第七話 風雲急
ボクらは名古屋港の駅から階段を上がって外へ出た。
「なんか人いないね」
まあ、夕方の港なんて閑散としてるのは当たり前だけど。
「水族館も南極観測船も閉館五時だから」
ノブナガ、変なことよく知ってるんだよな。普段はアホっぽいくせに。
「でも、人がいない方がいいんだよ」
「ああ、魔術スキルだったね。はは」
「そう、人がいると危ないだろ」
「危ないって……ねえ、それマジに本気なの?」
「是非もなし! この信長に二言はないぞ」
「あ、と、信長様は止めてね。ノブナガでお願い」
ボクは手を合わせて頭を下げてみた。
「あー、まあわかったよ」
よかったあ。
「あの、さ」
ちょっと間を置いてノブナガが口を開いた。
「何?」
なんだかノブナガ、複雑そうな顔してる。
「さっきの話だけど」
「ああ……姉さんね」
本気なんだなあ。困るよなあ、それって。かわいそうだけどさ。
「誰とも付き合ってないよね」
ああ、そう来たか。
「まあ、そうだと思うけど」
あの人と付き合える人なんてそうそういないって。
「よかった。俺、嫌われないかな」
「うーん。まあ嫌われはしないと思うけど。小さいころから知ってるんだし」
当然のことながら、幼稚園の頃からボクの家によくノブナガは来ていたから、姉さんとは何度も会っている。まあ、だから好きになっちゃったんだろうけど。
「そうか。安心した」
「あ、でも織田信長の生まれ変わりってのは言わない方がいいと思うよ」
「え? なんでさ」
「中二病全開の男子だよ。引くと思わない?」
「えー、俺はホントに信長なんだけど……」
「それ、信じると思う?」
「うーん。信じてもらうよう努力する」
「いやー、それは無理だと思うよ。黙ってた方がいいって」
ホント、面倒はやめてよー。
「そうかなあ」
「そうだよ」
「俺の全てを知ってほしいんだけど」
「だから、そんなことしたらフラれるだけだよ」
フラれるだけじゃ済まないだろうけどね。
「え!? まじかあ。うーん」
「とにかく、ボクが悪いようにしないから、告白はちょっと待ってね」
ごめんノブナガ。ホントは悪いようにしちゃうけど……。
「うーん、分かったよ」
港に浮かぶかつての南極観測船「ふじ」の横を抜け、ボクらは名古屋港を見渡せるポートブリッジの上に来た。
「さ、て! と」
信長が大きな声を出した。
「周りに誰もいないよな」
「何を始めるの?」
ホントに何する気なんだか。
「第六天魔王の魔力を開放する!」
ノブナガは真顔で言った。
「ええええ!? マジでマジなの? なんかボク、感動して……」
ノブナガ真剣みたいだけど、だからこそ笑いを抑えられないよ。
「ぷっ……腹がよじれそうだよ」
「なんだ、信じてないのか。見てろよ」
そう言って信長は、両腕を上に挙げて力を込めた。
「無詠唱魔術 魔法陣展開!」
いや、無詠唱って詠唱してるじゃん。腹痛い。
「ルーモス!」
うわー、その言葉使うのはやばいって。
「メラゾーマ!」
知ってる呪文言ってるだけじゃん。
「エクスプロージョン!」
「爆裂!?」
あ、声出しちゃった。
「エロイムエッサイム われは求め訴えたり!」
「うっわ、魔王じゃなくて悪魔かよ」
「ぐわー、これならどうだ。エコエコアザラク!」
「あああ、腹が壊れるよー。それ知っているのやばいって」
「火遁!」
「うわ、今度は忍者になっちゃったってばよ」
「ギャラクティカマグナム!」
「あ、腹痛い…物理だしそれ……」
「焼き払え!」
「えっ……と、それって信長っぽいせりふだけど……まさかアレ? ナウ……あーもうマジお腹の筋肉がやばいって」
ノブナガが何を言おうが目の前では何も起きず、沈黙が流れた。
「はあ、はあ。はあ……くっそー、それなら魔力全開放だ! 第六天魔王の名において命じる。世界を滅せよ!」
ノブナガは両手を上にかかげて何やら力を込めている。
「あーもう、腹が崩壊する……はあああ、もうだめだ。それに、その言葉が顕現したらやばいって」
ボクはもう、我慢ができなくなって笑い転げた。
「くそー」
「うーん。何が悪いのかなあ」
少し間を置き、ノブナガがつぶやいた。
「本気で言ってる? もうさ、ノブナガの中二病に付き合ってるとお腹がおかしくなっちゃうよ」
「笑いたければ笑えばいいさ、俺は本気だからな」
「ああもう、だいたい魔術とかあり得ないって。面白いけどさ」
「うるさい!」
「日が沈むよ、もう帰ろう」
港の向こうに太陽が沈もうとしていた。
「くそー、天下布武がー」
「天下なんか取らない方がいいって」
「そういうわけにはいかんのじゃ」
「あ、約束破った!」
「え? ちょっとだけじゃんかよ」
「まあいいや、とにかく帰ろうよ」
「俺たちの戦いはこれからだー!」
「えー? それ言っちゃうと打ち切りになっちゃうよー」
「ん、どういう意味だ?」
「ああ、メタ認知かな」
「メタ?」
「ノブナガがメタメタだってこと」
「うーん、やっぱりなんかバカにされてるみたいだな」
「あはは、そんなことないよ。さ、帰ろ」
「分かったよ」
駅に戻り始めたボクらの後ろで大きな水柱が上がったのは知る由もなかった。
そして、ノブナガを狙う勢力がうごめいていることも……。
「第六天魔王が復活しました」
「うむ、危惧したことが現実のものとなってしまったか」
「今夕、名古屋港の方向から魔力の発動が感知されました」
「うむ、前世ではやつを殺したのだがな……」
「仕方ありません。転生してしまったのですから」
「ああ。今度こそ、完全覚醒する前に葬るしかないのだな。まずは居場所を突き止めねばならぬのか」
「はい」
「今生でもこの闘い、よろしく頼む」
「もちろんでございます。光秀様」