第十八話 神君伊賀越え
「ノブナガ連絡ないね」
きょうの授業が終わったけど、ノブナガから音沙汰はなかった。
何やってるのやら。墓には戻っていないと思うけど。
戻るならノブナガ、絶対連絡してくるだろうからね。
「もっかい電話してみれば」
「うん」
ヒデヨシに促され、ボクはノブナガに再び電話をかけた。
ノブナガは今度はワンコールで出た。
「あー、いいところにかけてきてくれた。今京都駅なんだけど」
「えー? 何やってたの?」
ボクはあきれた声を出した。
「ああ、ちょっと二条城にはまっちゃって……」
二条城って……それ、やばいけど、ボクが何か言うわけにもいかないし……。
「それよりもさ、西尾の八ツ橋の店にいるんだけど」
「え? ああ」
お土産のこと、ちゃんと覚えてたんだね。変に律儀なとこも信長様と同じなんだよなあ。
「種類が多すぎてどれ買えばいいかわかんないんだけど」
「ええ?」
「ニッキ、抹茶、いちご、さくら、チョコ、チョコバナナ、ごま、ラムネ、青りんご……なんだかとてつもない種類あって」
「あはは、それで悩んでるの? なんかいつもスパって決めるノブナガらしくなくて面白いね」
「え? だって萌さんへのお土産だし……」
「ああ、それならさ、オーソドックスなニッキと抹茶だけでいいよ。それ以外買ってたら怒られてたかもね」
「え? マジ? やばかった。俺の軍旗の色に合わせてチョコバナナ買っちゃうとこだったよ」
「えー? 織田家の黄色い旗ってバナナの色だったの?」
「んなわけあるか。あ、でもバナナならサルに買って帰るか」
「ええ? そんなこと言うとヒデヨシ怒るよ」
「いや、食べ物でやつが怒るはずがない」
「はは。確かに……」
「なんかオレのこと言ってない?」
ヒデヨシが横から口を出した。
「ああ、はは、なんでもないよ。お土産のこと聞かれてただけ」
「ふーん」
ヒデヨシはそれ以上は突っ込まなかった。
「あっとそれじゃあノブナガ、八ツ橋買ったらすぐ帰って来てね。名古屋駅に着いたら連絡して」
「ああ分かった」
「うん。間違えないでのぞみに乗ってね」
「わかってるよ、じゃあ後で」
「今京都駅だってさ。一時間ぐらいで帰ってくると思う」
「そうか、じゃあ待ってる間、きょうのこと説明してよ」
ヒデヨシが思い出したように言った。ああ、そうだった。説明か……するしかないよね。
「あ、うんそうだね。じゃあ、スガキヤ行こうか」
名古屋のラーメンチェーンのスガキヤ、実はボク大好きなんだ。ラーメン屋なのにかき氷やソフトクリームもあって、しかも安いから学生に大人気の店なんだよね。
「ああ、あそこならオレも何とか払えるよ。たまにはかき氷でも食べようかな」
大須にはスガキヤが三軒ある。
「やっぱかわいい大須店でしょ」
「まあ、近いしな。女子多くてちょっと入りずらいけど」
「ボクがいるから大丈夫だよ」
「それってどういう意味?」
「ボクもかわいいからさ」
「はあ? それ自分で言うか?」
「ええ? 言っちゃダメなの?」
「はあ……お前が最後に天下取った理由がわかったかも……」
「ええ? 変なの。早く行こうよ」
「わかったよ」
その頃、生徒会室では……。
「光秀様、パルスが完全に消えました」
「ああ、よかった。生きた心地がしなかった」
「ボクは生きても死んでもないですけど」
「ふーん。改めて聞くけど、お前、神力の化身ってどういうことなの?」
「ええ? そんなことボクに聞かれても……」
「だって神の力らしいことなんにもできないじゃない」
「えー、そんなことないですよ。魔王の兆候を感じられますし、封じる力も持ってますから!」
「それだけ?」
「それだけって……あと強運ですよ」
「ああ、はいはい。そうだったっけね」
「なんだかきょう、光秀様ちょっと意地悪い……」
「当たり前だろ、みんな消えるとこだったんだぞ」
「だってボクのせいじゃないですよ」
「それはそうだけど……」
「そろそろ生徒会のメンバーが来ちゃうんじゃないですか?」
「ああ、きょうは休会って連絡しといた」
「ええ? いいんですか?」
「いいも何も、精神的に無理……」
「光秀様ってなんか、メンタル弱かったんですね。だから信長にいいようにあしらわれていたのかな」
「うるさいわ! そうだ、あの時、本能寺に向かう途中で愛宕山に寄っただろ」
「はい?」
「あの時引いたみくじは大吉だった。三度とも大吉。伝承では逆になっておるが」
「はあ……」
「お前の仕業だったんだな?」
「はは、ばれたか。まあそうですけど、おみくじなんて迷信ですよー」
「神社の使いが言う言葉か!」
「ボクのとこのも当たりませんから大丈夫」
「さらりととんでもないこと言うな。まあいい。で、あのみくじにだまされて、勝てると信じ切ってしまったのだ」
「え? でも信長は討ち取ったじゃないですか」
「封じることができなかったではないか」
「ああ、だって愛宕神社に頼んじゃったからですよ」
「どういうことだ?」
「おみくじは当たりませんけど、願いは聞きますよ、神社は」
「ん?」
「あそこ、火の用心の神様でもあるでしょ。本能寺の火事で光秀様の軍勢は誰も死ななかったじゃないですか。火の用心だから、信長の遺体探しよりも軍勢の火の安全が優先されちゃったんですよね」
「なんたることか!」
「それと、愛宕山でご本尊の勝軍地蔵に必勝を願いましたよね」
「ああ? 当たり前であろう」
「だから信長に勝てたんですよ。遺体はともかくとして」
「ううむ。それなら秀吉になぜ負けたのか」
「それは、あのとき勝軍地蔵が途中で家康の方に行っちゃったんですよ」
「ん? どういうことだ?」
「今は神君伊賀越えって呼ばれてるみたいですけど、堺から家康が逃げたでしょ?」
「うむ?」
「あのとき途中の信楽で家康は、逃亡を助けてもらった武将の多羅尾光俊から霊験あらたかな行基作の勝軍地蔵の像をもらったんです、それからお地蔵様のご利益はぜんぶ家康に移っちゃったんですよ。光秀様の願懸けは一回だけだったんで、お地蔵様も『ま、いっか』と思っちゃったのかもしれませんね」
「なんだそれは、お前はそれを知っていたのか!」
「やだなあ。知るわけないじゃないですか、後で諏訪大明神様に教えてもらったんですよ。あのときは一生懸命お仕えしてたじゃないですか。呼び戻されるまでは」
「あ、ああそうだったな。そうか、悪いのは諏訪大明神だったな。それにしても、なぜお前を呼び戻したのじゃ」
「あー、と、言いにくいんですけど……諏訪大明神様はあの時、地元で諏訪頼忠様が諏訪家を継いじゃったんで、そっちに懸けたというか、まあ……有り体に言って、光秀様を見捨てたんですね」
「なんと無慈悲な! 神にあるまじき行いではないか!」
「あー、まあ神様って自分勝手なんで……信長が死んじゃったから、とりあえずいいかなって思ったみたいで……」
「けしからん! わしは信長を殺すだけの捨て駒か!」
「あああ、ごめんなさい。ボクのせいじゃないけど……」
「なんだかバカバカしくなってきたぞ、わしだけが損な役回りではないか」
「あー、まあ、でも今生でも光秀様以外に第六天魔王を捕まえられる人はいないようですし、ほっといたら世界が滅んじゃいますから。それに最近のヒーローはほら、だいたい自己犠牲じゃないですか」
「最近のヒーロー?」
「えーと、去年完結したじゃないですか……あ、なんでもありません」
その頃、スガキヤ大須店の店頭では……。
「ああ、ポンチ食べたいけど、四百五十円もする……」
店頭に掲げられたポンチの大きな写真を見ながら、ヒデヨシが嘆いた。
ピンクと白の縞模様を基調にした昭和レトロ風に改装されたスガキヤ大須店限定のメニューの一つがポンチ。昔のスガキヤで出していたフルーツポンチ風のあんみつだ。
「かわいそうだからボクがおごってあげるよ」
「えっ? 弁当までもらっちゃったのにそれは悪いよ」
「ここんとこノブナガにおごってもらってるから大丈夫だよ」
「え? ホントにいいの?」
ヒデヨシが子犬のような目になった。
「注文してくるから席取っといてよ」
「ああ、神君と呼ばれた訳が分かったような気が……」
「なにノブナガみたいなこと言ってるのさ」
「四百五十円なんて出してくれるのは神様だよー」
「はは、まあいいけど待ってて」
そう言ってボクはカウンターに向かい、ヒデヨシは店内の向かい合わせの二人席を確保した。
「すぐ出てきたよ」
ボクはポンチとこれまた大須店限定のヨーグルトシェイクをトレーに載せ、テーブルまで持ってきた。
「なんかさ、やっぱ男子高校生が二人、ここでスイーツ食べてる図って、ちょっとアレかもね」
ピンクと赤が基調の店内は女性かカップルしかいない。
「ええ? さっきと言ってること違うじゃん」
「あはは。逆にさ、オレは男だ! って戦国武将のメンタル出てきたかも」
「え? それはやばいんじゃ……」
「はは、嘘だよー。ちょっと思っただけ」
「なんだそれ。それで、きょうのこと話してくれるんだろ」
「うん、やっぱここ周りに人いるからまず、姉さんとノブナガの件だけ先に話す」
「ああ」




