此度(こたび)はお主らが本能寺を囲むところまでは見えた。だから頼むのじゃ。そこには邪魔者の羽柴秀吉、徳川家康もおらぬ」

「何と」

「その後はそちが天下を取ればよかろう。信長の世になることを憂い始めておるのじゃろう?」

「……確かに」

「ただし、やつを討ち、速やかに体ごと封じねばならぬ。殺すだけではやつの転生を許してしまうことになる。首を切ってもならぬぞ」

「しかし、信長の軍勢を襲えば、これまで共に戦ってきた多くの者が死ぬことになる」

「やむを得ぬ。そうせねばこの世界が滅ぶのだ」

「……そうは言っても」

「そちの軍勢だけでは心もとないことも承知しておる。強力な援軍を遣わす」

 そう白蛇が告げるとつむじ風が吹き、十歳ぐらいの男とも女ともつかない白装束の子どもが姿を現した。

(わっぱ)ではないか」

「案ずるな。それはわれの神力を顕現させた稚児(ちご)じゃ。そなたに強運をもたらし、第六天魔王を封じるときにも役に立つはずじゃ。吉祥(きっしょう)とでも呼んでくれ」

「ううむ。私とて野望はあるが……」

「頼む。お主だけが頼りなのじゃ。われの予知が世界の滅亡を見る前に……」

「……わかりました。やりましょう」

「そうか。かたじけない。くれぐれも、機会は一度だけじゃからな。ゆめゆめ逃すではないぞ」


 その後の顛末は知っての通り。一五八二年六月二日未明、光秀は本能寺で信長を討つことには成功するが、備中(びっちゅう)高松城攻めから中国大返し(おおがえし)で大軍を引き連れて猛スピードで戻ってきた秀吉と今の大阪・京都の府境付近で激突した山崎の戦い、俗に言う天下分け目の天王山で光秀は敗れ、夢は三日天下に終わる。


「申し訳ありません光秀様。第六天魔王の暴走を阻んでいただけたことには感謝いたしますが、こうなっては致し方ありません。わたくしは諏訪に帰ります」

「吉祥、私はどうなるのだ」

「第六天魔王が転生したときに、再びお会いしましょう」

「それはどういう意味だ」

「言葉通りでございます」

 そう言い残し、吉祥は姿を消した。運を失った光秀はあっけなくその生涯を閉じた。



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