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彼方からの風  作者: 杉本敬
第1章
3/18

3.別れ・・・その後

 三年ほど前、健太は沙也夏と別れた。あまりに唐突な別れだった。

 ふたりでクリスマスを過ごし、意を決してプロポーズの言葉を口

にしようとした、そのとき……返ってきた彼女の言葉は、思いも寄

らぬものだった……沙也夏には、すでに別の相手がいたのだ。


 それまでの沙也夏とのつきあいは、順風満帆だったし、うまくい

くと思っていた。それがすでに決まった相手がいると聞いて、健太

はさすがにショックを受けた。沙也夏に返す言葉を失ってしまう程

だった。

 そして、沙也夏から具体的な話を聞くにつれ、また驚いた。沙也

夏は親の負債の肩代わりため結婚するということだった。そんなこ

とが今でもまだあるのか、と健太思った。


 それまでの沙也夏との日々は、順風満帆だと思っていた。

 うまくいっている……そう信じて疑わなかった。

 だからこそ、「すでに決まった相手がいる」と聞かされた瞬間、

健太は言葉を失った。頭が真っ白になり、沙也夏の顔を見ることさ

えできなかった。

 そして、彼女の口から語られる事情を聞くうち、さらに驚くこと

になる。結婚の理由は……親の借金の肩代わりだった。

「そんなことが、今の時代にもまだあるのか……」

 健太は、心の奥で呟いていた。


 普通なら、怒って当然のはずだった。

 だが……ショックのあまり、怒る気にすらなれなかった。理由は

どうあれ、沙也夏は嘘をついていたのだ。

その気にさせておいて、いざプロポーズをしたら、その瞬間に突き

落とされるような感覚……まるで頭を殴られたようだった。

 そして、ふたりは別れた。その後の三日三晩、健太は酒を飲み続

けた。今思えば、よく身体を壊さなかったものだと、自分でも不思

議に思う。あのときほど、アルコールの味を強く覚えたことはない。

おそらく、生涯でも一番の量を飲んだのだろう。


 健太は、ただひたすらに酒を飲み続けることで、沙也夏との過去

に区切りをつけようとしていた。

 ちょうどその頃は年の瀬も近づいていて、正月には久しぶりに故

郷・鹿児島へ帰ることにした。故郷は、変わらぬあたたかさで彼を

迎えてくれた。母の手料理を味わい、父や兄と囲む焼酎の時間に、

健太は久々に心をゆるめた。


 これからは……沙也夏のことは胸の奥にしまって、仕事と音楽に

打ち込んでいこう。そう心に決めて、健太は鹿児島から日常へと戻

ってきた。

 そこから、目まぐるしい日々が始まった。仕事は以前よりもさら

に忙しさを増していた。というのも、それまで健太の仕事をサポー

トしてくれていた女性社員が、結婚を機に会社を辞めたのだ。


 その女性社員こそが、純子だった。彼女はバンド仲間であり、職

場では健太の同僚でもあった。さらに言えば、兄のヒロシは取引先

の大手企業で課長を務めており、立場的にも身近な存在だった。

 そんな純子は、同じくバンド仲間の淳之介と結婚することになっ

ていた。当然ながら、これまで彼女が担っていた仕事も、健太が引

き継ぐこととなる。

 以前の健太なら、細かい実務には苦手意識があったが、当時は沙

也夏を忘れるために、がむしゃらに働いた。おかげで、少なくとも

仕事に没頭している間は、彼女のことを考えずにすんだのだ。

 だが一方で、続けていたバンド活動には支障が出始めた。という

のも、純子と淳之介のふたりが、練習に参加できなくなってしまっ

たからだ。

 無理もない……純子のお腹には、新しい命が宿っていた。そうし

て、ふたりは結婚と出産に向け、慌ただしい日々を送っていた。


 それでも、ふたり抜きで何とか練習を続けていた。だが、それも

長くは持たなかった。やはり、ドラム不在の痛手は大きかった。

 純子のキーボードは圭子が代わりを務めることができたが、淳之

介のドラムだけは誰にも埋められなかった。ドラムはリズムの要で

あり、それがあるのとないのとでは、練習の質がまるで違う。

 演奏を重ねるうちに、メンバーの苛立ちは募っていった。誰より

も強くそれを感じていたのは、健太だった。

 だからこそ、「バンド活動を休止しよう」と言い出したのは、リ

ーダーのヒロシではなく、健太自身だった。










 



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