表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

20/33

第二十話 お市の方

「それでさ、どうだった」


 翌朝、登校するなりノブナガはボクに詰め寄ってきた。


「ど、どうって?」

「きのう約束しただろ?」

「う、うん……ごめんまだ」

 姉さんに言えないまま、ボクは学校に来てしまった。


「ええ!? きょう木曜日だぞ。週末の予定聞くって言ってくれたじゃん」

「ああ、そうだけど、ちょっと言いにくくて。ごめん、八ツ橋もまだ渡してない……」

「ええ? ひどいなあ」

「ホントごめん……」

 ノブナガ、悲しそうな顔になってる。悪いことしたなあ。


「おいノブナガ、あんまりイエヤスに詰めるなよ。困ってるだろ」

 ヒデヨシが取りなしてくれた。

「そんなこと言っても俺の一生に一度の一大事なのに……ってヒデヨシ、この話知ってるの?」

「知ってるも何も、きのう自分で勝手に白状したろ」

「あ……俺ってバカだな……」

「それは幼稚園の時から知ってる」

「はは、知られたなら仕方ない。お前がライバルでも受けて立つぞ」

「は? どういう意味だよ」

「え? お前も萌さんのことが好きなんじゃないのか」

「そんなわけあるか。どういう誤解だよ」

「ええ? お前、小学生の時から萌さんにめっちゃ懐いてたじゃないか。俺はうまく話できないのに」

「ほーらボクが言った通り、ノブナガにまで勘違いされちゃってるよ」

 誰にでも愛想いいのも考え物だよね、やっぱり。

「いや普通、勘違いするか? オレはだいたいみんなに愛想よくするの! お前ら以外は!」

 ヒデヨシが叫んだ。

「ああ、そう言えばそうだったな。とりあえず安心した。で俺さ、萌さんと一緒に天下布……う、むぐぐ」

「それはここでは言わない約束だよ」

 ボクは両手でノブナガの口をふさいだ。

「まあ、オレはどっちにしても子ども扱いされるだけだと思うけどな。萌さん、幼稚園のころからオレたちのこと知ってるだろ」

 ヒデヨシが言った。

「むぐむぐ……むぐ」

「あ、ごめん口ふさいだままだった」

「げほっ……ふう……とにかく俺は真剣だから。真面目に告白する」

 ノブナガは真っすぐだからなあ。

「ああ……約束したのボクだもんね。わかったよ。昼休みに姉さんに週末時間取れるか聞いてみるよ」

「マジ頼む。今度こそちゃんと聞いてくれよ?」

「分かった」

 

 昼休み。ボクら三人は屋上に来ていた。

「家康殿、此度(こたび)こそ約束は守っていただくぞ」

「ふーん、信長様やるならやめようかなー」

「あああ、ごめん、やりません。イエヤス様、お願いします」

「はは、わかったよ」

 ボクは姉さんに電話した。


「あ、姉さん。今、電話大丈夫?」

「あ、うん、ちょっと週末の予定聞きたいんだけど」

「ああ、うん」

「え?」

「ああ、ちょっとさ、ボクの幼なじみの野田なんだけど」

「そうそう。それでね、姉さんに話があるんだって」

「え?」

「ああ、今屋上に一緒にいるけど……」

「あ! 姉さんちょっと待って、切らないで」

「はああ……」


「どうした?」

 ヒデヨシが声を掛けた。

「今屋上に来るって。姉さん」

「え!? 今来る!? ああああ、心の準備がああ、ぐわあああ。やばい」

 ノブナガは異常なまでに慌て始めた。

「落ち着けよ。あっち行ってちょっと深呼吸して来いよ」

 ヒデヨシが声をかけた。

「あわわわ……わ、わかった。そうしてみる」


「えいえいうおおおおお!」

 ノブナガが大声を上げた。


(とき)の声かよ」

 ヒデヨシはあきれ顔になった。

「でもさ、ノブナガらしいね」


「ああ、スッキリした。落ち着いた。これで何でも来いだ」

 ノブナガがそう言い終えるやいなや、屋上の出入り口のドアが開き、姉さんが姿を現した。


「う……」

 ノブナガがまた固まった。ぜんぜん何でも来いではなさそうだ。

 萌は風で乱れた髪をかき上げながら、ボクらに近づいてきた。


「えーと、野田……名前、確か信長くんだったっけ。え? 信長?」

「わあああああああ! っと。えっとね! 姉さん! 来てくれてありがと。そ、そうなんだ、野田が話があるって」

 ボクはあわてて大声を上げてごまかした。


「あ、ああそう。で、何?」

 姉さんはノブナガと向き合った。

「え? あ、その、まあ……ほ、本日はお日柄もよろしく……」

 ノブナガはしどろもどろだ。

「何それ? もしかして罰ゲームか何かなの?」

 姉さんは首をかしげた。

「いやそうではなくて……あの……その……」

 ノブナガはもじもじしている。

「もしかして、告白かな?」

「え?」

 ノブナガがさらに固まった。

「男らしくないなあ。告白ならはっきり言いなさいよ」

 姉さんは気が短くて気が強い。まあ、前世がお市の方だからね。


「は、は、はい! 萌さん……お、俺と付き合ってください!」

 ノブナガが思い切って告白した。


「分かった」


「えええええええええ!?」

 即答に驚いて大声を上げたボクに、姉さんは諭すようにクギを刺した。


「そんなに驚くことないじゃない。だいたいね、いくら幼なじみだからって告白の場に同席するってどういう神経してるの、そこの二人。野田くんがかわいそうでしょ」

「えー、それは姉さんが突然来るから……」

「男は言い訳しない」

 うーん、相変わらず理不尽だなあ……。

「あ、でもなんで告白ってわかったの?」

「男の子が女子に話があるって言ったらだいたいそうでしょ」

 勘も鋭いんだよなあ、姉さん。ノブナガが信長様だって気付いたらまずいんだけどなあ。

「……まあ、ちょっと驚いたけど、即断即決も姉さんらしいって言えば姉さんらしいよ」


「あのー。ホントに付き合ってくれるんですか?」

 呆気に取られていたノブナガがおずおずと聞いた。

「ええ。私に二言はないわ。君の名前、気に入ったから」

「あ、はい……」


「いや前から知ってたでしょ」

 ボクは思わず突っ込んだ。

「知ってたけど、今、改めてその名前を聞くのはなんだか偶然ではないような気がしてね」

 うわ、やっぱり勘がいいよ、姉さん……。


「あ、えーと、お、俺の名前なんですけど、実は……」

 そう言いかけたノブナガをにらみ、ボクは口に人差し指を当てた。


「あ、いやなんでもないです。ホント、付き合ってくれるなんて……ありがとうございます」

「ふーん。お礼言われるのもなんか変だけどね」

 そう言って姉さんはちょっと間を置いていった。

「あ、私と結婚したら、野田君は千代松のお兄さんになっちゃうね」


「け、結婚!? まだそんな……」

 もはや信長様のかけらもない純情さでノブナガは赤面した。


「ぷっ、冗談よ。まずはお友達からね」

「はあ……」

「あ、LINEとかはNGだからね。私。受験生だし、あんまり連絡を密にされても困るから」

「はあ……」

「電話番号だけは教えてあげるから千代松に聞いといて。どうしても話したいときだけ電話してきてね」

 それって連絡してくるなってのと同義語だけど。やっぱり怖いなあ、姉さん。

 

「は、はあ……」

 ホント信長様はどこへ行ってしまったんだろう。

 ノブナガは呆けた顔で気の抜けた返事を続けるばかりだ。


「じゃあ戻るね」

 そう言って姉さんは嵐が過ぎ去るように戻っていった。屋上に一瞬、静寂が流れた。


「ってなんだったんだ今の? ノブナガ圧倒しちゃったし」

 呆気に取られていたヒデヨシが口を開いた。


「あはは、小さい頃からボクの家で遊んでた時、いつもみんなマウント取られてたじゃん」

「ああ、そう言えばそうだったかも」

 ヒデヨシが思い出したように言った。

「ノブナガが小さい頃、萌さんにお馬さんやらされて尻叩かれてたよな。モノサシで、あとパシりでアイスとか自分の小遣いで買わされてたっけ」


「はあ、やっぱり萌さんはすごい……」

 遠い目でノブナガがつぶやいた。

「だめだこりゃ。ノブナガ、なにボケてんだよ」

「あ、ああ、夢見てるみたいだ。萌さん、付き合ってくれるって」

「友達って言ってたぞ」

「それでもいい。玉砕するかもって思ってたから」


「まあ、ノブナガに戻ってくれたことはうれしい限りだよ」

 ボクはそう言ったのに……。


「あ!」

「何!?」

「若き日のことを思い出したわ。わしと帰蝶との出会い……あれも思えば気の強い女だった……」

 ああ、また信長様始めちゃったよ。


 帰蝶は美濃を治めていた戦国大名、斎藤道三の娘で、政略結婚で織田信長の正室になった人だ。美濃の姫ということから濃姫と呼ばれることもある。


「信長様はや・め・て!」

 ボクはまたノブナガをにらんだ。

「うーん、わかったよ。俺さ、今だから白状するけど、前世では帰蝶の尻に敷かれてたんだよ」

「ええ!?」

 つい声を上げちゃったよ。


「イエヤス、口調変えたからってノブナガの話に乗せられるなよ。はいはい、妄想始まったかな」

 ヒデヨシが助け舟を出してくれた。


「妄想じゃないぞ。やっぱ気性の強い女性を好きになっちゃうんだな、俺」

「いやそれって完全にSじゃん。キャラ崩壊してるぞ、信長様じゃないのかよ」

 ヒデヨシが突っ込みを入れた。

「ほう、藤吉郎もようやくわしを信長と認めてくれたか」

「あはは、ヒデヨシも引っ掛かってるじゃん」

 ボクはつい笑ってしまった。


「よいよい、サルはこういう素直さがよいのじゃ」

「あほか。どっちにしてもキャラ崩壊してるだろ」

「でもさ、ノブナガって昔からシャイだったじゃん」

「ああ、まあ確かに小っちゃい頃から人付き合いはめちゃめちゃ下手だもんな、ノブナガ」


「ううむ。またも主君の弱みを突くとはさすがサルじゃ。逆にお主は昔も今も人たらしよのう」

「オレはサルじゃないからな! オレが誰にでも愛想よくするのはさ、人に興味ないからだからな。勘違いするなよな」

「はっは、隠さずともよいぞ」

「だからその口調やめろって!」

 ヒデヨシが声を荒げた。


「あのさ、昼休み終わっちゃうからご飯食べようよ」

 終わりそうもない会話にボクが介入した。

「あ、ああそうだな、オレとしたことがノブナガに引っ掛かったよ」

「ヒデヨシにはさ、きょうボク、お弁当作ってきてあげた」

「マジ!? オレ泣いちゃうよ」

「おにぎり弁当だけどね」

「おにぎりなんて、そんな高級なものを……」

「はは、大げさだなあ」


「家康殿、わしにはないのか?」

 ノブナガがきょとんとした顔で聞いてきた。

「あるわけないじゃん。だいたい、織田信長は弁当ほしいなんて言わないよ」

「なんだよイエヤス……中学では女房役だったのに……」

 弁当欲しさか、ノブナガは高校生の口調に戻った。

「それは野球やってた時だけでしょ。それにその言葉、今は使っちゃダメなんだからね」

 きのう自分でも言っちゃったけどね。ヒデヨシの受け売りでクギを刺してみた。

「え? 何が?」

 まあ、ノブナガがわかるわけないけど。無視してボクは言った。 

「だいたいお母さんが作ってくれた弁当あるでしょ、ノブナガは」

「……なんかイエヤス、きょうは俺にきつい……」

「あ、姉さん呼んであげたのにそれはないよねー」

「ぐぬぬ、それ言われると……」

「ほら、昼休み終わっちゃうから早く食べて教室戻るよ」

「もう食べてます。おにぎり尊い……」


 ヒデヨシはボクが手塩にかけて握った鮭おにぎりに感動して涙を流していた。

 前世と違ってヒデヨシ手懐けるのは簡単かも……あ、家康みたいなこと考えちゃったよ。

 危ない危ない。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ