第二話 ホトトギス
大須商店街の新天地通りには大きめのゲームセンターがある。
ノブナガは最近、クレーンゲームにご執心だが、操作が乱暴なのが災いし、ほとんど景品が取れない。それでも諦めないのはやはり織田信長の片りんなのだろうか。
「ぐわー。また取れなかった。なんだこの機械、取れないようになっているだろ」
「はは。そんなことないと思うよ」
ボクは傍らで苦笑する。
「いや、絶対おかしい。百パー取れないようになってる。くそー、取れぬなら、ぶっこわしちまえクレーンゲームだ」
ノブナガはそう言って、イスに手を掛けた。
「いやいやいやいや、待て待て待て待て。ダメだって壊しちゃ。弁償できないだろ。中二病もたいがいにしろよー」
そう言ってヒデヨシがイスを抑えたが、ノブナガは抵抗する。
「もう! クレーンゲームはさ、ほかの人がやってるのをよく見て、落ちそうなとこまでいって諦めた景品を狙わなきゃ。ひたすら待つの。取れぬなら、取れるまで待とう、クレーンゲームだよ」
ボクはいつものようにノブナガをたしなめた。
「うん? その言葉。おぬし、やはり家康殿ではないのか」
「えっ?」
あ、たとえがまずかったか……。
戦国三英傑のホトトギスの俳句は後世の創作だけど、それぞれの性格をうまく表現していると言われる。ちなみに信長は「鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス」、秀吉は「鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス」、家康は「鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス」。
「はいはい。漫才はそこまでね。オレが取ってやるよ。だいたいさ、クレーンゲームは頭使わなきゃ。まず、景品に狙いを定めて二次元の座標軸を頭の中に作る」
そう言ってヒデヨシはゲーム機にお金を入れ、じっと中を見詰めた後、前方へのボタンを押した。
「景品の重力バランスを見て、上空に狙いを定めて……」
ヒデヨシは横方向のボタンをそっと押し、すっと手を放した。
クレーンが下がると、景品のど真ん中。箱を落として見事にゲットした。
「やった。やっぱすごいなヒデヨシは」
ボクはつい感嘆の声を上げてしまった。
「取れぬなら、取ってみせようクレーンゲームってか」
ヒデヨシがつい口をついた。あ、それ、今はやばいって……。
「ん? お主、やはり藤吉郎ではないのか」
ノブナガがヒデヨシをにらんだ。
「ああ、はいはい。ホトトギスの俳句は完全に作り話だからな。それにさ、さっき言わないって言ったじゃん」
ヒデヨシがちょっとむっとした声を上げた。
「サルとは言ってはおらぬ」
なんだかノブナガの口調がおかしくなってきた。
「なんだそりゃ。小学生の屁理屈かよ」
「ぬぬぬ。主君に対しその態度。無礼な……。まあよい。おぬしの手を見てあい分かった。わしもやってみるぞ。見ておれ」
「口調がおかしくなってきてるよ」
ボクは小さな声でヒデヨシに耳打ちした。
「うーん。ちょっとまずいかな」
二人には目もくれず、ノブナガはクレーンゲームを操作し始めたが、案の定、景品は取れない。
「ぐわー、天下のこの信長を愚弄する所業、断じて許さん。焼き討ちじゃ焼き討ち!」
「あーもう、ノブナガが不器用過ぎるんだよ。分かった分かった。もう一度、オレが取るよ。ノブナガはそこで見てて」
ヒデヨシがあきれてゲームを引き取った。
「そうか、藤吉郎。任せたぞ」
そう言うとノブナガは静かになった。
「あーもう藤吉郎でもなんでもいいよ、はいはい」
ヒデヨシはうんざりした顔をしながら、また景品を一発で取ってしまった。
「はっはっは。でかしたぞ藤吉郎。これからは羽柴秀吉を名乗るがいいぞ」
ノブナガの大声に、周囲がこちらをチラ見し始めた。
「ちょっともうやめてよ。なんか注目集めてるよ。ハズいって」
ボクが困ってそう言っても、ノブナガは動じない。
「何をやめる。わしは第六天魔王、織田信長であるぞ!」
「はいはい。そろそろ出ましょうね」
ますます大声を上げるノブナガをヒデヨシは羽交い絞めにした。
「何をする藤吉郎。やめい!」
抵抗したがノブナガは外に引っ張り出され、ふてくされて胡坐をかいて座り込んだ。
「ホントに勘弁しろよ。あーもう、信長様の不始末は結局いつもオレがフォローすることになるんだよな」
ヒデヨシがあきれ顔でそう言った。
「ん? 今、信長様って言ったか?」
「あ、いやその……何のことかなあ」
ヒデヨシはごまかした。
「んん? 何かあやしいなあ。でもまあいいや。そのうち二人も俺みたいに思い出すかもしれないし」
ノブナガの口調が元の高校生に戻っていた。
「あれ、正気に戻った?」
ボクはノブナガの顔をのぞいたが、ノブナガは気にせず真顔で答えた。
「わしは最初から正気だぞ」
はあ……だめだこりゃ。
「もう、疲れる……。これじゃあホトトギスじゃなくてトホホギスだよ」
やれやれといった顔で、ヒデヨシがつぶやいた。
「よーし、ほかのゲーセンに行くぞ! 藤吉郎、鬨の声を上げよ!」
「まだやるの……まじトホホだわ」
「何か言ったか。馬を持て、馬じゃ」
「はああ……」
ヒデヨシは深いため息をついた。
「ボクは帰るね」
ま、ここはヒデヨシに任せちゃおうかな。かわいそうだけど。
ボクは駅の方に歩き出した。
「いや待って、二人だけにするなよイエヤス、おーい。困るって……」
「家康殿をお引き留めするわけにはいくまい。行くぞ、藤吉郎!」
「トホホ、オレも帰りたいよ……」
後からそんな声が聞こえたけど。ごめんねヒデヨシ。