怪盗もぐら國王vs.魂コレクター
〈靑くある踏みどころ哉いぬふぐり 涙次〉
【ⅰ】
「もぐら御殿」。朝起きると、朱那は空つぽだつた。朱那の寢てゐたところが、ではない。朱那自身が空つぽだつたのだ。魂が拔けてしまつたやうに、その二つの目は何も映してゐない。
「朱那ちやん、朱那ちやん」もぐら國王が、躰を揺さぶつてみても、返答がない。
【魔】だな- もうかう云ふ異變が起きても、慌てふためく國王ではなかつた。こゝは、カンテラさんの手を借りず、自分で對處してみやう、國王は何故だかさう決心し、朱那の魂の呼び掛けに、ぢつと耳を凝らした。
すると、聞こえるではないか。「これも愛の力なのかねえ」。「助けて、助けて國王...」遥か遠方より、朱那が俺に呼び掛けてゐる! 朱那を救出するんだ、俺の力で!
【ⅱ】
しかし、國王の頭に浮かんだのは、トンネルを掘るんだ、と云ふ事だけ。思念上の土を掘つて行けば、多分、魔界に辿り着く。飽くまで思念上、の土だぜ、間違へんな自分。
精神を集中して、目を瞑る。魔界、をイメージするんだ... そして彼の中で魔界が現實の場所となると、徐ろに國王は大もぐら姿で、トンネルを掘り始めた。
やゝもすると「有り物」の土壌を掘らうとする自分がゐる。-違ふのだ。「思念上」「思弁上」の土を掘らなければ、魔界には到着しない。スペキュレイティヴなトンネルを完成させるんだ!
はたには、國王は眠つてゐるやうに見えた。髙度に、覺醒した狀態であつたにも関はらず。よく聞くと國王のぶつぶつ呟く小聲が聞こえたかも知れぬ。「スペキュレイティヴ... 思念上... トンネル...」その行(?)は成功した。
國王は氣付くと、魔界の入り口に立つてゐた。今までこの方法で魔界に到達した者は、一人とてゐない。その事は誇つてもよい。朱那の呼び聲が髙まる。「國王、助けて、もうこんな處は嫌よ!」
だが、彼のおつちよこちよいは今に始まつた事ではない。國王は、魔界迄トンネルを掘り、その後何をだうするか、と云ふプランに欠けてゐたのだ! お間拔けな自分を呪いつゝ、「やはり蛇の道は蛇。カンテラさんの助力を仰がう」結局、頼りになるのは友の存在なのであつた。
【ⅲ】
ロボテオ「『魂これくたー』。コノ間ノ『愉快【魔】』トハ違ツテ、人間ノ魂ノミヲこれくとシテイルヤウデス」テオはロボテオ(2號)に作業を任せて、その様子を見守つてゐた。-さすが僕の頭脳をコピーしたゞけの事はあつて、よく働くアタマをしてゐる! 滿足、滿足。
で、テオご本尊。「『愉快【魔】』の近くに侍つてゐた、小者の魔なんださうです。弟分、と云へるかも」
カンテラ「なる程。これなら國王自身が相手してもよさゝうだな」國王「え!? 俺がやるの!?」カンテラ「だつて折角自分でやるつて決めたんだつたら、その方向で行つた方が、良いよー。俺が手順は教へてやるから、愛しの朱那ちやんは自分で救ふんだ」
で、アドヴァイス料として百萬(圓)なり... 確かに懐が淋しい時に当たる國王なので、アドヴァイス料金だけで濟んだのは、お財布思ひだつた、と云へるかも知れない。
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〈汝こゝに足跡つけん魔界行一丁目にて早も敵は 平手みき〉
【ⅳ】
確かに魔界への通り道を造つた、と云ふのは偉業だつた。バックアップしてやるから、お主、一暴れして來い! とのじろさんのお言葉。トンネル堀り賃替はりとして、そのバックアップとやらをしてあげるのである。世知辛いやうだが、いちいちの損得勘定は、そこは、プロですから。
何でも、プロが自分でちやちやつとやつてあげるのは、寧ろその方が簡單なのだ。素人の助太刀は骨が折れる。本当だつたら、トンネルさへなければ、1千萬(圓)! と主張しても良かつたカンテラ一味であつた。重ねて云ふが、魔界への通用口を造つた件は、髙く評価されるべき事である。
「魂コレクター」は、女装趣味の男で、何だか危ふげな魅力(?)を振り撒いてゐる。若い頃のデイヴィッド・ボウイのやうだ。こんな女の腐つた、みたいなの、バールでぶん毆るんスか? 俺、氣が進まないなー。ぶうつく、國王は云つてゐる。
「ほつほゝ。もぐら國王、やうこそ、我が魔界へ... 朱那ちやんの魂なら、たつた今磨きを掛けて、我が標本展示場に出したところよ」見ると、泣きつ面の朱那の魂が、ホルマリン漬けみたいに、何やら液体に滿たされた容器の中に入れられてゐる。
【ⅴ】
-これを見て、やうやく決心がついた、と云ふか、はつきり云へば逆上した國王、バールを振り上げて、『魂コレクター』の脳天に! だが敵もさる者、ふつと消えてしまふ。「さあ、朱那ちやんの魂を助けてやんな」と、じろさん。ホルマリン漬け、の壜の中から、彼女の魂を無事解放。他の魂たちも皆、自由の身に戻してやつた。
じろさん「うむ、後は任せなさい」『魂コレクター』が次に現れたのは、魔界の「愉快【魔】」の墓前であつた。彼は事ある如くに、この墓に詣でる。もしかしたら、生前の彼とは男色関係にあつたのやも。
「もしもし、お稚児さん、お稚児さん」と脊を叩く者が- じろさん、である。「わ、此井!!」脊中を押されて、前倒しになつた『魂コレクター』。まるで、シャツのやうに折り畳まれてしまつた。「うわ、うわ、これはカッコ惡い」だうしても見榮えに拘る『魂コレクター』だつたが、その辱めが解ける事は、彼のそれからの一生、無かつた、と云ふ。
【ⅵ】
...と云ふ顛末で、怪盗もぐら國王と、魔界の女装男『魂コレクター』との對決は、もぐら國王側の圧倒的な勝利に終はつた。「何もかも、カンテラ一味の皆さんのお蔭ス。本当にお世話かけて、すんませんでした」
後で、朱那に、「國王つて、好靑年よねー」と揶揄はれたのは、また別のお話としておきませう。今回は、國王の掘つたトンネル、と云ふ財産が、一つ目録に増えた、さう云ふ物語でした。
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〈春の鮒釣るともなしに糸垂れる 涙次〉
お仕舞ひ。