第三話 小牧・長久手の戦い
「とりあえずバレてないよな」
ヒデヨシが言った。
「そうだね。でも、なんかボクたち二人がまだ覚醒してないだけだって期待してるみたいでヤバいよね」
「確かにちょっとまずい展開かもな。カンがいいんだか悪いんだか、わかんないからなあ、ノブナガ」
「うん。やっぱ完全に妄想だと思い込ませないと」
翌日の放課後、ノブナガが教師に呼び出された隙に、ボク、イエヤスはヒデヨシと教室に残って作戦会議を持っていた。
「あ……そう言えばさ、こないだお前が覚醒したときはびっくりしたよ。オレに相談に来るなんてさ」
ヒデヨシが言った。
「ああ、ごめんね。ノブナガに相談するのは違う意味でやばそうだったし。でも、マジで家康の記憶を思い出しちゃったからさ、頭がおかしくなったのかって最初は思ったんだよね」
「まあオレもおんなじだったけどな」
「うん。それでさ、ヒデヨシからいきなり、『オレも前世は豊臣秀吉だった』なんて言われてますます頭が混乱したよ」
「まあお互い様だったからな。オレも頭がどうかしちゃったかと思ってたんだけど、お前が家康だったって聞いて、むしろホッとしたんだよな、あの時」
「でもさ、ボクは豊臣秀吉の敵っていうか、まあ家族のかたきだもんね。一瞬、殺されるかもってビビったよ」
ボクはあの時、マジで背筋が凍ったんだよね。
「それは前世のことだからな。今更あんま気にならないって言うか」
「うん。そう言ってくれてホッとしたよ」
「まあ、思い出したって言っても頭の中はほとんど高一のガキだし、今はお前のこと幼なじみとしか思えないし。オレもちょっと前に気付いたばっかだったから、マジかって思ってオレも一安心だったんだけどさ」
「でもお互いびっくりだったね」
「まあなあ。それにしても、確かに秀吉の記憶はあるけど、天下取りとか夢みたいにしか思えないよ」
「そうだよね。年取ってからのことよりも、どういうわけか今の年齢に近いときの記憶の方が強いよね。だから、家康って言うと、あんなおじいさんになってからの絵だからすっごい違和感。まあ、最後は確かにあんな感じだったけどね」
「オレもだよ。あれじゃサルどころか貧相なおっさんだよなあ。あ、でもこないだノブナガ、家康の小さい頃はかわいかったって言ってただろ」
「まあね。だから人質になってたけど今川方にもかわいがられて、殺されずに済んだんだよね。その後もガチャ当たりまくりの超絶ラッキーって感じだったよね。ラノベみたいな鑑定スキルなんかないし、今考えたら家臣団の優秀さもさ、なんの奇跡だよって」
「そこはけっこうラノベっぽいかもな。そうだ。小牧・長久手の戦いではよくもやってくれたよな。お前じゃなくて榊原や本多だけどな」
「あはは、ごめんね。榊原康政、本多忠勝。懐かしいなあ。でも勝ってたらボクのこと間違いなく殺してたでしょ」
信長死後の一五八四年、羽柴秀吉と徳川家康が対決するに至った小牧・長久手の戦いは、家康家臣団の活躍で半年以上もの間、断続的に一進一退の戦いが続き、決着がつかないまま引き分けに終わっている。秀吉側が優勢だったのは間違いないのだが……。
「あの後、大地震が起きていくさどころじゃなくなっちゃったからなあ。でも、その後は臣従したくせに、オレのこと殺そうと何回も画策してただろ。石川数正が裏切ってこっちに来てなかったら危なかったかも。あ、今も、もしかして虎視眈々と……」
ヒデヨシがニヤリとしてボクを見た。
「はは、友達殺すわけないじゃん。それとも……殺してほしいのか?」
ボクもお返しに声を落として脅し文句を口にした。
「うわ、こっわ。やっぱ狸だわ」
「あはは、うそうそ。それよりさ、今も金ピカ好きなの?」
「なわけあるか。オレは普通の高校生だよ。まあ、お金はそれなりにほしいけど」
「ボクもね」
「とにかく、ノブナガの信長様完全覚醒だけは断固阻止しなきゃな。俺たちの平和を守るために」
ヒデヨシはそう言って腕を組んだ。
「うん。あのとき話した悪い予感が当たっちゃったね」
「まあ、神様のいたずらだとしたらひどすぎだろ。オレらの名前と幼稚園での出会いからしてふざけてるからなあ」
「ボクの名前が松平竹千代のアナグラムになってるの、ボクの両親、後から気づいたっていうんだからひどいよね」
「オレなんか、京都の宇治のお茶屋さんから付けられたからな。抹茶アイス好きだからってどういう理由だよ。読みは『とうきち』じゃそのままだから『ふじよし』って、キラキラネームよりたち悪いって。木下藤吉郎のことは気付かなったって母さん言ってたし。結婚したばっかで自分の新しい苗字のこと忘れてたって。あり得ないよな」
「はは、それ何度聞いてもひどいよね。でも、ノブナガだけは両親が織田信長みたいに強くなってほしいと願って名付けたって言ってたよね」
「それが原因かもな。こないだ、いきなり暴走しそうになったの」
「あー、そうか。それだとやっかいだよね。前世の記憶がボクたちより強いのかも」
「あー、なんだ二人ともまだ教室にいたのか」
いきなり廊下からノブナガが大声でそう言いながら入ってきた。
「やばっ」
ボクは小声でつぶやいた。
「聞こえてないだろ」
「何こそこそ話してんだ?」
ノブナガはボクらの脇まで来てそう言った。
「なんでもないよ。それより先生の話って何?」
話をそらすようにヒデヨシが聞いた。
「ああ、まあ、なんでもない……」
ノブナガがバツの悪そうな顔になったのを見て、ごまかすためにボクは言った。
「じゃあさ、もう帰ろうよ」
「いや、ちょっと相談があるんだよね。イエヤスに」
ノブナガが意外なことを口にした。
「え? ボク?」