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第二十四話 人間五十年

「お主はお主で、今生で為すべきことがあるはずじゃ!」

 ノブナガが喝を入れたけど、生徒会長は無言で下を向いている。


「もう、その為すべきことがさ、君を封じることなんだよ」

 祥子が口を挟んだ。

「わしを封じる? どういうことじゃ。わしは再び天下布武を目指そうと考えておる。それを邪魔立てするとぬかすか」

「あのね、君は第六天魔王なんだよ」

「ああ、それはそうじゃのう」

「知ってたの? じゃあ……」

 祥子が少し驚いた顔をした。

「そう名乗ったからな」

「ん? 名乗った? そうじゃなくて、ホントに第六天魔王なんだけど。魔力が発動して、暴れ始めるはずなの!」

 祥子がムキになり始めた。


「魔力? なんのことじゃ?」

 ノブナガはきょとんとしている。


「だから、第六天魔王は世界を滅ぼすんだよ!」

「何をぬかすか。わしは願いかなわず無残な死にざまをさらした転生者なのじゃぞ。必ずや、天下布武を成し遂げるための最強のスキルを授かっておるはずじゃ。テイマーとか薬師とか死霊術とかはあり得んし、剣術や槍術はいらぬから、わしは魔術スキルではないかと踏んでおるのだが」


「茶番劇、佳境に入ってきたね」

「はあ? イエヤスもたいがい天然だよな。こんな大変な時に」

「なんでさ、ボクは面白いものが好きなだけだよ」

「ええ? 地球の命運がかかってるかもしれないんだぞ」

「え? じゃあヒデヨシはノブナガが封印されてもいいの?」

「いいわけないだろ。だからそうならないように生徒会長を……」

「あ、でもその生徒会長、さっき死のうとしちゃったけど……まあノブナガがいるから大丈夫だとは思ったけどね」

「ああ、あれは肝を冷やした。もし死んでたらオレ、一生立ち直れなかったかも」

 ヒデヨシが情けない声を出した。


「ええ? 前世では光秀をこてんぱんにやっつけたのに?」

「前世は前世。今はただの高校生だ。彼女もな。だからノブナガのこと刺せないんだし」

「あ、ああ、確かにそうだよね。ごめん、変なこと言って」

「うん。それよりもさ、イエヤス、オレのコレ、外せないかな」

 二人は空中に浮かんで手足を拘束されているが、見た目には両手と両足にお札が貼ってあるだけだ。


「ええ? ボクも動けないんだけど」

「じゃあオレがやってみる」

 そう言ってヒデヨシはエビぞりになって、両足を前にけり出した。


「おお、さすが元サッカー部……でもないか」

 札は外れず、体がぐるっと一回転しただけだった。


「あ、でも体を回す要領はわかったぞ」

 そう言ってヒデヨシは、両手を左側に寄せ、右下へ振った。

 ヒデヨシの体が斜めに回転し、両手がイエヤスの脚の位置に届いたところで、ヒデヨシはイエヤスの足首をつかんだが、逆さの位置関係のまま二人ともゆっくり斜めに回転し始めた。


「あはは、なんか宇宙飛行士みたい。妙な恰好になってるけど」

 ボクはちょっと笑ってしまった。


「この札をはがすぞ」

「うん」

「はがれない」

「ええ?」

「ワルい」

 二人は白い空間の中でゆっくりと回転を続けた。


「あはは、止まらないよこれ。スカートの中のぞかないでね」

 ボクはめくれないように両手でスカートを抑えた。

「アホか。それにしても腹立つなあ。くっそー」

「あれ? ノブナガ、やっぱ強いね。あいつらきりきり舞いしているよ、見てよ」

「え?」


 少し前、ボクらが空中であがいている頃、下では―。

 あ、神視点、神視点。


「魔術スキル? 何それ?」

 祥子が聞いた。

「転生者の授かりものじゃ」

 当然という顔でノブナガが答えた。

「それどういうこと?」

 祥子は首をかしげる。

「どうもこうも是非もなしじゃ。世の(ことわり)であろう」

「はああ?」

 祥子は意味がわからず混乱した。


「もういいや。じゃあさ、ちょっと聞くけど、前に名古屋港の方に行ったよね」

「うぬ? どうして知っておるのじゃ?」

「そっちから魔力を感じたんだよ」

「魔力? わしはそこで魔術スキルを試したが、何も出んかったが」

 今度はノブナガが首をかしげた。


「うーん……じゃ、先週は中村区に行かなかった?」

「うむ。確かに豊国神社に行ったのう。懐かしい地じゃった」

「そこで魔力を発動したでしょ?」

「ああ、魔術スキルは試したぞ。何も出なんだがのう」

「そんなわけないんだけど……ああ、自分で気づいてないのか」

「うむ? どういうことじゃ?」

 ノブナガは納得いかなそうな顔で聞いた。


「もういいや。とにかく、君が第六天魔王であることはこれで確定したよ」

「だからわしは第六天魔王、織田信長であるぞ」


「ああ、はいはい。自分から白状してくれてありがとうね。光秀様!」

 祥子が叫んだが、光季の反応はない。


「ああもう、光秀様が放心状態だから、ボクが操らせてもらうよ」

 そういって祥子が何やら念じ始めると、光季が手をだらっと下げてゾンビのように動き始めた。


「あれ?」

 祥子が困った顔をした。

「薬研藤四郎がない」


「何を言うておる。わしの刀だからな、預かっておいた」

 いつのまにかノブナガは短刀を拾い、鞘に納めてズボンの後ろポケットに入れていた。

「返せ! それでお前の心臓を刺さなきゃならないんだから」

 祥子が瞬間移動で短刀を取り返そうとするが、ノブナガは簡単にいなしてしまう。


「うう、くそー」

「おなごが物騒なことを申すな」

「おなごじゃないし」

「うん? おのこなのか?」

「違うって、ボクは諏訪大明神様の神力の化身なの!」

「何と諏訪とは! 武田の手の者か。滅んだのではなかったのか」

「武田とか関係ないし。君を封じるのがボクの役目なんだよ……」

 ノブナガを捕まえることができず、祥子は目に涙を浮かべていた。


「なんだ、おのこが泣くな」

「だから、おのことかじゃないし、拘束!」

 そう言って祥子は白い札をノブナガに向けて放った。


「なんじゃ? この白い紙は」

 ノブナガが札を持つと、札に書かれた文字が消えてしまった。

「くそー、やっぱり魔王には効かないか。諏訪大明神の霊験あらたかなお札なのに……」

「よくわからんが、ただの紙だな」

「こうなったらやっぱり光秀様に戦ってもらうしかない」

 祥子が何やら念じると、意識がないままふらふら立っていた光季が突然、素早く動き出し、ノブナガに殴り掛かった。


「ほう。本能寺では直接対峙するのはかなわなかったが、素手で来るとは。手合わせ願おうか」

 ノブナガは人間五十年の幸若舞(こうじゃくまい)のような動きで、次々に繰り出させる人間離れした光季のパンチやキックをことごとくいなしていった。


「ノブナガってあんなに強かったっけ?」

 さすがのボクもびっくりした。

「ああ、たぶんあれは完全に信長様だよ。オレ、っていうか藤吉郎のときに本気で来いって手合わせしたことがあるんだけど、こっちは木刀で殴りかかっても全部いなされて、最後に一発脳天にピシって扇子をお見舞いされた」

「ええ? そんなすごかったんだ、信長様って」

「やっぱ信長様としての完全覚醒だけでも相当まずいんことがわかるだろ」

「あ、ああそうだね。でもボクたち何もできないよ、これじゃ」


 空中に浮いたままボクらの回転は次第にゆっくりになってきたが、まだ回っている。

 そもそもお札がはがれない。

「くそー」

「まあ、待つしかないね。ヒデヨシは待つのは嫌いだろうけど」


「ううむ、おなごに傷をつけるわけにはいかぬし、困ったのう」

 光季の攻撃はいなしてもノブナガから攻撃はできず、対戦は膠着状態が続いた。

「今だ!」

 祥子が瞬間移動してノブナガの後ろを取り、ポケットの薬研藤四郎(やげんとうしろう)を取り上げた。

「光秀様。これで!」

 そう言って祥子は薬研藤四郎を光季の方へ投げた。


「ほい!」

 投げた短刀は再びノブナガがつかんでしまった。

「え?」

「投げたらわしがつかまえるに決まっておろう。おろかなやつじゃ。手渡せばよかろうに」

「くっそー、だいたい、なんでその短刀使わないのさ」

「うぬ? これは鎌倉時代の刀工、粟田口(あわたぐち)藤四郎吉光(とうしろうよしみつ)作の名刀中の名刀ぞ」

「それは知ってるよ。ボクが四百年以上も守ってきたんだぞ」

「そうか、それはかたじけなかった。礼を言う」

「なんかムカつくなあ。その上から目線。それならやっぱりさ、それで光秀様やボクを刺せばいいじゃんか」

「そんなことをするはずがあるまい」

「なんでさ」

「この刀は一度も人の血を吸っておらぬ。持ち主だった畠山政長(はたけやままさなが)殿が明応の政変で敗れて腹を切ろうとした際も、体に刃は通らぬのに、投げた先の薬研(やげん)を見事に貫いたと聞いておる。これは人を守る刀なのじゃ。光秀もこの薬研藤四郎で自刃しようとするとは片腹痛いわ」


 畠山政長は室町時代、お家騒動をきっかけに応仁の乱を引き起こした武将の一人として知られる。応仁の乱の終結後、細川政元に攻められ、河内、今の大阪で自害した。

 その時に切腹に使おうとしたのが短刀の薬研藤四郎だったが、三回腹を突いても刺さらず、政長が「役に立たぬ」と投げ捨てたところ、近くにあった石造りの薬研(薬のすり鉢)に突き刺さったという。

 それが薬研藤四郎の名のいわれだ。

 その後は足利将軍家が所有していたが、室町幕府第十三代将軍足利義輝が殺された永禄の変を経て、戦国武将、松永久秀の手に渡った。みかどから賜った官位から松永弾正とも呼ばれる。その久秀が、信長への恭順の証として名刀、不動国光(ふどうくにみつ)とともに贈ったのが薬研藤四郎だった。


 信長は薬研藤四郎を愛し、本能寺にも帯同したが、炎上後は行方不明になっていた。


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