第十四話 謀(はかりごと)
「ねえ千代松、ちょっと話いい?」
帰宅したボクの部屋に、姉さんの萌が突然入ってきてそう言った。
「もう、入るときはノックしてよ」
「え? エッチな動画見てた?」
そう言って姉さんは不適な笑みを浮かべた。
「ばっ! そんなことあるか!」
「ふふ、冗談冗談」
「なんだよもう。で、話って?」
「うん、実はね、同じクラスに愛智光季って子がいるんだけど……」
「ああ、生徒会長の……」
なんで姉さんがその名前を……嫌な予感がよぎった。
「千代松も知ってるよね、有名人だもんね」
「うん」
「彼女が最近、ちょっとおかしいの」
「えーと、おかしいって?」
「言動が時々、時代がかるようになって、他の人は気付かないみたいだけど、私ほら、お市の方の記憶があるでしょ、言葉の端々で変なのが分かるの」
「あー、またその話か。青春の妄想だからね」
「もう、茶化さないでよ、真剣なんだから」
「ああ、うん」
「彼女の話し方、昔聞いた記憶があるの」
「ええ?」
「なんだか変なんだけど、明智光秀に言動が似てるような気がするの」
「ええ!? だって生徒会長、女の子でしょ?」
ここは驚いておかないとまずい。
「そうなんだけどねー」
「まさか、自分がお市の方だって言ってないよね」
「それは言ってない。千代松も言わない方がいいって言ってたじゃない」
「まあそうだけど……」
「で、ね。彼女が光秀なら、やっぱりお兄様がどこかにいる可能性が高いかなって思うの」
「うーん、妄想がひどくなってるって自分で思わない?」
「わたしは真剣だから!」
うーん、だめか。言いだしたら聞かないのは知ってるけど……。
「でね、まずは彼女が光秀かどうか、千代松が暴いてくれないかなーって思って」
「はあ? なんでボクが?」
「だってほら、千代松って小さい頃から謀が得意だったじゃない。あ、前世でも得意な人がいたよね。そうそう。誰だったかな……」
「ああ、わかった。わかったから」
ボクはあわてて言葉を挟んだ。
それはボク、家康だよ。前世がお市の方なら、まだ狸とまで言われる前だったけどね。
「で、どうすればいいのさ」
「えーとね、生徒会に潜り込んでくれないかなーって」
「またそんな簡単に言うけど、入れないよ」
「それがね、こないだ転校生の一年生が書記見習いで入ったんだって」
「そうなの?」
あの赤髪だろうなと思ったが、口には出さなかった。
「で、千代松って部活入ってないじゃない」
「ああ、まあ今はね」
ボクは中学時代、軟式野球部に入っていた。ポジションはキャッチャーだったんだよね。
ピッチャーのノブナガとバッテリーを組んで、二年生にして二人ともレギュラー入りを果たしそうになったのだけど、二年生の二学期に二人とも退部しちゃったんだ。
生意気なノブナガが先輩にため口をきいてトラブったと噂されてたけど、実際は根性論の部活に嫌気が差したボクの発案で合理的な練習をしていたのをとがめられ、ノブナガが先輩たちを罵倒した末、二人で退部届を出したというのが真相なんだ。
おかげで早い時期から受験勉強に専念して、ヒデヨシ含めて3人そろって現在の進学校に入ることができたのだけど。ちなみにボクは小さい頃から勉強ができたから、退部はあまり関係ないけどね。
「そう言えば、なんで野球部に入らなかったの?」
姉の萌が聞いてきた。まあ、そう来るよね。
「いやあ、高校は硬式でしょ。ボク細くて筋肉付かないから無理っぽかったし、ノブ……幼なじみの野田とバッテリー組んでたのは知ってるよね。野田がもう野球はいいって言ってたし、そもそも野球を始めたのは野田の球を受けたかったからだから」
「ふーん。そうなんだ。で、千代松、成績は今も上位よね」
「あー、まあそうだけど」
「で、姉弟ともども優等生っていうことで、わたしが先生に手を回して、適当な理由つくって千代松を生徒会にねじ込んじゃおっかなって」
いやそれ、謀が得意なの姉さんの方じゃないかとツッコミを入れたかったが、これも口に出すのはやめた。
「入ってどうするの?」
「それとなく、光秀の生まれ変わりかどうかを聞き出してほしいの」
「はあああ?」
つい大声をだしちゃったよ。
「そんなこと聞けるわけないじゃん。頭おかしいって思われるって」
ボクはさきほどの生徒会室での出来事を思い出した。前途多難だなこりゃ……。
「とにかく、生徒会に入って何か手を考えて」
姉さん、言い出したら聞かないんだよなあ。お市の方の生まれ変わりって言われてもぜんぜん違和感ないよ確かに。
「うーん。考えてみるから返事は少し待って」
「待てない」
ノブナガと同じようなこと言って……はあ、覚悟を決めるしかないか。
「わかったよ。無理だったとしても勘弁してよ」
「やってくれるのね。ありがとう」
やっぱり話を聞いていない。
「うーん、期待しないでね」
「うん、期待してる!」
「はああ……」
翌日の昼休み。教室にノブナガの姿はなかった。
「ノブナガ、きょう学校来ないのかな? 連絡あった?」
ボクはヒデヨシに聞いた。
「いや……もしかしてあいつ、休むの高校入って初めてじゃないか?」
「そうかもね。きのうのこと、相当ショックだったのかな?」
「そんなタマじゃないと思うんだけどな」
「うーん。LINEしてみる?」
「いや、変に刺激するのはやめとこ。そのうち忘れるだろ」
「そうだといいんだけど……」
その時だった。
「じゃーん!」
突然、教室に女子の制服を着た赤髪が乱入してきて叫んだ。
げ! きのうのあいつだ。そう思ったけど、口に出すわけにもいかない。
「えー皆さん! ボクは生徒会の使いでーす! えーと、竹平千代松くんって人いるかな!?」
クラスじゅうの視線が教室の後ろの方にいたボクに集まった。
赤髪はボクの方に近づいてきた。
「ふーん。君が竹平くん?」
「あ、はい、そうですけど……」
赤髪はボクを一瞥した後、隣にいるヒデヨシに顔を近づけた。
「あっれー? 君もここにいるんだね」
赤髪はそう言って笑みを浮かべたが、ヒデヨシは視線をそらした。
「まあいいけどねー。ふふ。で、竹平くん、君さー、生徒会の書記見習いになりたいんだって?」
「えっと……どういうことでしょう」
姉さんのやつ、手を回すの速すぎだろ。
「あれれ? 生徒会に申請があったから、連れて来いって言われたんだけど」
「あ、ああ、それってもしかしてボクの姉さんの仕業かもしれません」
「仕業? ふーん、そうなんだ。ま、どうでもいいけど、生徒会室に一緒に来てよ」
「え? 今?」
「うん、もちろん今だよ。君に拒否権はないから」
「はああ?」
「イエスかハイで答えなさいってやつだね。とにかく生徒会長が連れて来いって言ってるから連れていくしかないんだ」
強引なやつだなあ……。
「おい!」
ヒデヨシが割って入ってきた。
「どういうことだよ。それにお前、何者なんだ?」
「あはは、きのうと違ってなんか怖いね。でも、きょうは君には用ないから」
「どういう意味だよ!」
「ああ、ボクはね、生徒会長の言いつけを守るだけなんだ。きょうは君については何も言われてないからね」
「はあ? ふざけ……」
「えっと、わかったよ。ボク行くよ」
ボクはそう言ってヒデヨシを制した。
「たぶん、姉さんの差し金だから……」
「なんでお前の姉さんがそんなことするんだよ?」
ヒデヨシごめん、きのうのこと言うわけにはいかないよ。
そう思いつつ、ボクは言葉を探した。
「ああ、うん。ボクさ、部活入ってないでしょ。それで姉さん、同級生の生徒会長に、ボクを生徒会に入れてくれないか頼んでみるって言ってたんだ。ボクは断りたかったんだけど……」
「そうなのか。でも、大丈夫なのか?」
ヒデヨシはそう言って赤髪をにらんだ。
「ああ、うん、とりあえず行ってみないと収まりそうもないし」
こうなったらしょうがない。行くしかない。
「オレも行こうか?」
ヒデヨシが心配そうな顔をした。
「あー、さっきも言った通り、君についてはみつひ……ごほん! 生徒会長から何も言われてないので、連れていくのは竹平くんだけだから」
赤髪が口を挟んだ。ヒデヨシは言い間違いを聞き逃さなかった。
「みつひってなんだよ?」
「なんのことかな……」
「お前何者だよ?」
「ボクも生徒会の書記見習いだよ」
「じゃあ改めて聞く。生徒会長は何者なんだ?」
「えー、生徒会長は愛智光季さん、とーっても偉い人なんだよ」
「なんだそりゃ。オレはその正体を聞いてるんだ」
「わー、怖いなあ。正体って何? 高校三年生の女子じゃない? 成績はとーってもいい優等生だけどね」
「あ、ああ、もういいよ。ボク一人で行くから。大丈夫だよ」
ボクはそう言ってヒデヨシをなだめた。
これ以上話を続けると、逆にヒデヨシの正体にも疑いの目が向けられかねない。
「はーい。本人が行くって言ってるから尊重しましょうね」
赤髪が言った。なんとかごまかせたみたいだ。
「とにかく行ってみる」
ボクはそう言い、ヒデヨシに目くばせした。
「ああ、そうだな。わかったよ」
ボクが謀を考えているのを察知してくれたみたいだ。
さすがヒデヨシ、っていうか、駆け引き上手の豊臣秀吉ってとこか。
「じゃあ行きましょうね」
そう言って赤髪はボクを廊下に連れ出した。
「初めましてだね。ボクの名前は諏訪祥子。よろしくね」
きのうヒデヨシを助け出したのはボクだと気付いていないのか……でも安心するのは危険かも。
ボクは平静を装った。でもこいつもボクって言うんだ。紛らわしいなあ。
「あ、ああボクは竹平……名前はもう知ってるんだったね」
「うん、竹平千代松くん。古風な名前だね」
「あ、まあ……」
「それにしてもキミかわいいね。ボクほどじゃないけど」
「ああ、そりゃボクは男子だし……」
女子の制服を着てる中学生みたいなお前にかわいさで勝てるかよ。
「あはは、で、気付いているんでしょ? ボクのこと」
「え? どういう意味?」
「ふーん。キミずるいねー。まあいいや。早く生徒会室行こ」
「あ、うん」
こいつ、どこまでわかってるのだろう。
警戒心を悟られまいと自分に言い聞かせながら、ボクは祥子に付いていった。




